第百二十一話 こいつらには注意が必要だ
「三人でじっくりと調べたがそれらしきものは発見出来なかったですよ」
一見普通の警備兵がいう。まともそうに見えたのに、何故か舌まで使って調べ始めた変態だ。
「な! 本当に調べたのか!?」
「当たり前だ! それこそ汗が止まらないほどに穴があくほどにたっぷりと調べさせて貰ったぞ」
ゴリゴリの警備兵が言った。こいつは本当にゴリゴリだった。マジで穴があけられるかと身の危険を感じたほどだ。勿論分身だが、いくら分身でもそんな目にあわされそうになっていたら普通に切れていた自信がある。
「ふふん、そうね。彼っては素敵な体型はしていたし、股間の武器はかなり立派だったけどそれを針と言うには無理があるわね」
こいつに関しては思い出したくもない。ただ一つ言えるのは三人の中で一番ヤベェのはこいつだ!
「し、シノビン、だ、大丈夫だったんすか?」
「精神的には全く大丈夫ではない」
「人間というのはたまに妙な事をするのじゃ。男同士でそのようなことを――」
「してねぇからな! 言っておくがお前の考えているような事はまったくないからな!」
『昔メイドから聞いたことが有ります。殿方同士のそういった行為にも受けと責めがあると。い、一体』
「おいメイド! そのメイドちょっとここに連れてきなさい。ちょっと説教してやる!」
それとシェリナが思っているような事も全くないからな!
「くそ、俺が見間違える筈がねぇというのに、一体どうなってやがる――」
まぁとはいえ、それだけの取り調べを受けた価値はまぁまぁあったかな。
ハウンドは相当な自信があったんだろうに、今は非常に悔しそうに拳を握りしめ肩をプルプルさせている。
しかしこれは、俺を調べさせるという選択肢を選んだ時点でハウンドの負けだ。そもそも勝ち目なんてあり得ない。
だってそもそも俺は針などもってないのだから。あの針は武遁の忍気手裏剣の術で作成した代物だ。見た目は本物と区別つかなかっただろうが、素材は俺の忍気でありつまり本来形あるものじゃない。
つまり消そうと思えばいつでも消しされる。だからどこをどう探したって見つかるはずもない。
尤も、警備兵が調べていたのはそもそもが俺の影分身だからどっちにしろ見つかるわけはなかったんだけどな。
「まぁ、依頼の説明を受ける前で少々ピリピリしていたのでしょうね。それで見間違えたんでしょう。よくあることですよ」
とは言え、一応はこの場を収めるためにそういう話で締めておくことにする。
まるで相手をフォローしてるようにも感じられるが、実際は違うだろう。
ここまでして俺を貶めようとしたのはこいつの仲間じゃなくても周囲の連中はよく判っている。
だが、結果的にその相手から助け舟を出されたような形で幕引きとなったんだ。この男からしてみれば面目丸つぶれだろう。
「ちょ、ちょっとまってくれ! 思い出した、こいつは針じゃねぇ、リーダーをその手で――」
「うるせぇ! 余計な事を言ってんじゃねぇ!」
すると、仲間の一人が今度は俺を指差し論点をすり替えようとしてくる。
だが、それはリーダーであるハウンド自身が怒鳴り止めさせた。
「で、でもリーダーよぉ」
「いいからだーってろ! これ以上俺に恥をかかせるんじゃねぇ!」
仲間は納得いってなさそうだが、ハウンドはとにかく抑えつけるような声で無理やり黙らせる。
どうやらそこまで馬鹿ではなかったようだな。正直ここで別の事を持ち出されても俺としては何の問題もなかった。
そんな事をしたならどう考えても奴らの方が追い込まれることになるからな。
当然だ、そんな追い詰められた途端に話がコロコロ変わるような連中の事、誰が信じるか。
そんなものを勘違いで済ますほど警備兵も馬鹿ではないだろう。間違いなくそこを問いただされ、結果的に連中の証言は一気に胡散臭くなる。
そんなことが町長の耳にでも入れば、依頼を請けるにも影響する可能性があるだろう。評判だって下がる。
つまりそんな事をしたところでいいことなんて何もないことはハウンド自身が一番理解していたってことだ。
だが、だからこそ悔しさは倍増といったところなのか。ハウンドの奴は未だに俺を睨み続けている。
すると、この騒ぎで集まっていた警備兵の下へ、執事風の男が近づいてきて耳打ちした。
「……承知しました。さて、どうやら何も問題はないようなので我らも持ち場に戻ります。そろそろ町長も到着いたしますので、面倒事を起こさぬようよろしくお願い致しますね」
