力の証明、理解しあえない者たち
ようやく進士とカミラ以外のキャラクターが出てきます(モブですが)
というわけでなんとはなしにたどり着いた首相官邸。
……いや、ここまでやってきたけれど、正直これからどうしようかね? とりあえず偉い奴のところに連れていけばいいか、などと安直な発想をしていた自分を殴りたくなる。
会えるわけがないだろ、何がどうなろうと。なんの地位もない一国民と地位どころかこの世界の人間ですらない自称勇者がいきなりやってきて、一国の総理が会ってくれると思っていたのか、俺。やはり思考がだいぶカミラに毒されているな……。
というか、いるのか総理大臣? 分刻みのスケジュールだなんて聞いたこともあるが。
そんな俺の悩みを余所にカミラはじっと台地の上に建つ首相官邸を見つめている。
「これがこの国の王の城ですか!」
無意味に叫ぶな。あと王じゃなくて総理大臣だ。一応政治体制についても説明していたのだが、さては聞いていなかったな。
「ずいぶん貧相ですね!」
正直に言うな。……結構多くの人が思っているんじゃなかろうか。諸外国に比べて地味だな、とは。
それと、警備(警察?)のおじさんがこちらを睨んでいるので頼むから目立たないでほしい。一国の総理の屋敷を前に怪しい女が騒いでいたら職務上注目しないわけにもいかないだろうが。
「それではまずはお目通りを願うとしましょうか!」
「あ、おいコラ」
ズンズンとカミラが官邸に向かうので俺も慌ててついていく。
警備のおじさんの前でカミラが立ち止まる。さすがに警備員張り倒して侵入するような凶行には及ばないらしい。
おじさんの目線はもはや隠す気もなく不信と警戒に満ちている。まぁ当たり前だろう。これで全くの無警戒だったら総理のガードどれだけ甘いんだという話である。
「……大変失礼ですがお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか? この建物は日本国政府が管轄する内閣総理大臣官邸です。アポイントメントのない方をお通しする訳には……」
それでも目の前の相手は単に警備員に近寄ってきただけで、特に犯罪行為を犯しているわけではないのだ。あくまで物腰は丁寧におじさんが尋ねる。
「私は勇者『銀嶺』のカミラ・フェーゼンです!この国を、ひいてはこの世界を救うべくやってきました!さぁそれを理解したなら早くこの私を総理とやらの元に案内しなさい!」
あぁやっぱりハイテンションで調子に乗っている。……ローテンションだったら受け入れられたかと言うと答えは否だろうが。
それを聞いたおじさんは「あ、危険人物じゃなくて単に痛い人だったか」というような納得の表情になり、次いで俺に「あんたも少しは周りに迷惑かけないように彼女をコントロールしなさいよ?」とでも言いたげな非難と同情の入り混じった視線を向ける。そして黙りこくったのは、以降侵入でもされない限りはカミラの存在を根本から無視しようと決心したからだろう。まるでこんな奴に絡まれるのは慣れているとでも言いたげだった。……やっぱりこういうところの警備だと遭遇率高いんだろうか、頭が春な人。ご苦労様です。
「いや、本当すいません、ご迷惑おかけしました。ホラ、カミラ行くぞ」
「あ、ちょっと待ってください。まだお目通りが~」
騒ぐカミラを引っ張り、官邸から離れた路上に移動する。
「……何ですか、あの番兵。まるで私が勇者を自称する変人であるかのような目で見てきて」
「いや、実際端から見るとそうだろ」
俺自身としても実際目の前で光の中からカミラが突如として現れる様を目撃しているから、一応異世界人だということは信用しているが、「勇者」という肩書にはなんとなく疑問符を付けざるを得ないのである。……というか勇者らしいことほとんど何もしてないしなコイツ。
「ま、いきなり総理に会おうなんて考えが甘かったわ。そこは謝罪するよ。だけど、唐突に勇者のなんのと言われても流石に信用できる人はいないって。ひとまずは家に帰って作戦練り直そうぜ?」
「……全く、進士さんまでそんなことを言い出すとは……本気で私の勇者としてのアイデンティティーが危機に……この事態を脱するにはどうしたら……」
アイデンティティーなんてあったのか。プライドもなく粗茶菓子を要求したり、ウォッシュレットにやたらこだわる姿からはそんなもん微塵も感じられなかったが。
「……ね、見てよ」
「わ、本当に変な恰好」
「勇者だなんだって痛いこと言ってて……」
そんな言葉が聞こえてきたのはその時だった。ふと見ると女子高生らしき二人組がクスクス笑いながら通り過ぎる所だった。その片割れが駅から出てくる時にその辺に立ってスマホをいじっていたのを思い出す。待ち合わせでもしている最中に先ほどの一幕を見物していたのだろう。
