第百話 ニンジャの手段
マジェスタの宣言は誇張でもなければ、当然ハッタリでもなかった。
まさにそのままの意味合いで、四十八本の視えざる手(俺には視えているが)からバラバラに繰り出される魔法は避けるだけで精一杯。
しかもこれだけの腕を魔法を行使しながらマジェスタの表情は常時余裕で満ちていた。ステータスで見た際、妙な文字で埋め尽くされていながらも桁数は同じという俺の考えは正しかったのかもしれない。
だが、だとしたらこれほど嫌な相手はいない。六桁を誇る魔力は伊達ではないのだろう。こちらの忍術は尽く障壁に阻まれ、相手の魔法は無尽蔵に垂れ流され降り注ぐ。
シェリナのおかげで回復していた忍気も、どんどん目減りしていくし、燃料に違いがありすぎる。
このままじゃこっちが先にガス欠してしまうぞ。障壁を霧咲丸で切れないかと何度か試したが、紫電一閃が効かなかった時点で望み薄だった。
霧咲丸は実体のないものでも切れるが、それも刃の範囲内での話だ。忍術を駆使することで多少範囲を伸ばせるのは、こいつの背中からニョキニョキ伸びている腕を切れることで判明したが、全身をカバーしている障壁ともなると流石に厳しくなる。
おまけにこいつは俺の切れる範囲をある程度理解したようで、腕の大きさも変化。おかげで霧咲丸でも切れなくなった。
「お前といつまで追いかけっこしていても仕方がないな。それに、あの子にお前がやった仕打ちを考えれば、そろそろもがき苦しんで貰わないと気持ちが晴れんわい」
は? あの子? 何だ? 一体誰のことを言ってい――
「ぐぁ、あぁあああぁああ!」
「そうそう、その声が聞きたかったのだよ」
俺の身体を背後から伸びてきた岩石の腕が捉え、メキメキと締め付けてきた。全身の骨が悲鳴を上げている。
やべぇ、相手の攻撃量が多すぎて、背後からやってくる腕にまで気が付かなかった――
「さぁどうだ? 苦しいか? 痛いか? だが、それは当然の報いよ! お前があれに与えた辱めに比べたらな! さぁ、徐々に締め上げて、少しずつその骨を砕いていってやろう」
「く、くそ、言っている意味がわかんねぇよ。何だよ辱めって――」
「貴様――忘れたというのか! あれだけの事をして、何度も何度も苦しめておいて! 許せぬ! 絶対許せぬぞ!」
くそ! 岩の腕が更に締める力を強めてきた。握力幾つだよ――瞬間移動しようにも、このままじゃ印が結べない。
やべぇな……本当、今までの俺じゃここから 逃げる手は無し、つまり完全に詰んでいた。
だからこそ――ご先祖様に感謝というべきか。何せサイゾウの知識のおかげで霧遁に関してはこの霧咲丸を媒介させることで印を結ばなくても使用が可能になっている。忍気の消費は大きくなるが――ある程度は仕方ない。
唯一問題点があるとすれば、俺自身がこの忍術を使用するのが初めてで、しかもかなり複雑な忍術って事だ。
だけど、ぶっつけ本番でやるしかないな!
「霧遁・霧体の術!」
俺は声を上げ、術を発動させる。この術は、つまりはあの霧の巨人がやっていたことと一緒。
つまり、己の身体を霧化させる忍術だ。
「な、なんだと! 馬鹿な! どこへ消えた!」
ははっ、どうやら上手くいったようだ。俺の身体は見事霧となり、締め付ける腕から完全に抜け出した。
相手からしてみたら煙に巻かれたような気分だろうな。この忍術の特徴は霧になることで物理的には攻撃を受け付けなくなること、また特定の属性を除いては魔法や忍術であってもそうダメージは受けない。
ただ、忍術そのものはかなり複雑だ。
自らの体を霧のように変化させ攻撃を受け付けない状態とするこの霧体の術は、手順としてはまず体内の水分に忍気を混ぜることで周囲に水霧を発生させ充満させる。
この際に生じる水霧は非常に濃度の低い霧分子と言える為、浸透圧によって術者の体内に入り込み、それによって術者の肉体も細胞変化を伴い霧に変化することとなり、これが霧体の術の一連の流れだ。
ちなみに戻るときには濃度の高い霧で充満させることで原理を逆にさせて戻すことが可能だ。
そして、この状態からでも扱いに慣れれば霧状態からも浸透圧を調整し攻撃することも可能なようだが――しかし、この複雑な工程故か、霧化の際にも更に霧に変化した状態でも忍気の消費量は半端ない。
それに慣れていないとちょっとした風でも霧散しかねないからな。今の俺だと回避できたなら直ぐに術を解かないと体が持たない。
