第百十話 これからの事――
「やぁアイン。君も団長にしぼられた口かい?」
白騎士ロイドは廊下の奥から歩いてきた近衛騎士団もう一人の副団長、黒騎士アインに声を掛けた。
君もとつけたのは、白騎士である彼も随分と小言を言われたからだ。
「……それなりにな」
なんとも小さな声でアインが答える。気のせいかいつもに比べるとテンションが低めであり、口調もどこか淡々としていた。
「あぁ~その様子だとやっぱりギアの影響が出ているんだね。解放してないとは言え、フィフスまで上げたんだからそれもしょうがないのかな?」
「……別に――」
やはり、口数も少ないね、とロイドは肩をすくめる。彼の固有スキルである鉄血の歯車は非常に強力なスキルだ。
血の流れを操作し、身体能力を劇的に向上させる。だが、それだけ強力なスキルとなると当然使用後に副作用が出るものもある。
アインの場合がまさにそれであり、使用後、血流がもとに戻ると、今度は逆に血流が一切変化しなくなる。
まるで満ちた汐が一気に引いたように、血の気も引き、そのままの状態が暫く続くのである。
その結果、今のアインのように受け答えがどこか淡白になる。感情の変化も乏しくなる。
「フィフスまで使用したとなると、三、四日はこのままかな? 団長も途中から困ったんじゃないかな~?」
「……途中でもう戻っていいと言われた」
だろうね、とロイドは笑う。ロイド自身、団長の小言を話半分で聞いていたところもあり、気苦労が絶えないだろうなと他人事な事を考える。
「でも、そこまで力を引き出す相手なんて随分と久しぶりだったよね。ところで、アインもあの拳闘士とやったんだよね? 戦ってみてどうだった?」
「……別に」
「うん、今の君に聞いた僕が馬鹿だったね」
笑いながら呆れたように返すロイドであったが。
「……ただ、アレも侮れない。それは間違いなかった」
「――そっか……うん、ありがとうね」
ロイドはアインの肩を叩き、そしてすれ違い先へと進む。
アインもそのまま逆の方へ歩いていった。
だが、途中で立ち止まり。
「そういえばアイン。あの時召喚された英雄候補の内、カコって女の子、あの迷宮騒ぎの一件で最初は被害者として扱われていたのに、何故か今度は事件を引き起こした重罪人として取り調べを受けてるみたいだよ。なんでだろうね~」
「……さぁ?」
「あはは、張り合いがないね。僕は、出来れば女の子にはひどい目に遭ってほしくないと考えるタイプだから、気になっちゃうけど」
「……俺には関係ない」
淡白な返しだけ残し、アインはスタスタと歩いていく。
遠くはなれていく黒い背中を見やりながら、やれやれとロイドは嘆息をついた。
「まぁ、この国じゃ真実は捻じ曲げられるためにあるようなものだけどね――
そしてそんな皮肉めいた事も口にする白騎士。
一方黒騎士は全く意に介さずといった様子か。
この二人、普段はそこまで仲がよいわけではない。互いに性格が異なっている点も大きいだろう。勿論仕事となれば話は別だが。
「――それにしても、仮面シノビー二号か。ふふっ、バレバレだけどねケント君」
そして――一人呟き薄い笑みを浮かべるロイド。再び立ち止まり、あの時の事を思い出す。
そう、白騎士のロイドはあの時、ケントの反撃を受け、その身を拳の一撃が貫通し、大きく吹き飛ばされた。
その後は大樹にぶち当たり、そのまま地面に倒れた形に。
もしこの時、ロイドも解放していれば、吹き飛ばされている途中でも再生能力は発動したかもしれない。
だが、アインと同じく、この時はロイドも兜を着用していなかった。解放の条件を満たすには装備品をフルで装着しておく必要がある。
一つでも欠けていればそれは不可能だ。だが、フル装備ではなくても、このアルメンシリーズであれば、命を失った後でも、一日で一度だけ蘇生が可能だ。
だから、ケントにやられた後、ロイドは敢えて自害し、蘇生することで難を逃れた。
一方アインに関しては言えば、ギアが入った後のステータスはロイドよりも遥かに高いということもあり、暫くダメージは残ったようだが、怪我自体はそこまで大したものでもなかった。
ロイドほどではないとはいえ、自動回復のスキルがあったことも影響したのだろう。
尤も、あの惨事から逃れられたのはマジェスタの助けによるところが大きいが。
(それにしてもあの戦い、本当に、凄かった――)
ケントとの一戦を思い出し、恍惚とした表情を浮かべるロイド。
彼は、仮面シノビー二号の正体がケントであることには気がついている。
だが、そのことは自分の胸の内にだけ留めていた。つまり誰にも報告はしていない。今回の件は上官や将軍からも根掘り葉掘りと聞かれたものだが、ケントについてだけは明かす事はなかった。
では、それは何故か?
