分かり合えずとも認め合える二人
まだまだシリアスです。個人的に一番書きたいエピソードでした。
タクシーを捕まえ、帰宅する。金がどうこう言っている場合ではなかったし、そもそもあの騒動で都下の鉄道は軒並み停止しているようだ。チラッと見えた駅にはすさまじい人だかりができていた。
カミラは、俺が恐ろしく重苦しい雰囲気を発していることを察したのか、何か言いたげだったものの、結局家に着くまで一言も話さなかった。
帰宅し、リビングに入る。カミラは素直に従う。
席に着いたところで、ようやくカミラはポツリと話す。
「あの……私がやってしまったこと、は、そんなに酷いことだったんでしょうか?」
俺はどのように返すか少し迷ったが、とりあえず無言で頷く。
「あ、あの……言い付けを破って魔法を使ったのは確かにまずかったでしょうが……ちゃんと人間のいる場所は避けるように撃ちましたし、死者なんて出ていないと-」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」
そのあまりに無神経な発言に、俺は思わずテーブルに拳を叩き付ける。カミラが、この俺ごとき瞬く間に滅ぼせる勇者が、ただそれだけの音にビクリと身体を震わせる。
その様に俺は一瞬罪悪感を覚えるが-その気持ちを押し潰し、努めて冷静に、それでいながら俺の怒気が伝わるようハッキリと発言する。
「こんなこと聞くのは残酷だと俺も思うがな……お前ら異世界の人間なんて心の底からどうでもいいと思っているんじゃないのか? 結局のところお前らは『倒すべき悪』のいる世界で正々堂々暴力を振るいたいためだけに、苦しんでいる人間を出しにしているんじゃないのか?」
「そ……そんなわけありません! 苦しむ人々を救いたいという私たちの気持ちは、とても純粋で-」
「じゃああの惨状はなんだっていうんだよ!」
言い訳じみたカミラの言葉を再度激昂した俺の怒号が叩き斬る。
「真にこの世界のこと思っている奴が『自分の力が理解されなかったから』なんて理由で東京タワー消し飛ばすってのか!? それって要するに異世界なんて『自分のやりたいことをやるだけやって欲しい物好きなだけ持って帰れる都合のいい世界』だと思っていることじゃないのかよ!」
この世界における一番の理解者だと思っていた俺から生の感情を叩き付けらたからだろうか、ついに身をすくめたカミラの両目から涙が溢れ出す。
俺にはそれすらも苛立ちを加速させる要因になる。
「泣けば済むと思ってんのか!? それで同情を買うつもりか!? 自分がなにしたか理解できてないならこれを見ろ!」
俺はテレビのリモコンを取り、テレビを点ける。どうやら他の電波で代替させることで、放映は再開したらしい。しかし電波に余裕がないのか、どこの局も全く同じ内容である。
『……この異常現象により発生した被害の、おおよその実情が明らかになってきました。まず被害の中心地であった東京タワー。いまだにエレベーターは動いておらず、展望台に取り残されたおよそ300人の観光客が階段を通じて救助されていますが、全員が地上に降りるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。また、東京タワー頂部が消滅した際に転倒したり、物が倒れかかるなどして、タワー内部だけで数十人の負傷者が発生している模様です。さらにこの消滅の直前、突如として空が分厚い雲に覆われた影響で、都内では交通事故が多数発生しています。正確な被害はいまだ不明ですが、多数の怪我人が搬送されています。建築物の被害は甚大で、東京タワー近辺のビルではほぼすべての窓ガラスが砕け散り、飛び散ったガラスで怪我をした人もかなりの数に昇ると思われ……』
「お前の下らんプライドで、どれだけの人が迷惑を被ったと思う! 死者だってまだ報道されていないだけで、これから出ても全く不思議じゃない! 自分がどれほど愚かなことをしたのか……」
「あん、なにたくさんの人が、大変なお、思いしてるんですか、わた、しのせいで」
そのことを理解したのか、もはや涙でぐしゃぐしゃの顔で話す。
「そうだ!これからもさらに増えていく! 世界を救おうって奴のすることとは到底思えな……」
