第百五話 結成七つの大罪
時は少しだけ遡り、帝都ドライム教会区、その場所に急遽設けられた処刑台――無骨な首切り用の斧や大太刀を手にした処刑人が並び、処刑を言い渡された罪人、帝国騎士のマイラが組み伏せられていた。
その場には、都中の人々が集まり、処刑が執り行われる瞬間を今か今かと待ちわびている。
中には帝都の人間だけではなく、召喚されたクラスメートの姿もあった。
勇者の称号を手にしたミツルギやケント、ミツルギの親衛隊を名乗る三人に、幼馴染のカミヤや最近よくケントや例のあいつと一緒にいるのをよく見たヒジリの姿もある。
尤も、そのあいつはこの場にはいない。例の初心者用の迷宮攻略で命を落とした、ということにされていたからだ。
どちらにしろ、今名前の出たメンバーに関して言えば、この処刑には納得していないようであり、今にも始まりそうな処刑台の状況に歯がゆく思っている様子。
そんな彼らと似たような心境をもってそうな生徒も何人か確認できるが、半分ぐらいは他の人々と一緒に処刑を心待ちにしている様子も感じられ、それがことさら異様な空気を増幅させていた。
そんな中――今回の処刑に至るきっかけを作ったアサシの心情は微妙だった。
正直言えば、以前ちょっと話しただけで別にそこまで親しいわけでもなく、だからこそあの手帳を敢えて帝国騎士に見られるような場所に落としても心苦しいことはなかったとも言えた。
それに、どうせあいつは生きていて、この頭の狂った連中の集う処刑場にやってくることだろう、と。
そしてそれこそがアサシの狙い――が、しかし、一向にあいつがやってくる気配が感じられなかった。
どうしたんだ? と少々の焦りが生まれる。もしこのまま乱入することがなければ、アサシの計画は確実に狂う。
しかも、あのマイラという女はそのまま処刑されてしまう。確かに面識はほとんどなく、きっかけを作ったのはアサシであったが――それでも実際に死ぬかもしれないと思うとその心境は複雑であり。
「――どうやら予定が変わることになりそうです。こうなったら僕が代わりに騒ぎを起こしますので、その間に――」
「あ、ちょっと待って。ほら、あの人……」
どちらにしても、ここで一悶着起こす必要はあった。ならば、この作戦を考えたアサシが出るしかないだろうと、そう決断しての発言であったが、そこでアイからの待ったが掛かった。
その視線の先に目を向けると、件の女騎士、そう姫騎士としてもよく知られているカテリナの姿。
その彼女が今回の処刑に関して異を唱えていた。正直思っていた展開とは異なっていたが、それで騒ぎが大きくなるなら別に構わないと考える。
だが、乱入者は一人ではなく、なんと皇帝さえもその場に姿を見せ。
『その先を一言でも口にしてみろ、余に楯突いたとみなし、協力したそこの娘共々、問答無用でその首を刎ねる』
己の娘に向けてこのような非情な言葉を叩きつけたのである。
意気消沈と言った様子のカテリナ。満足げな皇帝。だが、アサシは気が気ではなく。
「まさか、皇帝まで出てくるなんて少しまずいかもしれないわね」
隣に立つミサも状況があまり芳しくない事を口にする。
確かに皇帝が出てきたとなると、単純に騒ぎを大きくすればいいというものでもない。
下手な行動に出ては、皇帝に仇なすものと判断され、悪い意味で目立ってしまうからだ。間違いなく追手も放たれる事となるだろう。
騒ぎに便乗するのが目的なのにこれでは本末転倒である。
かといって処刑をこのまま見過ごすのも――そんな葛藤がアサシの中で渦巻いていた時だった。
『空が叫び、地が震える! 海は荒れ、そして山が歓喜するだろう! 俺の言葉を聞け! この姿を目に焼き付けろ! この俺こそが、仮面シノビーーーーーーッだ!』
そんな口上と共に、ついに望んていた奴、そう仮面シノビーなどと名乗ってはいるがアサシからみればバレバレの霧隠 忍が姿を見せたのである。
しかも、その暴れっぷりは予想以上であり、なんとマイラを助けるばかりか、皇帝に一撃を加え気絶させてしまう始末。
