第百十五話 早速の誤解
「つまり、シノブはついうっかり彼女の胸を揉み、ついうっかりローブを開けさせて、お、女の子の大事な部分を見てしまったと、そういうことっすか?」
「何かその言い方だと、すごく語弊があるような――」
「そ・う・な・ん・っ・す・か?」
「……はい」
今俺は何故かひんやりとした下草の生える地面に正座しながら、仁王立ちするマイラに見下されて説教のようなものを受けていた。
あれ? おかしいな? どうしてこうなった?
いや、確かにマビロギが逃げていき、マイラに一体何があったっすか? とは問われたよ。
その時は、何か突然怒って去っていってしまったと、そうついごまかしてしまったのは確かだよ。
でも結局、最後に言い残していた変態や強姦魔といったワードは聴き逃していなかったようで、しかもマビロギのやつちょっと涙声だったからより一層不信感を煽ってしまい。
その結果、かなり厳しく問い詰められてしまい――俺も観念を決め、目覚めてからの行動を包み隠さず話したってわけだ。
でも、だからってここまで言われることか?
いや、正直正座はマイラの雰囲気に呑まれてついつい自分からやってしまったんだけどな。
そもそもこっちの世界に怒られたら正座なんて文化があるかもわからないし。
ただ正座はなんとなく雰囲気的に反省してそうという感じを与えやすそうなので結果オーライか。
とは言え――
「と、とにかくわざとじゃないんだっての。あいつ前に戦った時は男だったし、それなのに女になってて驚いてつい!」
「つい、胸を揉むっすか? しかもダイレクトに!」
『アホなのじゃ』
う、うっさい! くそ、ネメアまで向こうの味方かよ!
あ、シェリナまでそんな目で俺を見ないで! 心が痛い! 心が痛い!
「も、もしかして、し、シノブは、あ、あたし達を助けたのも、それが目的っすか! えっちぃことをするのが目的だったりするっすか!」
『え?(ドキドキ)』
「ちげーよ! あれは本当に助けたいという気持ちだけで、そんな下心あるわけないだろ! てか、そもそもマビロギに関しても何度も言っているけど、下心なんてないから!」
なんか酷い誤解から更に拡大解釈されて最低男の烙印でも押されかねなくなってきたからそこは断じて否定する。
「……全くそういう気持ちがないっすか?」
「ない!」
「キッパリいうんっすね……」
『ションボリ……』
ちょっと待て! 意味わからねーし! なんでふたりともちょっとガッカリしてるんだよ!
「全く、シノブはおなごの気持ちが判ってないのじゃ!」
「のじゃロリに言われたくねーよ!」
てか、ちゃっかり幼女化しやがって!
「とにかく、マビロギの件は本当に悪気があったわけじゃないんだよ。このぐらいで勘弁してくれ」
「むぅ、仕方ないっすね。シェリナはどっすか?」
『わ、私も、そういうことなら――それに正義の味方がそんなエッチな真似するはずないですもんね!』
うん、まぁそうなんだけど、そんな純粋無垢な瞳で言われると何故か心が痛いよ。
「シェリナ様、こんなことで油断しては駄目なのじゃ! 男なんて所詮狼なのじゃ!」
「おいちょっと待てそこののじゃロリ。何でお前、いつの間にかシェリナに懐いてんだよ?」
正直ずっと疑問に思っていた。目覚めたら子獅子状態のこいつがシェリナに抱きかかえられてたし、幼女化した今も側を離れようとしない。
「我は、今後はシェリナ様をお守りすると決めたのじゃ!」
「は? いや、だから何があった?」
「傷を治して貰ったのじゃ。それに、シェリナ様から何か神々しいオーラを感じるのじゃ。反対に今のシノブからは邪悪でスケベなどす黒い塊しか感じないのじゃ」
「ぐむむむむっ!」
この野郎、食べ物とか散々せがんでおいてこれか! 飼い犬に手を噛まれるとはまさにこの事だな。この場合相手獅子だけど!