その時、ふとロイドは自分の胸を押さえた。気のせいか息もどこか荒い。
「フフッ、この僕が、男相手にこんな気持ちになるなんてね。仮面シノビー二号――君は罪な男だよ。この僕をこんなにも夢中にさせるなんて、本当に、悪い子だ……」
改めて廊下を歩きだすロイドであったが――そのいつもと雰囲気の異なる笑みを目にし、近づいてくる兵士はいなかったという……。
◇◆◇
「納得が出来ない! とにかく皇帝陛下に会わせてくれ!」
「何度もいいますが、陛下は只今多忙につきどなたともお会い出来ません。例の件の後始末などまだまだやることが残っているのです」
「それに、例え勇者様と言えど、落ち着くまではこの東宮から出ることはまだ禁止されております。どうか、部屋にお戻りください」
「ふざけるな! 僕の大切な仲間の事だ! 陛下が無理なら責任者との面会を求める! カコ本人でもいい!」
「それも無理です。カコという少女はダンジョン攻略の際に、あの無職のシノブと共謀し、多くの方が負傷する事態を引き起こした罪を問われている最中です。今後帝国裁判に掛けられる可能性もある身故、面会などは一切許されておりません」
「馬鹿な!」
ユウトは一人憤った。先程から東宮の番を任されている兵士と押し問答を続けているが全く話が通じない。
ユウトがここまで怒りを露わにしている理由は、話にもあるようにシノブとカコの件があったからだ。
シノブについては現在死んだものとして扱われているが、ユウト達も行った最初のダンジョン攻略に置いて、本当ならマグマやサドデスの企てによりシノブ、カコ、マイラの三人が被害に遭い、シノブとマイラは穴に落とされることとなり、カコに関して言えば危うくマグマに乱暴されるところだったわけだが――
カコが無事ダンジョンから戻ってきた当初は、その話で事は進んでいた。ダンジョンで倒れているマグマやその取り巻き、そしてサドデスの姿もあり、その状況がカコの説明と一致していた為、疑いの余地はないとされてもいた。
だが、例の処刑場での仮面シノビーによる乱入騒ぎ、そして謎の森の消失事件などを得て、更に数日経った今日、突如話は一転。
意識が回復したマグマ達やサドデスの証言、更に現場検証の結果、カコの証言には疑わしい点が多く、また無職であるシノブが高クラスを得たマグマに対して劣等感を懐き、更に聖女のクラスを得たチユに固執し、嫌がる彼女に無理やりちょっかいを掛けていたところをマグマの手で阻止されたなどという背景を得て、彼を逆恨みするようになり、それがきっかけとなり、ダンジョンでの暴挙に出たと。
サドデスに関しても、本来必要である筈の訓練を、虐めなどと勘違いし、正当性のかけらもない復讐心を燃やしてしまったと、そんな話に成り代わっていたのだ。
とにかく全てがでたらめすぎて、これを聞いたユウトも暫く開いた口が塞がらなかったぐらいだが。
「ですが、勇者様とて悪いのですよ」
「は? 僕が、僕が悪いだって?」
「そうです。あのカコという少女については、あなたの親衛隊の一人だったそうですが、一人だけ目立たず、地味という事もあり、全く構ってもらえていなかったそうではありませんか。勿論英雄色を好むと申します、その女性関係にまで口出すわけにはいきませんが、手を出したなら出したでしっかりとフォローをされないと」
「そうですよ。そんなことだから、無職のシノブなんかに付け入る隙を与えてしまうのです」
「ふ、ふざけるな! よりによって、そんな、そんなぁあぁあ!」