こうして三人の警備兵も俺達の前から去っていた。しかし、あの三人は三人でいつか問題を起こしそうな気もしないでもないけどな……。
「――おい、テメェもう一度名前を教えろ」
「……シノビンだが、あんたはハウンドでいいのかい?」
「――覚えるのは俺の方だ。テメェじゃねぇ。そしてテメェは誰に喧嘩を売ったか、よく考えることだな――俺は絶対に今のことは忘れねぇ、テメェもよく覚えておけよ」
そんな捨て台詞を吐いて去っていった。本当に厄介なのに目をつけられたものだけどな。
「おい! お前すげーな! あのハウンドに一泡ふかせるなんてよ!」
「全くだ、俺は少し胸がスッとしたぜ」
「あいつら結構威張ってまわってる連中だからな。実力があるから反論できなかったんだけどよ」
そして、ハウンドが俺の前から離れていった瞬間、他の参加者が声を掛けてきて俺を称えるような言葉をぶつけてくる。
……いや、別にいいんだけどね。ただ、俺達が絡まれている時は無視を決め込んでいたのに、事が済めばこの変わりようだ。
少々うんざりはするが――そんな事を思っていると、さっきの執事風の男、というかもう執事なんだろうなあれ。
とにかくその執事が町長が姿を見せる事を告げてくる。
そして、それから程なくして町長らしき男が壇上に立ったわけだが。
「え~私が此度の招集を掛けた町長のスートレース・デ・ハッゲールである。先ず、私の呼びかけにこれだけの――」
そんなわけで中々に長ったらしい話が始まったわけだが、どうしても俺は頭に目がいってしまう。そして予想はしていたがやはり、頭は見事にハゲ散らかしていた。両脇にちょこっとだけ残ってるけどな。そして腹も出てるし、町長という肩書きがなければただの中年のおっさんだなこれ。
「――と、言うわけでだ。この町の脅威を拭い去る為にも、ぜひとも腕に覚えのある皆さんに増殖するゴブリンの駆除をお願いしたいわけだが――ここまでで何か質問はありますかな?」
ようやく話が終わった。はっきりといえばこの町周辺で増え続けているゴブリンを倒してほしいという話でしかないのだけど、何故か前半にこの町の成り立ちまで話しだし、ついには嫁との馴れ初めにまで脱線していたから、聞いていた連中もすでにかなりゲンナリしている。
ちなみにその嫁の話は、昔は素直でいい嫁だったのに、今は嘘みたいに厳しい鬼嫁になったと語ったところで、かなり逞しい肝っ玉母ちゃんって感じの女性が割り込んできてどこぞへ引き摺り回しながら連れていきその後この世の終わりにでも遭遇したかのような悲鳴が響き渡り、暫くして戻ってきた。
両脇に少しだけ残っていた毛がかなり減った状態でな。負けるなハッゲール!
とりあえず気持も新たに質問が始まった。
「ゴブリンの駆除という事だが、それは今現在存在しているゴブリンを殲滅しろという事か?」
「うん? え、え~と、そ、それはだな、どうなんだカツーラ?」
「はい、それに関しては町長に代わり私がお答えいたします」
執事の男が前に出て説明を始める。それにしてもカツラかそうか。
「ちなみにカツーラです、カツラではありません。とにかく、この件に関しては我々も事前に調査団を組ませ派遣しております。その結果、これを見て頂けたらと思いますが」
言い訳がましい前置きをしつつ、カツーラが周辺の地図を皆に見えるように広げ始めた。
「このカマス山脈のここ、丁度この直線状の山脈が湾曲を始める関節部に洞窟が存在し、そこに特に多くのゴブリンが密集している事が判りました」
「つまり、そこのゴブリンを全て狩ればいいのか?」
「そう単純な話ではありません。この洞窟はただゴブリンが多いというだけではなく、その実力も高いのです。つまりこの現象から考えられることは一つ――ゴブリンの冠種が現れたと、そう見るべきでしょう」
周囲が一気にざわついた。ただ、隣で聞いていたマイラは、やっぱりそうっすか、と得心の言っている模様。
冠種か、図書館で読んだな。冠種はいわゆる統率系の存在で、同種にとっての頭首となる。
その冠もタイプがあり、一番下からリーダー、ボス、ロード、ジェネラル、キング、エンペラーの順に権限と影響が強くなっていく。
一番下のリーダー程度だと精々十数体の集団を率いる程度だが、ボスで五十近く、ロードで数百ほどの勢力を率いるようになっていくらしい。