「たく、まぁ皇族だから神々しいというのも判らないでもないけどな」
『そ、そんな……でも、何だかとても懐いてくれたようで――』
まぁ、それは見れば判るけどな。でもこれは有りかもしれない。
シェリナはどうやら回復魔法のようなものを使う力はあるようだけど、戦闘能力に関しては皆無に近いだろう。
勿論、基本俺が護衛できればそれが一番なんだろうけど、今後一体何が起きるかわからないしな。
正直ネメアが自らシェリナの護衛を買ってくれると言うならこの先の旅はやりやすくなる。
「まぁ、ネメアがシェリナを守ってくれるというならそれは助かるかな」
「この無礼者! 呼び捨てとは何事なのじゃ! シェリナ様と呼ぶのじゃーーーー!」
えぇ~……。
『それは大丈夫なんです。私からそう呼んでほしいとお願いしたことですから』
「なんと寛大な御心なのじゃ! 流石はあれほどの奇跡の力を行使されるだけの事はありますのじゃ! おい下僕、少しはお前も見習うのじゃ」
「いや、お前いい加減にしとけよ?」
掌返しが過ぎるだろ。大体なんだよ下僕って。
「おい下僕、我は腹が減ったのじゃ。きっとシェリナ様も同じ気持ちなのじゃ。とっとといますぐ飯の支度を――」
「マジでいいかげんにしろよお前」
「い、痛いのじゃーーーー! 拳でグリグリするのやめるのじゃーーーー!」
『オロオロ……』
「シノブ、こんな小さな女の子に大人げないっす!」
「騙されんなよ! こいつの正体は魔獣なんだから!」
幼女という見た目に騙されすぎだろ。いや実際魔獣の中では幼い方らしいけど。
「うぅ、酷いのじゃ。シェリナ様こやつが我を虐めるのじゃ~」
『よしよし』
俺から解放されるや否やシェリナに泣きつくネメア。それを撫でる彼女。石版芸は相変わらず細かい。
「ふぅ、とにかく、飯より前に今はするべきことがあるだろ?」
「することっすか?」
「そうだよ。俺達は妙な穴に呑み込まれてどっかに飛ばされたんだ。だから取り敢えず今どこにいるのかぐらいは確認する必要がある」
「でも、飛ばされたといっても、帝都周辺の森なんじゃないっすか?」
『あ、でも雰囲気が少し違うかも……』
「シェリナの言うとおりだな。それに思い出してみろ。あんな巨大な山が落ちてきたんだ。普通は森の被害だって尋常じゃない。でもこのあたりで森が荒れてる様子はないだろ?」
「そう言われてみるとそうなのじゃ。シノブも少しはやるのじゃ。ただの助平ではないのじゃ」
一言多いんだよお前は。
「まぁとにかく、この周辺の地形から調べるか――偵遁・偵知の術」
印を結び、術を発動。とりあえず俺の調査できる最大限まで網目状の忍気を広げるが――
「……やっぱ帝都周辺とは違うな。森の形がだいぶ違う。東になら三キロ圏内で抜けれそうだけど西側は山脈があってそれにそって森は北に伸びているようだ。明らかに帝都周辺の樹海と形状がことなる」
「う~ん、改めて見るとシノブのその力はやっぱり凄いっすね」
『流石は仮面シノビーなのです!』
「お主、シェリナ様にこんな事を言わせて恥ずかしくないのか?」
うるさい。成り行きでそうなったんだから仕方ないだろ!
「とりあえず、ここから北東に向かった先に町らしきものがありそうだ。だから先ずは東に進んで森を抜けるとしようか」
「え? シノブ、方位が判るっすか?」
「あぁ、俺の術は現在地から見た方位も知ることが出来るからな」
「中々役に立ってるのじゃ」
『やはり仮面シノビーは流石ですね!』
「いや、シェリナ、もう誰もいないとこなら普通にシノブと書いてくれないかな?」
仮面シノビーはいい加減恥ずかしいし、何より既に帝国に知られてしまっている。
そういう意味ではシノブもあまり宜しくはないから全員人前ではシノビンで通すことを告げる。
更にマイラはマーラ、シェリナはシェリー、ネメアは……まぁこっちはそのままでいいだろう。
「それにしても何で先ず東に行くのじゃ? 位置がわかっているなら一直線に向かった方が近いと思うのじゃ」
「敵の数が違うんだよ」
「敵っすか?」
「あぁ、大した相手ではないと思うけど突っ切った場合やたらと密集している箇所がある。東ならまぁ多少はマシだ。ここがどこかも判らない以上、出来るだけ危険は避けたほうがいいからな」
『ま、魔物でしょうか?』
俺が説明すると、不安そうな表情でシェリナが石版を抱える。
今まで塔に幽閉されていたから、あまり魔物に対して馴染みがないのかもしれないな。
「多分、魔物だと思うけど、そこまで大きな気配は感じ取れなかったから対処出来る範囲ではあると思う」
「うむ、心配いらないのじゃ! シェリナ様の事は我が命に変えても守ってみせるのじゃ!」
う~ん、それにしても本当にネメアのやつシェリナに至極懐いているな。
怪我を治してもらったことがそんなに嬉しかったのだろうか?
俺が飯を作ってやるよりもか?
……やめよう。何かこれじゃあ俺がすごく小さい男のようになってしまう。
とにかく、俺達はそのまま森を東へあるき始める。偵知で調べた限りは森を出るまでそこまで時間は掛からないと思うのだけど――
「ギャギャッ!」
「グキャキャ!」
「ギキィ――」
しかし、何もなく無事に森を抜けられる、という事も流石になかったようだな。
暫く森の中を進んでいると藪の中から奇声をあげてそれらが飛び出してきた。
その数は三体、肌の色は緑色で俺の腰より少し上程度までしかない小さな身体。頭にはちょこんっと一本だけ角が伸びている。
この特徴を見れば術を使わなくてもその正体ぐらいは判る。
そう、ゴブリンだ――