「勇者だから総理に会わせろとか突っかかってたのよ……本当バカみたいよね。今どき勇者なんてフィクションでも流行らないのに」
本人たちにさほど悪気はなかったのだろうし-当人の目の前で陰口を言うとはあまりにマナーがなってないが-実際その発言に深い意味はなかったのだろう。言った本人もおそらくこの場での雑談としか認識していなかったはずだ。一週間もすれば他の話題に流され忘れる程度の。
しかし言われた方の勇者様はそうは受け取らなかったらしい。突如としてビクンと背中を震わせ、
「……バカみたい? 流行らない? 変な恰好の痛い子?」
とすさまじい怒気を孕んだ声音でゆっくりと告げる。
「いや、カミラ、少しは落ち着こう、な。ここは抑えて。怒りなんてすぐ消えるから」
コイツはその気になれば真剣を取り出して振り回せるのだ。こんな街中でそんなことをさせるわけにはいかない。
だがカミラは一向に怒りを鎮めず、それでいながら表面上は落ち着いた声で、
「大丈夫ですよ。私はとっても冷静です。魔王も魔法も勇者もいない世界……想像以上ですね。とても手強いです」
何やら意味のわからないことをつぶやいている。
正直とても怖いが、とにかく今暴れる気がないならそれで構わない。とりあえず連れて帰ろうと近づいたところで、
「……要はこの私の存在をこの世界に示せばいいのです。なぜこんな単純なことに気づかなかったのか……勇者カミラここにあり、と全世界に告げねばなりません。そのためには、私の勇者たる力を示さねば……」
とブツブツ言っている内容が聞き取れた。
「……的は……近くに大きいのがありますね……ちょうど良さそうです。あれにしましょう。あれを……」
何やら一つ決心したかのように大きくうなずくと、俺の手を離れてヒラリと車道に踊りだす。
「あ!おい!」
幸い車の少ない時間帯だったからか、そのまま事故になることはなかったが、すぐさま車道を走っている車が停止し、運転手たちの怒号が飛び交う。
「うわ、さっきの勇者ちゃんじゃん。あんなところでなにやってんだか……」
さらに遠くの方でさっきの女子高生たちが騒いでいたが、そんな騒ぎをもすぐさま打ち消す異常事態が勃発していた。
カミラが手を挙げる。車道に入ってから手を挙げても意味ないんだぞ、と冗談のような思考が走るがすぐさまカミラが歌うように声を上げていることに気づく。
――『銀嶺を統べる覇者』にして天を配する帝の忠実なる下僕たるカミラ・フェーゼンが請い願う。願わくば、いと猛く、いと尊き雷獣よ、その御姿を天空に顕したまえ――
普段のおちゃらけた言動とはかけ離れた陶然とした響きの元、彼女の祝詞―そう、それは邪悪な魔導士の呪文などではなく、清浄なる巫女の祝詞に聞こえた―が大気に満ちると同時に……最初の異変が巻き起こる。
「そ、空が……」
そう呟いたのは周辺の野次馬の内誰だったのか―今まで初秋にふさわしい抜けるような青空を見せていた天蓋が……たちまちのうちに嵐を思わせる黒雲に包まれる。
あまりの異常事態ゆえか、カミラとは反対車線を走っていた車も次々と速度を緩め、停止していく。
続けてカミラはゆっくりと舞うような動きを始める。
――雷鳴より生まれ、雷雲を産着とし、雷閃を餌食とする雷獣よ、四肢万里を駆け咆哮億里に轟く雷の主よ、其の爪一天を裂き、其の牙四海を貫き、其の雷百山を崩す稲妻の化身よ、我が求めに応じその無限なる力の一欠片を振るいたまえ、轟かせたまえ――
余人には分からない複雑な手足の動きと、雷獣を讃える祝詞に合わせ、空を覆う黒雲は見る間に厚さを増していく。今にも雨が降るか、雷鳴が響いてもおかしくないほどの雲にも関わらず、そこには一滴の雨も一筋の稲妻も観察できなかった。そのことが……まるで「何か」のために、エネルギーを全く無駄にせず溜めこんでいることを示しているかのようで、とても不気味だった。
もはや、辺りは夜と見紛うまでに暗くなっている。分厚い雲はどうやら南に向けて収束するかのように動いているようだ。……その方角に何か嫌な予感を覚える。
――黒き雲海より出でし太き柱は天地を繋ぐ楔にして、万人を畏怖さす無情の裁きなり。人よ、目に刻み耳に木霊させよ、これより生ずるは凡愚の知恵を嘲笑う無常の焔である――
カミラはいよいよもって車道の幅一杯に舞い踊る動きを見せている。暗闇の中でなぜかその動きは鮮烈なまでに人々の目に焼きつく。そのあまりの神々しさは、触れられることを断固として拒絶してやまず、大人でも少女でもない今この一瞬しか見られぬであろう神秘的な美しさとなってカミラを覆っていた。