「だって……だっ、て」
俺の言葉に割り込むようにカミラが泣き声を上げる。
カミラは押し込められた感情をもはや我慢できないとばかりに溢れ出させていた。
「わ……私、向こうの世界でどれだけ……修行、しても、それが役に立つ、機会な、なんて全くな、くていつかゆう、しゃになれると思っ、てその日だけ、夢見て、やっと、召喚されて、進士さんみ、みたいに親切な、人にも会えたの、に、魔王なんて、いない、って、この世界じゃ、勇者なんて、い、いら、ない、って、お前なんか、不要だって、拒絶、されてるみたいで、頭じゃ、魔王がいない、って、理解できてたのに、なんとか、否定したく、て、出かけ、たのに、その先でも、勇者だなんて、認め、られなくて、ゆ、ゆうしゃとしての力を、見せ、れば、進士さ、んも私を、勇者だって、ちゃ、んと思って、くれるか、って、はり、張りきったのに、こんな、あ、有様で、むしろ、進、士さんにも迷惑、しかかけて、なくて、ほ、本当に私、ダメな勇者だな、って」
つっかえつっかえながら一息に語るカミラ。その内容に俺はまたも愕然とする。……本当にカミラはただの子供なのだ……自分の存在理由に思い悩んで暴走するほどに。その完成された実力とはあまりに噛み合わないほどに。
「い、異世界に来て、とても不安だった、から、ものすごく、無礼な言動も、し、たのに私、なんかに親切にし、てくれた進士さ、んが、いるこんな、世界に来れて、幸せだったのに。それ、なの、に、こんなに、いい、世界だった、のに、私は、無意味にきず、傷つけてしまって」
「こんな世界なんてどうでもいいと思っている」のではなく「こんなに大事になるなんて思ってもいなかった」。それが正解なのだろう。俺がコイツの力を侮っていたのは間違いない事実であるし、だからこそ自分の力を自慢したかったのに……そんな俺に全否定されるかのような言葉を浴びせられてその精神はどうしようもなく不安定になっている。
……そしてただ想像力が不足していただけの餓鬼を罵る言葉を俺はそれ以上持ち合わせていなかった。
怒りも削がれてドカッと腰を下ろす。ビクンっとカミラが反応する。しばらくうつむいていたが、やがて何かを決心するかのように顔を上げる。その瞳からすでに涙は零れていなかった。
「……進士さん」
カミラはいきなり剣を取り出す。その意図がわからず困惑するが、カミラは剣を机の上に置き、覚悟を決めたかのように語りだす。
「私は進士さんに不要な存在ですか? もし、私が進士さんにとって異世界から迷い込んだ異物でしかないなら-この剣で私の喉笛を刺し貫いてくれませんか?」
「!?」
それは卑怯な作戦である。自らの命を人質に要求を通そうとする、普通の人なら他者の命を奪うことをためらわざるを得ないことを悪用した、とても卑劣な策略だ。
しかし、だからと言って俺にはカミラを非難する気はとても沸いてこなかった。
何よりもまっすぐにこちらを見つめるその視線は……「俺になら殺されても構わない」と雄弁に物語っていた。その視線すら策略の一環であると理解してなお、それを無視することはとても困難だった。
なぜならその心は演技ではない。真実俺に命を預けている。そんな自分の確固たる思いすらためらわず交渉の手札として切ってくるカミラに-俺は畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
「進士さんが受け入れてくれるなら、私は自分が傷つけてしまったこの世界でも絶望しなくて済みます。でも、進士さんに拒絶されるなら-意味はありません」
何の意味だ。生きる意味か。世界を救う意味か。それとも帰ろうとする意味か。何の意味がないと言うのだ。
あぁこれはとてもとても計算尽くの計略だ。どこまで俺に依存しようというのか。そこまで依存されて突き放せると思っているのか。こんな俺に魂のすべてをかけて交渉しようというのか。
その思いを試すべくただひたすらこちらを見つめるカミラを前に、俺は立ち上がって剣を抜き喉元に突き付けてやる。それでもなお、カミラは全く動じず-あろうことか微笑みまで浮かべていた。
