勇者村の成り立ち
「私たちの村は勇者派遣業で成り立っているのです」
カミラが平静を取り戻し、俺の額の痛みもなんとか治まったところで、カミラはぽつぽつと語りだす。
「……勇者派遣業?」
「魔王の侵略で危機に陥った異世界に私たちの村の住人が召喚され、その異世界の住人を仲間にし、最後は魔王を打ち倒して帰還するということです」
「……いくつか確認したいが、いいか?」
「はい、どうぞ」
俺はまだ痛む額を揉みながら尋ねる。急須のせいなのか頭の痛い話のせいなのかは考えないでおく。ローテンションなためかカミラもえらく素直だ。
「なんでお前らの村の住人が異世界に召喚されるの? お前らの世界全体がそうなの?」
「いえ、召喚されるのは私たち『勇者村』の住人だけらしいです」
ひねりがなさすぎる名前だ。
「理由は?」
「何人もの学者が調査したらしいですが、はっきりとはわかっていません。仮説ならあるんですけど」
「へーどんなんだよ?」
「いわく、この村の地下に伝説の勇者の魂が眠っていてその影響だとか、いわく、異世界からの召喚魔術が噛み合うのがこの村の座標だけだとか、いわく、単なる風土病だとかですね」
「風土病とは斬新な目線だな」
勇者は病気だったのか。
しかし、言われてみれば勇者含めてたった数人で世界を征服しようと息巻く魔王を倒そうと言い出したり、善良な村人の持ち物を荒らして平然としていたりと、俺の中の勇者のイメージと照らし合わせると確かに病気な気もする。
「それで、お前たちの村は勇者を召喚されることで成り立っていると?」
「はい、そうです。村の特産品は勇者、主幹産業は勇者、子供が将来なりたい職No.1もここ100年ずっと勇者で、村人は道楽で雑貨店や理髪店営んでいる退役勇者除き全員勇者です」
全員勇者とはなんとも嫌な村だ。
「退役勇者ってのは?」
「一度召喚された勇者が再度召喚されることはないので、そういった人が半分趣味、半分村人のために生活に必要な店をやってるんです」
「それ以外の奴は?」
「全員毎日剣か魔法の修行ですね。いつ召喚されてもいいように、常に完全武装です」
「……ずいぶんと疲れそうな毎日だな」
「召喚されていない人は全員現役ですからね。実際に異世界に行けるのは10人に1人ぐらいですが、いつか召喚される日のためにみな努力は怠りません。三軒隣のジョンソンさんなんて御年72歳なのに、いまだ勇者への情熱を持って毎日槍の修行を欠かさず皆の憧れの的ですよ」
俺は会ったこともないジョンソン爺さんを思い浮かべる。
老いてなおムキムキな肉体で重そうな槍を振るい、いつか勇者として異世界に召喚される日を夢見て「ワシは勇者になるんじゃー!!」と叫ぶ72歳……、そしてそんな爺さんを尊敬のまなざしで見つめる子供たち……。
やはり風土病なんじゃなかろうか。というかそれ以上に突っ込みどころが増えている。
「いや、おかしいだろ」
「?」
特産品が勇者というのもなんだかおかしいが、それ以上にその村は根本的におかしい。
「勇者ってことはあれか、周りの村を襲っている魔物とか倒してその代わりお金をもらっているとか……」
俺はまだしも現実的な路線を考えて指摘してみる。
「そんなわけないでしょう。勇者は無償で人々を救うのがお仕事です。お金もらって戦ったら傭兵じゃないですか。大体私たちの世界は1000年以上前から魔物なんて現れていません」
しかしカミラの返答はなんともスッパリしたものだった。
「それじゃあ明らかに無理だろう。誰一人まともに仕事していなさそうなのに、そんな村成り立つわけ……」
そこまで言ったところでカミラがものすごいニヤニヤしているのに気が付いた。馬鹿な相手に自分の知識を自慢したくてたまらない、と言わんばかりの顔である。あと、今までの人生美少女なんて生き物に縁がなかったから美少女に馬鹿にされたら興奮するかな、とも思っていたけど普通にムカついただけだった。俺に特殊な性癖がなかっただけか、単純にカミラのキャラクターがそう思わせるだけかはよくわからないが。
