第百三十一話 女王
ゴブリンキングを倒し、マビロギが向かった方へ急ぐ俺。
途中下りの勾配になっていて、そこから更に数百メートル程進んだ先でいよいよ最奥と思われる空洞についたわけだが。
「全く、ヒデェ有様だな……」
その光景に思わず声が漏れる。臭いも酷い、腐臭と性的な臭いが重なり合い、生々しい血肉の臭いも充満している。
ハウンドはすぐに見つかった。と言っても頭だけだが。それ以外はミンチにされてこねられていた。
他にもこいつらなりの備蓄用の場所には肉団子と化した人間が何百と積み重なっていた。
ちょいちょい手足や頭部の残滓が残っているから間違いないだろう。
全く一体どれだけ殺してきたのか。それとは別に団子に加工中のゴブリンもいるが、女に関しては加工しながら腰は振り続けるような異様な状況だ。
悍ましいとはまさにこの事だな。とは言え、あまりのんびり眺めている場合でもない。
尤も、眺めてても気分が悪くなるだけだがな。
「いや、いやだ、いや、こんなの、ああっぁああぁああぁああ、いやだぁあああぁあ!」
マビロギは案の定酷いことになっていた。既に衣服は全て剥ぎ取られ、群がっているゴブリンはもうやる気満々ってところだ。
流石にもう軽口を叩いている暇はないな。このままじゃマジであいつゴブリンにやられてしまう。流石にその状況を見て放ってはおけない。
「電光石火の術!」
なので雷を纏い、一気に加速。すれ違いざまにゴブリンを膾切りにして、ゴブリンとマビロギの間に割って入った。
「ギギッ!?」
「グギョギョ!」
マビロギに群がっていた残りのゴブリンが驚きに満ちた顔で鳴く。
突然群れの中間がぶった切られ、俺が現れたんだからそうもなるか。
「とにかく、テメェらは邪魔だ――風遁・鎌鼬の術!」
呆けていたゴブリン共を風で切り裂いた。これで多少は落ち着いたか。
尤も、こんなの全体の数に比べたら微々たるものだけどな。
「おい、大丈夫か? て、まぁ聞くだけ野暮か……」
「う、うるさいうるさい! こっちむくな馬鹿! 変態!」
酷い言われようだ。まぁ今はもう何も身につけていない状態だからな。
とりあえず、ローブはまだなんとかなるかな? ボロボロだけど。
下着は無理だな。無理やり剥ぎ取られたのか千切れてしまってる。
「悪かったな。とにかくこれでも着けてろ」
出来るだけ見ないようにして拾ったローブを後手で差し出す。
ひったくるように持ってかれた。
「べ、別に助けてくれなんて頼んでないんだからな!」
「へいへい」
本当こいつはぶれないよな。そのわりに俺が渡したローブはすぐに着たみたいだけど。
と、そうのんびりしてる場合でもないか。ここからは中々大変とも言える。
この空洞はこれでかなりの広さで、最奥部に見えるあれとの距離もかなり離れている。
そしてその中に大量のゴブリンが存在しているわけだが、冠種のジェネラルやロード、ボスなんかも余裕でいる上に兵隊であろうゴブリンも含めると普通に数千匹の戦力がある。
本当、普通なら絶望しかないよな。俺がマビロギを助けたことで既にその中の数百匹が俺たちを取り囲もうとしているし。
仕方ない――とりあえずは……。
「雷遁・百雷の術!」
印を結び、雷と衝撃で広範囲を殲滅できる百の雷で近づいてきたゴブリン共を蹂躙する。
『ギィイイィイィイイアアアァアアァアアアァア!』
ゴキブリみたいにわらわらと群がってきたゴブリンを全て殺処分すると、遂に奥に鎮座していたそれが鉄を引っ掻いたような声で喚き出した。
ソレはゴブリンキングを遥かに凌ぐ巨体を誇り、最奥の壁により掛かるようにしていた。
ソレは先程までその瞳を閉じ続けていたのだが、俺の行為に気がついて目覚めたのか、元々あまり眼中にないところで子供たちが死んだのを知り怒りに支配されたのか、とにかくその両目を開き、俺を完全にロックオンしてきている。
ステータス
名前:ゴブリンクィーン
レベル:75
種族:魔物
クラス:子鬼系女王種
パワー:2850
スピード:50
タフネス:8800
テクニック:2800
マジック:0
オーラ :10000
固有スキル
女王の尊厳、生命力超強化、再生結界、同族支配、超産卵、傀儡化、ゴブリン流四十八手
スキル
仲間招集、共食い、魔石開砲、半休眠
称号
ゴブリンの統治者、繁殖の女王、巣穴の支配者、嫉妬狂い、嗜虐心の塊
これが俺を睨みつけてきているゴブリンの正体。そう、この巨大なゴブリンはなんと雌のゴブリンであり、しかもゴブリン達の女王である。
ゴブリンは雄だけじゃなかったんだなと少々驚きではあるが、もしかしたらかなり特殊な事例なのかもしれない。