「お、落ち着けユウト!」
激昂するユウト。普段はここまで怒りっぽくはないユウトなのだが、いろいろなことが重なりすぎて精神的に不安定なのかもしれない。
下手したら兵士に殴りかかってもおかしくないと考えたのか、幼馴染のマイが飛びつき、なんとか宥めようとする。
「おやおや、全く本当に勇者様も隅に置けませんね」
「全く、こう次から次へと、夜の方も勇者でしたか。それなら東宮でおとなしくしていてくださいな。こちら側にいる分には、マイ様だろうと誰だろうと好きなだけご自慢の剣を振るって頂いて結構なわけですから」
キッ、とマイが兵士ふたりを睨めつけた。同伴したマイとてユウトと兵士のやり取りは聞いている。
それでも下手に騒ぎを大きくしすぎてはいけないとなんとか堪えている。だが、腹の中は怒りで煮えたぎって仕方ないであろう。
「せめて、せめてカテリナ殿下とお会いすることは出来ないものか? あの方であれば無下になどしないと思うのだが」
「姫騎士様ならおりませんよ」
「え? いない?」
「はい、二日ほど前には何か重要な任務があるといって帝都を離れましたからな」
「そんな、こんな時に――」
マイの表情が曇る。しかし、得心はいった。何故ならもしカテリナがいたなら、このような話を耳にして黙っているはずがないからである。
だが、二日前には既にいなかったとなるとそれも理解できる。何故ならカコの処分が突然決まったのがカテリナが出てからの事だったからである。
「……そろそろいい加減にしておいた方がいいかもな」
すると、後ろから声がかかる。ユウトが振り返るとそこにはケントが立っていた。
「け、ケント、それは一体?」
「……今いったとおりだ。こんな埒が明かない事やってても仕方ないだろ。いいから来い」
「え? ちょ! まだ話がぁああぁああ!」
結局、ケントがユウトの首根っこを捕まえてズルズルと引きずっていく。
その様子を見ながら苦笑まじりに。
「まったく、いくら勇者様とはいえ、こうもしつこいとね」
「それに比べたらあのケントという男は利口かもな。あんたも、彼女ならよ~く言っておいてくれよ」
下卑た笑みを浮かべながら、ジロジロとマイの肢体をみやりつつ兵士が言う。
その姿を一度は睨めつけつつも、マイも二人の後を追ったわけだが――
「ケントくん、一体どういうつもりだ! 君だって知ってるだろ? シノブくんだってあらぬ疑いを掛けられているんだ!」
ケントに連れ込まれた先は彼の部屋だった。マイもやってきたが心配そうに二人を見ているわけだが。
「え~と、入って大丈夫かな?」
そこで、チユが部屋を覗き込み声をかける。
「……ヒジリか、丁度いい。入ってくれ」
するとケントはチユも部屋に招き入れる。これでユウトとマイ、チユが揃った形だが。
「……さて、揃ったな」
すると、ケントは皆に向けるようにそう口にし。
「いや、だから、僕の話を聞いてるかい? シノブくんにあらぬ疑いをかけられ、カコさんだってピンチなんだよ?」
「……あぁ、判ってるさ。だから俺達はそろそろ決断しなければいけない」
「え? 決断?」
ケントの言葉にマイが反応する。チユも戸惑いがちな様子ではあるが、ケントの言葉に黙って耳を傾けていた。
「ケントくん、君は一体――」
そしてユウトが怪訝そうにケントに言葉をぶつけるが。
「……もう判っているだろ? これ以上帝国側に何を言っても無駄だ。だから俺達もそろそろ考えるべきだろう。ここから脱出することをな」