そして、今こそがアサシにとって好機であり――
「よし! 今だ、この騒ぎに乗じて我らクラン【七つの大罪】はこれより帝都から抜け出す!」
「やれやれやっとかよ。無理やり誘っておいて、何もできませんで終わったらどうしようかと思ったぜ」
先ず言葉を発したのは朱天 童心。褐色の肌に金髪、耳にはピアスと見た目かなりチャラそうな男で、最初はアサシと組むのなどゴメンだと断っていた。
だが、ミサの魔女の審判により、実は大盗賊のクラス持ちなのが看破されてしまった。
今のクラスはイグリナから預かった隠蔽の指輪によって偽装していたに過ぎなかったのである。
なのでそのことを理由にクランへ加入させた。なにせクラスが大盗賊では流石に体裁が悪すぎであり、断るならそれをバラすと言われ仕方なくと半ば強引にだ。
その冠する大罪は強欲。
「全く、本当にあんたなんかと一緒に行動することになるなんてね」
「あら? そんな恥ずかしがる事ないじゃない。仲良くやりましょう。一応血のつながりはあるわけだしね」
魔女のクラス持ちである黒井 美沙を睨めつけるのは宝塚 美姫。
換装戦姫のクラス持ちであり、読者モデルに選ばれたこともある美貌とプロポーションの持ち主だ。
彼女もまた、ドウシンと同じように、彼らの仲間に入るのを拒んでいた一人だが、実はミサの従姉妹であり、更にミサに陰でネットアイドルとして活動している裏の顔を知られてしまっており、その秘密を理由にやはり半ば脅しに近い形でクランに加入させられた。
そんな彼女の冠する大罪は色欲。そして彼女を誘ったミサの大罪は嫉妬。
「で、でも本当に上手く脱出できるのかな……」
「――正直面倒、でも帝国でいいようにつかわれるよりはマシかな」
巨漢ではあるが大人しそうな顔をし、不安を口にしているのは不動 出久。
狂戦士のクラス持ちであり、蟲も殺せなさそうな優しい性格をしているが、いざ母親の事となると怒りが吹き出し、狂戦士らしい活躍ぶりを見せる。
そんな彼の冠する大罪は憤怒。
そして、妙にやる気のなさそうな顔を見せているのは魂 下場根。
死霊術士のクラス持ちであり、自分からは全く動こうとしない少年でもある。
だが、そのクラスと死霊を扱える魔法の使い手は貴重とアサシに言いくるめられ、クランへの加入を決めた。
冠する大罪は怠惰。
「帝都を出れば色んな場所の美味しいものが食べられるかなぁ~? 楽しみだよねアサシくん!」
この状況で妙に脳天気な会話を展開している彼女は人形 愛。
人懐っこい丸っこい顔でぽっちゃり系の体型をしている愛らしい少女である。
ちなみにぽっちゃりは真の意味のぽっちゃりであり、太っているわけではなかったりする。ただ食べることに関しては何よりも大好きであり、帝国で用意される食事の量に不満をもっていたところにアサシにおかずを分けてもらい、それがきっかけで餌付け、もとい仲良くなった形だ。
そんな彼女のクラスは人形使い、そして冠する大罪名は暴食。
それに発起人である暗殺者のクラス持ちであるアサシ、冠する大罪は高慢。彼を含めた七人がクラン七つの大罪として名乗り、今後活動していくことになる。
尤も、とにもかくにも帝都から出るのが先決であり――シノブの登場と皇帝がふっ飛ばされたこと、処刑そのものが強制的に中断されたことなどが重なり、まさに周囲はパニック状態。
この隙を見逃すわけもなく、七つの大罪のメンバーは一斉に南門へと向かった。
マイラを助けたシノブは北側に向かうようだったのでその方向は避け逆を突いたわけだ。
そしてその途中、一人見知った顔が集団の中からどこかへと抜け出していくのを発見したアサシ。尤も今はそんなことにそこまで気を回してはいられない。
他の六人を引き連れながら、とにかく南門を目指す。
「――これはまた、驚いたね」
そして広場を抜け、南に伸びている石畳の道を駆ける一行であったが、その時、ふと一人のお婆さんとミサの目があったのを感じ取った。
そしてすれ違いざまにそんな事を呟いた婆さんであったが。
「ミサ、知り合いなのか?」