知らず知らずの内に涙が溢れる。それを拭う間すら惜しく、忘我の内にこの舞を目の当たりにできる喜びにただ震えるしかなかった。
遂にカミラは祝詞と舞を終え、手を天に突き上げたポーズで静かに佇む。天上の雲は今にも弾け飛びそうなプレッシャーを湛えながら、まるで主人の命を待つかのようにその状態を維持している。
……全ての音が断たれたかのような重苦しい静寂、案山子のように突っ立つだけの民衆。もはや主役以外のその場にいる全ては脇役に過ぎなかった。
そしてとうとうその命は下される。
――疾く降臨せよ――
ゆっくりとその手が下される。
その瞬間に起きたことを正確に理解できていたのは、東京にいた老若男女全ての人々の中でも実行者であったカミラ当人だけだったろう。
閃光。一番最初に訪れたのはそれだった。
その場にいた全員が思わすしゃがみこみ、顔を覆わざるを得なくなる。それほどの白光が周囲一帯に溢れた。
一瞬の輝きの後、ただちにやってきたのは大地を揺るがす衝撃であった。爆音、そして突き上げられるような振動。地震としての震度は小さいものだったのかもしれないが、俺たちの体の表面から叩き付けられる衝撃は原始的な恐怖を呼び起こすには十分すぎた。あらゆる生命にとっての根源的生存本能を叩き起こす人知を超越した衝撃に、無力な人々はただただその災厄が通り過ぎるのを祈るしかななかった。
瞬く間に閃光と衝撃が通り過ぎた後、その場には腰を抜かしてへたり込む人々と、車道の中心で勝ち誇ったように微笑むカミラの姿だけがあった。
―なにか嫌な予感がする。
本能がそんなメッセージを伝える中、いち早く正気を取り戻すことに成功した俺は「フッフン。どんなもんですか進士さん。この私、勇者カミラの力ご覧になりまし……え、キャッそんな強引な!」と自慢げに語っているカミラの手を取り、早くもその姿を現しつつある太陽の元、とにかくどこでもいいという思いで駆け出した。
認めよう。俺はその瞬間まで勇者だなんだと言っても大したことはないと高を括っていたのだ。
確かにいきなり密室に現れて真剣を振り回し、地球人には到底できない不可思議な魔法を使っていたが……その程度だと。精々が一人暮らしの武術の心得もない青年を脅して従わせるのが限界だと。とてもではないが、70億から成る地球のすべての人を救うなどできないだろうと。ファンタジーの魔王を倒すのが関の山だろうと。……高を括っていてしまったのだ。
あぁそうだ、俺はどうしようもなく愚かであった。ファンタジーの魔王を倒せる程度の実力?それは世界を打ち滅ぼさんとする魔王を倒せるほどの実力の誤りだ。そんな力を地球に持ち込めばどうなるというのだ?こうなるのだ。その結果がどうしようもない現実となって俺の前にそびえたつ。
電器店の前を通る。なぜかその店先に並べられたテレビは大半が暗黒しか映していない。その光景に言いようのない不安を覚える。
一部映像の映っているテレビがあった。どうやらケーブルテレビを放映しているテレビのようだ。普段ならお気楽な地元の情報番組を流しているはずの画面は、異様な緊迫感に包まれていた。
『テレビの前の皆様、ご覧になれますでしょうか!私たちは今、東京タワーを一望できるビルの屋上に上がっています!』
あぁ、クソッ。
俺はカミラという人間を根本的に誤って判断していたことに気づいた。
ただ勇者にあこがれる少女なのだろうと、まだまだ幼いその純真さにあるいは同情、あるいは憐憫を向けていたのだ。
だから好奇心も多分に含まれていたとはいえ、それなりに協力してやろうという気になっていたし、もし帰れそうになかったらそのままこちらに居つくための手伝いをしてもいいと思っていた。
しかし、その価値観はあまりにこの地球の常識とかけ離れていた。
俺は一つ一つの事象を思い出す。
あまりに簡単に剣を抜き、俺のスマホや自宅と言ったものを至極当然のように壊してしまう精神。
不快感を電車内や官邸であっても隠そうともせず、正直に発露してしまう素直さ。
「悪人に容赦する意味はない」と断言し、おぞましい武勇伝を喜んで語る無邪気な残酷性。
そしてそんな人間ならば、ただ「己の力を証明したい」という思いだけでこんなことをやってしまえるのだ。
『あれを見てください!突如として湧き出た黒雲!その後発生した途方もない閃光と爆音!それが去った後、東京タワーはあのような無残な姿と化していたのです!』
アナウンサーが怒鳴りつけるように語るその背後では……
展望台より上の鉄塔部分を丸々消失させた東京タワーがその姿を見せつけていた。
……本当に世界を救ってしまえるチート級勇者なんぞだれも望んでないんだよ、クソ!!
次回も引き続きシリアス予定です