「フフフ、進士さんお忘れですか?私たちの村の産業は『勇者派遣業』だと。ただ勇者を養成するだけでは一銭にもならないことは自明の理、私たちは異世界に召喚されて向こうの世界からお宝を集めて持って帰ってくるのです!」
なんとも自慢げだが、それは単純化するとこういうことだろう。
「つまり、お前たちは危機に瀕した世界に向かう、そして世界を救う、その代わりに財宝なりなんなりを受け取って帰ってくる、と……」
先ほどの「勇者は傭兵ではない」発言はなんだったのか。
そこを指摘すると、カミラはますますニヤニヤ度を高めて無知な人間を啓蒙する楽しみを最大限味わうかのような表情になる。というか、こいつテンション上がると高圧的になるのな。
「フッフッフッ、これだから未開人は……」
とんでもなく無礼な発言が飛び出したが、とりあえず我慢して聞くことにする。
「金銀財宝など、使い切ればそこで終わり、そもそも一人の勇者が持って帰れる財宝などたかがしれています。村一つ養うにはとうてい足りません。それ以上に魔王の侵攻を退けたばかりでこれからいくらでも予算が必要な国から、世界を救ってやったと向こうとしても無視できない功績を盾にして財宝をむしり取ろうなどゆすりたかり同然、勇者どころか人間の風上にも置けないクズです!」
「おお……」
なんとも筋が通った発言に俺は少し恥ずかしくなる。カミラの発言は道理も道理、実に真っ当な見解である。確かにそこに考えが及ばないとは未開人呼ばわりされても仕方ないだろう。
「まぁ向こうがくれるというなら断る義理はありませんが……」
だからそのあとにポツリと続いた発言は聞かなかったことにしておいてやる。
「……それで財宝じゃないというなら何を収入源に生活しているんだよ」
「聞きたいですか?そんなに聞きたいですか?どうしても知りたいですか?」
嬉々として迫り寄ってくるカミラにむしろ俺は聞く気が失せてきたが、義理としておざなりに返事しておく。
「知りたい」
「そんなに知りたいなら仕方ないですねぇ! 本当なら勇者村の門外不出の秘伝ですが、特別に教えましょう!」
うわ、ウザいテンション。
突如として立ち上がりまるで演説でもするかのようにカミラは語り始める。
「私たちの村が勇者を派遣することで成り立っているその秘密は……」
「秘密は?」
そこでカミラは言葉を切ってたっぷり溜め始める。……付き合って息の一つも飲んでやるのが正解なのかもしれないが、疲れてきたのでぼんやり眺めることにする。
茶を飲みながら拳を握りしめて仁王立ちしている美少女を見物する。とりあえず眺めているだけなら無害だし、それなりの目の保養だ。
途中チラッとカミラがこちらを見て目で何かを語り掛けていたが、無視する。
こちらが付き合わないことをようやく悟ったのか、すごすごと椅子に座り先ほどよりもかなりテンションの落ちた声でカミラは続ける。
「……秘密は特許です」
「はぁ、特許?」
なんとも脈絡のない発言に俺は少し間の抜けた返答を返す。
それをどう思ったのかカミラは急に声の調子を上げて、
「ほうほう! やはりこの世界には特許はないと! 仕方ありませんねぇ、文化を伝えるのも異世界に召喚された勇者の役目、説明しましょう、特許とは……」
「いや、特許ぐらいこの世界にもあるけど」
その発言に再びカミラが愕然とする。
俺が分からなかったのはこの話の流れで特許と言うのが唐突すぎて理解が追い付いていないだけだ。
……待てよ、「異世界に召喚される」「財宝は持ち帰らない」「特許」と来ると……
考え続ける俺に対して再度テンションを取り戻したカミラが発言を続けているが、俺の思考はそれを無視して先に進む。