「――バカ言わないで。私達殆ど城や宮殿にいたのよ、こんな市街に知り合いなんているわけがないわ」
言われてみれば尤もなことである。ましてやアサシならともかく、クラスが魔女のミサでは、現状皆に見つからずに抜け出すなんて事は不可能だったはずだ。
魔女のスキルには触媒が必要となる事が多い。占い程度なら対象の体の一部などでも可能だが、姿を消すなど特殊な術となるとその分必要な素材なども増えてくる。
当然それらを帝国兵や騎士に見張られながら手に入れるのは不可能だ。何よりミサは身体能力はそこまで高くはない。
故に、市街で知り合いなんているわけがないというミサの話に嘘偽りはないだろうとアサシは考える。
ただ、そうなると、あの老婆は一体なんだったのか、と思えなくもない。相手側の勘違いの可能性もあったが、なんとも気になってしまったのである。
ただ、やはり今急ぐべきは帝都からの脱出だ。この騒乱なら、間違いなく見張りの兵などもかなりの人数が広場に割かれる筈である。
つまり必然的に門の前は手薄になる。それを活かし、抜けだす。
「頼んだよ、アイ、カバネ、それにミサ」
「面倒だけど、仕方ないか。でも僕は動かないよ」
「うん、アイ頑張ってみるね!」
「私のだと、攻撃は無理よ」
「判ってる」
そして、カバネはこんな時のためにとアサシが用意した人骨を利用しスケルトンを、アイはゴーレムを一体、そしてミサは使い魔としてカラスを一羽使役。
それらを利用して、手薄になっている南門の門番に向けてけしかけた。
まずはカラスをしつこく付きまとわせ、それに意識が行っている間に、スケルトンを向かわせ、続けてゴーレムを向かわせる。
これによって南門の前はパニックに陥った。カラスとスケルトンだけでも大慌てのところにゴーレムが近づいてきたとあって、自然と門の外側の兵士もやってきてなんとか倒そうと躍起になる。
詰め所からも兵士が飛び出してんやわんやといった様相だ。
そしてそれこそがアサシの狙いでもある。帝都の詰め所は分厚い外壁の間を通るように設置されており、外門を閉めた後でも、何かあったときには出入りができるよう壁の内側寄りと外側寄りに扉が一箇所ずつ設けられている。
そして今は彼らが起こした騒ぎによって詰め所はもぬけの殻であり、しかも兵士たちは反対側に集まるように向かわせたスケルトンやゴーレムに気を取られている。
なのでその隙に――七人はコソコソと、それでいて迅速に詰め所を抜け、壁の外側へと飛び出した。
後はそれぞれが用意した疑似生命体を消し去るだけである。
こうして一行は無事帝都からの脱出に成功したわけだが――
◇◆◇
「こ、皇帝陛下!」
周囲の騎士や兵士が、仮面シノビーを名乗る何者かによってぶっ飛ばされた皇帝のそばへと駆け寄った。
その表情には明らかな動揺の色が見て取れる。
なにせ自分たちの目の前で皇帝を殴りつけるなどという暴挙を許してしまったのだ。
これでは特に騎士は面目丸潰れである。
「え? だ、誰だこれは?」
しかし、陛下のもとへ駆け寄ったその瞬間、騎士はそんな疑問の声を思わず発してしまう。
何故なら、そこで気絶していたのは先程まで目にしてた陛下などではなく、全く異なる人相をしていたからだ。
「う、うぅうぅ……」
すると、その何者かが唸り、その瞳が徐々に開かれていった。
「お、おい大丈夫か? お前は、一体誰なんだ? 陛下は一体――」
「こ、皇帝陛下、は、あ、あぁあああぁああ!」
ドンッ! と小さな爆発音を残し、男の顔が弾け飛んだ。
へ? と騎士が眼を丸くさせる。男は倒れ、そして死んだ。
「陛下は無事だ」
すると、男の肩に彼の上役でもある騎士が手を置き、そんな事を囁いた。
「それは、陛下の影武者だった男だ」
「か、影武者?」
騎士が怪訝そうに上役の顔を見やる。彼にとってそれは聞き慣れない言葉でもあり。
「いいんだ、お前は詳しく知る必要はない。後はこっちで上手く処理しておく。民にも落ち着いてから大臣より納得の行く説明があるはずだ。問題はない」
そしてそこまで話した後、とりあえずこの混乱を収めるぞ、と彼は口にした――