そこまでの覚悟か。ならば仕方がない。負けてやろう。認めようカミラ。お前はとても強い。嘘と打算が生業のこの俺から同情と共感を引きずり出したのだから。……子供の純粋な願いすらひねくれた謀略としか受け取れぬ歪んだ大人からそれを引きずり出したのだから。
剣を引き、ポンと頭に手を置いてやる。
「……誰がお前が勇者であることを否定したよ?」
「……え?」
「世界中の全員が否定しても俺は肯定してやるよ、お前はこの世界を救える勇者だって」]
なにせこの俺から勇気をもって協力を約束させたのだ。それを「勇者」と呼ばずしてなんと呼ぼう。
「で……でもいいんですか、私、あんなひどいことを……」
「一個人が踊るだけであんなことをやらかしたと誰が信じるってんだよ」
あの場にいた野次馬たちでも、白昼夢でも見たのではないかと結論付けるだろう。それほどまでにあの光景は幻想的で非現実的だった。
「知らなかったのか? この世界はな、証拠と法律がなければだれも罪を追及できねーんだ。『踊って変な言葉唱えて東京タワーが消滅しました』? 誰がそんな因果関係証明できるんだよ。それを罪に問える法律がどこにあるんだよ」
「そ……それで進士さんはいいんですか!? そんなあっさり私を許して……」
「許さねぇよ」
そこはハッキリと告げておく。
「俺はお前を勇者だと認めてやる。だが、俺はお前の罪を許さない。どうすれば許されるかわかるか? 何をもって贖罪とできるか理解できるか? 安直に俺に命を預けたその罪深さがわかるか?」
「!」
「お前の罪はお前が背負え。俺に決断を押し付けるな。この世界に裁いてもらおうなどと思うな。なぜならお前は勇者だからだ。孤独であっても、己の信じる道を突き進まなければならないのが勇者だ。栄光も罪も一手に負うのが勇者の使命だ。『罪を犯したから勇者を辞めたい』? そんな甘えが許されると思っているのか?さぁ答えてみろ。お前は何を思ってこの世界に立っている?」
「私……は……」
「俺が受け入れてやるから、逃げるなんて許さねぇ。ここに間違いないお前の居場所をくれてやる。誰が拒絶しようが俺はお前を肯定してやる」
だから、と言葉を切る。
「だから逃げようなんて……死のうだなんて言うんじゃねぇよ」
あまりに安易に己の命を投げ出そうとするカミラに……俺は危惧と苛立ちを覚えていたのだろう。
柄にもなく熱く語ってしまった……少々気恥ずかしい。
だが、その思いはカミラにきちんと伝わったようだ。
「私は……いてもいいんですね。この世界に」
「おう、その通りだ」
「許されなくても……背負ったままでも……ここから前に進むことはできるんですね」
ゆっくりと噛みしめるように言葉を放つカミラの顔に迷いはない。
「私……決めました!」
カミラが立ち上がり言い放つ。
「魔王がいないなら、私はせめてこの世界をより良くするために動きます! それが勇者として、罪人としてこの世界にあり続ける私の『思い』です!」
「なるほど……そうか」
自分の心に決めることができたなら、もはや俺に言えることはない。
「例えこの世界に巨悪はなくても……小さな悪はいくらでもあるはずです! それらと戦い続けることこそ我が使命にして贖罪!」
……ん?
「さぁ進士さん、共に頑張りましょう! この世界を平和にするために!」
俺は再び思い出す。……コイツらは家畜泥棒一人に対し、情け容赦なく討伐を実行するような連中だったのだ。それが「世界を平和にすべく悪を打ち倒します!」なんて決心したのなら……
……ひょっとしてとんでもない危険物を抱え込んでしまったか?
とはいえ、無邪気にも使命に燃えるその顔を見ると今更水を差すのも気が引けて。
(まぁ……この世の終わりみたいな顔されてるよりは多少調子に乗られているぐらいの方がまだマシか)
「……まずはじっくりこの世界について教えるところからか」
俺はこれからの苦労を思い、ゆっくりとため息を吐いた。
「そういえば進士さん!」
「ん?」
「お腹空きました! 粗夕食まだですか⁉︎」
「今更天丼ネタか!」
ムカついたので夕食は特上天丼の出前にした。痛い出費だが、カミラは大喜びで食べていたので、まぁ良しとしよう。
次回以降、進士の秘密などにようやく触れられると思います。