なので、原理を逆にさせ術を解き、元の姿に戻り、一旦地上へと退避する。
「むぅ、いつの間にあんなところへ――」
こちらを俯瞰してきたマジェスタが目を丸くさせて驚いている。どうやら俺が霧になったことまでは把握できなかったようだな。
「ふん、まぁ良い。お遊びはここまでにしておくとするか」
お遊び? 今までのやり取りも、あいつに取ってはお遊びだったというつもりかよ。
何がすごく小馬鹿にされた気分になってイラッとくるが、しかし、直後空を透明で冷え冷えとした物体が覆い始める。
あれは、氷か? それが上空の一部を覆いはじめ――そして。
「フリーゼスピナレイン――」
天が粉々に砕け、鋭い氷の槍と化し、凄まじい量の雨となって降り注ぐ。
それにしても、よりにもよって氷かよ! 霧と氷は攻撃面では相性が良いが、防御面では最悪だ。今まさに仕留めにかかっている氷槍の雨は、周囲の大気を凍てつかせながら突き進んできている。
つまり、攻撃面だけではなく当たった瞬間に凍りつくような効果も付与されている可能性が高い。
霧系の防御だとかなり厄介なタイプだ。偶然かも知れないが、連続でこうもいやらしいのがこられると嫌になる。
「あたしたちに任せるっす!」
『復活したのじゃーーーー!』
そんな事を考えつつ、もうすぐそこまで迫っている氷槍の雨に難儀していると、マイラとその腕に抱えられているのは、ネメア?
その一人と一匹が穴から飛び出て躍り出て。
「頭が高いっす! もっと伏せるっす!」
「ふぇ? ふ、伏せ?」
『とにかく屈むのじゃ!』
何かそう言われて、俺も条件反射的に頭を沈めた。すると、マイラが何故かネメアを両手で掴んで上に掲げだした。
そういえばネメアもいつの間にか小さな獅子サイズに。ただ、毛並みがさっき見た白いものに変わっている。
てか、掲げるにしてもなんで空に向かって横倒しになるみたいな感じでやってるんだ?
もうとにかく、俺は何が何だかって感じだ。そんなことしてもネメアの物理反射じゃ、魔法は防げないだろう。
『我を信じるのじゃ~~~~!』
ネメアの念が俺の頭に入り込む。その瞬間だった、降り注ぐ氷で出来た槍の雨が何か見えない力に阻まれる。
な、なんだこれ? 障壁? まさか、障壁なのか?
「お、おいおい、一体どうなっているんだ?」
「良かったっす! やっぱりこのサイズでも有効だったっす!」
『当然なのじゃ! 我の力を見くびったら駄目なのじゃ!』
何か二人して喜んでるけど俺にはさっぱり意味不明だ。一体どうなってるんだ。
『回復した結果です。白くなると妙な力が使えるそうです』
すると、いつの間にか俺の後ろに立っていたシェリナがそっと石版を見せてくれた。
白くなると使える力ってこの妙な障壁の事か? それにしてもまた何でそんな力が――
『シノブもシェリナ様も我が助けるのじゃ~~~~!』
うん? シェリナ、様? い、一体、二人の間に何があったんだ……いや、確かに相手は王族だけど。
とは言え、これはかなり役立つ力だ。マジェスタも障壁を使うが、こっちにもその力があれば事実上防御面では五分五分に――
「ふん、その妙な魔獣がいたか。だが、私はさっきの戦いもしっかり見ていたのだぞ? 弱点ぐらい既にわかっている!」
「は? 弱点? 何を強がり……」
『いかんのじゃ!』
うん?
「おい、いかんって何がだよ?」
『わ、我は何故かこの左側の胴体を向いている方にしか、守護の力が働かないのじゃ。今はこの子が掲げてくれておるから空からの攻撃を防いでおるが、当然、他の方面には弱いのじゃ!』
何だそりゃ! 全然五分五分じゃないだろ! というかそもそも何で胴体で左縛りなんだよ! 中途半端過ぎるだろ!
あ、マジェスタの奴、ニヤリって嫌な笑顔見せてるよ。あれ絶対判ってるよ。他の方面から攻撃する気満々だよ!
くそ、どうしてこう――
『ヴォン、ヴォン、ヴォンヴォン!』
て、背後から突然黒い毛並みの狼の群れが襲ってきた。
シェリナの肩がビクリと震え、
「ま、まずいっす!」
と、マイラも慌てる。
だけど――これぐらいなら何の問題もない!
「雷遁・電鎖の術――」
一発の雷が狼の魔物に命中し、そこから連鎖して襲撃してきた群れ全てを撃退した。
正直この程度の魔物、マジェスタに比べたら全然大したことないんだが、でも何故ここで魔物が?