俺も図書館で見たときは冠種もエンペラーまでしか知らなかったが、確かに種族によっては女王が生まれてもおかしくはないか。
とにかく、このゴブリンの大量発生の原因がこいつにあるのは確かだ。
こいつ見た目は確かにゴブリンだけど、女王だからなのか腹はぽっこりと大きく膨らんでいる。
その上で固有スキルに超産卵というのがあるわけだからこれは決まりだろう。
そしてだからこそゴブリンは大量にあれだけの肉団子を作成しているってわけだ。勿論材料は人間だけどな。
このクイーン、とにかく存在が悍ましい。それは称号からも判る。
嫉妬狂いと嗜虐心の塊というのが最低最悪であり、この嫉妬によってクィーンはゴブリンが他の雌との間に子供を設けることを許しておらず、それでいて自分以外の雌がこの世に存在することを憎んでいる。
だが、それはゴブリンが人間を犯すことを禁じているわけではなく、嗜虐心の塊でもある女王はむしろ苦痛を伴う行為であれば積極的にやれと命じている。ようは子供を作らなければいいという話であり、自らが産んだゴブリンが他種族の雌を弄んだ後、肉団子へと変えていく姿を見ることに至福の喜びを感じているってわけだ。
本当、存在していても人間にとっては、いやゴブリン以外の種にとっては百害あって一利なしでしかないな。
しかも一度に大量に出産するようだから出来るだけ早く叩いておかないと洒落にならない。
これ放っておけばすぐにでも十万や二十万超えるからな。
ゴブリンの国が出来てもおかしくない勢いだ。勿論全てをくらい尽くす侵略破壊国家にしかなりえないだろうけど。
「おい、お前どうする気だ?」
「うん?」
マビロギからの問いかけが背中に刺さる。一瞥すると、不機嫌そうな顔がそこにあった。
本当敵対心むき出しだな。
「どうするって、そりゃ依頼だしな。あの元凶をぶっ倒すさ」
「は? あれを倒す? 何を馬鹿なこと言ってるんだ。あんな見たこともないような化物! お前なんかにどうにかできるものか!」
見たこともないような?
ということは魔物使いのこいつでも知らないのか?
「なぁ、俺の記憶だとあれ、ゴブリンクィーンだと思うんだが違うのか?」
「は? クィーン? 馬鹿かお前は。ゴブリンに雌はいない! これだから素人は!」
そんな蔑んだ目で怒鳴られても……実際看破したらそうでてきたしなぁ。
「まぁいいや。とにかくお前戦えるか?」
「ふざけるな! なんで僕がお前にそんな事答える必要がある!」
「いや、死にたいなら別にいいけど、相手ゴブリンだぜ? お前結構可愛いし、狙われたら悲惨な事になりそうだけどそれでもいいのか?」
「はっ? かわ、な、何言ってるんだ貴様は! 恥を知れ!」
いや、戦えるかどうかの確認で、可愛いはそこまで深く思っての発言でもなかったんだけど、なんかそっちに食いつかれたな。
「……魔法なら使えるけど、守ってくれる魔物が一匹もいない――正直あんな大群に来られたら魔法を撃つどころじゃないぞ」
「つまり、守ってくれるのがいればいいんだな?」
「そ、それはそうだが――」
「影分身の術!」
俺は即座に分身を現出させ、マビロギの守りを担当させる。
「な、お前が二人に! どうなって、て! 二人に増えて僕をどうする気だ!」
いや、どうするって、むしろ何を想像してたんだこいつ?
「これは魔法みたいなもんだ。後は分身の方がお前を守るから、魔法で目につくゴブリンを片っ端から倒していってくれ。その間に、俺は俺で一直線にあのボスを狙う」
「は? いや、だから何で僕がお前なんかにめいれ――」
「つべこべ言ってる暇はねぇぞ! ゴブリンが動き出した! 死にたくなきゃ今できることをしろ、じゃあな!」
「あ、おい!」
叫ぶマビロギを置き去りに俺は霧咲丸を抜き、クィーンまでのルートで邪魔になるゴブリンを斬り殺していく。
マビロギからは、糞! 今回だけだぞ! なんて声が聞こえてきて、直後魔法が放たれる音。
分身の俺には今回は無言でマビロギの援護に回ってもらう。
そのほうが魔法で作った分身っぽいだろう。
さてっと、とにかくさっさと片を付けないとな。
何せあのゴブリンクィーンがさっき発した金切り声。あれはどうやら仲間招集のスキルを使ったらしい。
だから、その内、ここに向かって外のゴブリンも戻ってくる事だろう。
そうなると、当然、マイラ、シェリナ、ネメア、その他大勢の面々とかち合う事となる。
実力的には心配ないと思うけど、それが続くと体力面の心配もあるし、ネメアとマイラはともかく他の討伐隊メンバーは傷ついてシェリナの回復魔法の世話になることになる。
それで負担が増えても馬鹿らしい。だから、さっさと倒してやるぜ!