「それで、その冠種のタイプは何か判っているのか?」
すると、ハウンドが執事に向けて質問をぶつける。確かにそこが一番気になるところではあるのだろう。
「残念ながら、洞窟内に存在するゴブリンがかなり手強く、冠種まで辿り着くことはできなかったようです。ただ、雰囲気的にロード以上とみて間違いないだろうというのが調査に向かった者達の見解です」
更に周囲がざわついた。冠種は当然上に行けば行くほどそのステータスも通常種より遥かに高くなる。
「ハハッ、おもしれぇじゃねぇか。俺たちにぴったりなミッションだぜ。上等だ。だが、大事なことを確認しないとな。この案件、報酬は一体幾ら出す気なんだ?」
流石に抜け毛がないな違った抜け目がないな。町長が脇で一生懸命自分の毛を拾ってるからつい。
それはともかく、命の危険がある依頼であり任務だ。報酬が気になるのは当然とも言えるだろう。
「先ず、参加を表明して頂けさえすれば、契約書を取り交わした上で、支度金として参加者全員に五万ルベルお支払致します。勿論これは依頼をこなして頂けることが条件ですので、受け取るだけ受け取って何もせず逃げ出すなどは許されません。その為、契約書には契約を破った時にすぐに判るよう契約術式が施して有りますのでご注意を。当然、支度金だけ受け取って逃げ出したりすればお尋ね者として追われる身となります」
当たり前といえば当たり前だが、中々に厳重な事だな。とは言え、参加しただけで五万ルベルとは中々に太っ腹といえるだろう。
「また、ゴブリンを倒した際の回収品などは個々の判断で自由に持ち帰りください。それに関しては報告も必要ありません。ただし、魔石に関しては持参頂ければ、この依頼期間中であればゴブリンの魔石一つに対して本来の買値とは別に討伐料も含める形で倍の値で引き取らせて頂きます」
「へ~中々に太っ腹じゃないか」
「それほどに重要な依頼という事です。そしてここからが肝心ですが、此度のメインの依頼はゴブリンを大量に率いている元凶であろう頭を倒した時点で終了となります。そしてその時点で千万ルベルの報酬を生き残った皆様で山分けという形をとらせて頂きます。なお、それとは別に元凶を排除、つまりトドメを刺された方に関しては特別報酬として更に百万ルベルをお支払致します」
つまり魔石の引き取りを抜きにしたとしても、依頼さえ達成できればそれなりの金額が手に入るってわけだな。
みたところ参加するのは五十名程度だし、その全員が生き残ったとしても、メインの依頼の二十万ルベルと前金の五万ルベルあわせて二十五万ルベルの報酬は確定するってわけか。
それに加えて魔石の引き取りと上手いこと元凶の冠種にトドメを刺すことが出来れば更に追加で百万ルベル手に入るかもしれないわけだ。
当然、相手がただのゴブリンでない以上、それなりに危険は伴うが、依頼としては悪くないかもしれない。
それにどちらにせよ、そこまで広範囲にゴブリンが大量発生しているなら、先に片付けておかないと安全な旅は望めないだろ。
俺達だけならともかく、パーパやムスメの護衛を請けることになるわけだしな。
まぁ、それでも一応、皆に本当に請ける意志があるかだけは確認しておくが。
「当たり前っす! 困った人を助けるのも騎士の務めっす!」
あぁ、マイラはやっぱそうくるか。今はどちらかといえば騎士に追われる身っぽくはあるんだけどな。
『私の力が多少なりでも役立つなら、挑戦したいです』
シェリナの場合、戦闘力はともかくその回復能力は貴重だ。そういった意味ではかなりの戦力だろう。
「シェリー様がそう申されるなら、我も付き従うだけなのじゃ!」
うん、というかシェリナが一緒に来る以上お前は必須だ。彼女の護衛をお願いしたいしな。
「ま、話は決まったな。ならこれは請けるということで」
その後は、改めて執事のカツーラが討伐隊として参加するかの最終確認をしてきた。
なので、俺達も意思を伝え、契約書を取り交わすことになったが、その時にクラスやLVを記載する必要が出てきてしまった。
まぁ、これも自己申告だから折角なので針術士という肩書きを利用させてもらう。
シェリナは治療魔術士、マイラは炎術士という事にし、ネメアは拳闘士だ。
こうして一通りの手続きは終わったわけだが、さっきから奴らの視線が鬱陶しいんだよな。
一応今回は俺がカバーに入っておいたが、今後のために対策は練って置いたほうがいいかもな……。