「ロックジャベリン!」
流石っす! とマイラの賛美の声が上がる中、今度は岩で出来た無数の槍が俺に向けて吐き出された。
ただ、この魔法にしてもマジェスタのものとは明らかに違う。練度に雲泥の差があるからだ。それに届いた声もマジェスタの老獪なものとは違い、もっと若々しいものであり。
「なるほど、お前もご登場ってわけか」
俺が呟くように口にする。現れたそいつには勿論記憶があり。
「ここであったが百年目だ! お前は絶対僕が倒す!」
そろそろ薄闇に包まれ始めた緑の中から姿を見せたのは、相変わらず目深にフードを被り姿をはっきりさせないローブ姿の――マビロギだった。
しかし懲りないなこいつも。ただ、今回は上にもマジェスタという厄介魔導師がいるから、正直こいつでも魔物をけしかけられるとうざったいかもしれないな。
それにしても、こいつ俺に気がついているのか? だとしたらちょっと面倒なんだが。
「おいおい、お前、もしかして誰かと勘違いしてないか?」
だから、念のため確認しておく。一応仮面はしてあるから、それでそう思っただけかもしれないが、声や髪型などよく見れば違うと思うはずだ。
尤も、それとは関係なく看破されていたなら話は別だが。
「なんだと? む、た、確かに何か違う……」
「あぁ、悪いな、多分お前が言っているのは俺の仲間だ」
俺がそう伝えると、マビロギが、ムムッ、と唸った。すると、上からあの魔導師の驚きの声。
「な!? マビロギ! な、何故来たのだ! 暫く謹慎しているよう命じたではないか!」
「マジェスタ様! どうかお許しを! ですが、ですが僕は、僕はどうしても自分の手でこいつを倒したいのです!」
て、うん?
「ならん! ならんならんならん! 大体お前がいては邪魔だ! 私の気持ちも少しは考えろ! いいからここは私に任せてお前はすぐに帰れ!」
「嫌です! 僕は、汚名返上の機会をみすみす逃したくはない! それに自分の失敗した分は、僕自身が決着をつける! こいつは、憎きあいつとは違うようですが、その仲間! ならば代わりにこの男にお返しさせてもらう!」
な、何か妙な話になってきてるな。とりあえず仲間ということにしたけど、結局俺は狙われているのか。ただ、どうやらあのマジェスタはマビロギにはここにいてほしくないようだ。
それにしてもこいつら知り合いだったのか。いや、そういえばこいつ確か魔法師団所属だって言っていたし、それ自体はおかしくないのか。
でも、なぜそこまでマジェスタはこいつがここにいるのを嫌がる? 来てしまったなら、何かしら役立てたっていいだろう。
魔法はともかく、魔物を使役する力は使いようによっては役立つだろうし。
いや、俺からしたら勿論下手に参加されるよりはありがたいんだが、どうも釈然としない。
そもそもあのマジェスタもこいつが来た途端、俺達を二の次にしだしたような……魔法の手も止まってるし。
何故だ、どうしてもこうも必死に……うん、待てよ?
俺はこの間に、看破の術で改めてマビロギのステータスを確認した。
と言っても、気になったのは名前であり、え~と名前は……マビロギ・ランボルギニか。
マビロギ、ランボルギニ? ランボル――あぁあああぁあああぁああ!
なんてこった! こんな単純な事にこれまで気づかなかったなんて。
だけど、これは千載一遇のチャンス!
「とにかく、ここは僕に!」
「ならんならん! どうしても言うことを聞かないと言うなら、強制的にでも――」
「おっとそこまでだ!」
「……へ?」
「――は?」
二人が言い争いをしている間に俺はマビロギの背後に回り込んだ。
そして、マビロギの驚きの声、マジェスタも目を白黒させているが、お前ら話に夢中になりすぎて隙だらけなんだよ!
とにかく、俺はマビロギの首に霧咲丸の刃を押し当て、そして空中に今も浮かび続けているマジェスタに命じた。
「おいマジェスタ! こいつの命が惜しかったら、大人しく俺の言うことを聞け!」
『…………』
その瞬間、どういうわけかマイラやシェリナ、いや尤も彼女は最初から喋れないが、とにかく相手も含めて皆が沈黙。
微妙な空気がその場を支配したが――
『き、きたない、流石ニンジャ! きたないのじゃ!』
お前どこでその言葉覚えた!
皆様、感想にて温かい御言葉ありがとうございます。怪我の方は順調に回復してきております。流石に骨はまだくっつきませんが……少しずつでも更新のペースが戻せるように頑張ります!