「フフフ、いくらこの世界に特許があろうと、それだけで私たちの先祖が考え出した素晴らしい収入システムの秘密には気づけますまい! では説明しましょう、異世界に召喚されることで収入を得るシステムとは……」
「あぁわかった、召喚された先の世界で新しい文物があったらその設計とかアイディアを持ち帰ってお前らの世界で特許化するのか。それでその特許料を村内で分け合って生活していると」
再びテンション高く説明しようとしていたカミラだったが俺の発言を聞くなりテーブルの上に突っ伏してしまう。
「……正解なのか?」
「ハイ、ホボパーフェクトデスヨ。優秀ナ従者ヲ得ラレテカミラトッテモシアワセデスヨ」
なぜか片言になりつつすさまじく低調子で俺を褒める。従者としてすごいということらしいので別段うれしくはない。
とはいえ、高圧的なハイテンションよりはこちらの方がまだ話しやすいのでとっとと話を進めることにする。
「具体的にはどういう風にやってるんだ?」
「……魔王を倒すために世界中巡るうちにいろいろ見つけられるんですよ、あぁこれ自分の世界にはないな、ってものが。文化だったり発明品だったりアイディアだったり本当様々ですけど。そういうのを持ち帰ることは最初からやっていたんですけど、昔々ある勇者が『特許』っていうアイディアを持ち帰って、大々的にアイディア自体に権利を主張することを始めたんです。アイディア持ち帰るだけなら荷物は増えませんし、向こうの世界にとっても関係ない異世界でどれだけ真似されようが別に迷惑なんてかかりませんし」
随分と投げやりにカミラが一気に答える。低調子だと余計な修飾がなくてわかりやすい。ずっとこのまま話してくれないかな。
「……ずいぶんと低俗な勇者産業の裏側だな……」
「何を言いますか! 私たちの先達が持ち帰った様々な文化と言う名のお宝により、わが世界は格段の進歩を遂げているのです! 例えば遠くの風景を見られる魔法!」
「おぉ、そんなものを開発したのか!」
「……はすでにあったのですが、そこにスポンサーの広告を付けることで潤沢な予算を確保し、様々な企画映像を撮影して、全世界に様々な娯楽作品を届けることに成功しました」
……テレビ番組の作り方だった。確かにすごいが、テレビの作り方よりもなんだかえらく下世話な気がするのは気のせいだろうか?
「まだありますよ! 他にも遠くの人間と話せる小型魔法機械の開発!」
「それはすごそうじゃないか!」
「……はもう終わっていたので、消費者からすると一見お得に見えて実は長期的に見ると魔法機器メーカーが大儲けするような販売計画を持ち込んで、通信機械を全世界に広めました」
……携帯電話の料金プランだった。いやまぁ全世界に広めたところは賞賛されるべきなんだろうけど、欲望丸出しなところが強すぎて正直素直に褒められないな……。暗に「消費者なんて馬鹿」とも言っているし。
それにしてもテレビもどきや携帯電話まであるなんてイメージに反して随分高度そうなファンタジー世界だと思ったが、そういえば初遭遇時にスマホを一瞬で通信機械と見抜いたのは、そういった下地がないと無理な話だろう、と今更ながらに気づいた。
「……他にもまだあるのか?」
俺の目線がだいぶ呆れの方に寄っていることに今更ながら気づいたのか、今にも泣きそうな表情でカミラは続ける。
「……他には……えぇっと……あぁ! これはすごいですよ! なんと特許を取って特許料を収集するという方式そのものを特許として登録しているので、私たちの世界の発明家が特許をとってもその特許料の一部が常に私たちの元に……」
「……もういい」
なんだかこれ以上聞いても勇者のイメージが壊れるだけでなく、カミラ及び向こうの世界の人々すべてがかわいそうになってくるので、俺は話を切る。
「……そんなぁ……」
とうとう本格的に目に涙を浮かべて、部屋の隅でしゃがみこんでしまうカミラ。逃げ出すチャンスと見てそっとリビングを出ようとする俺。俺の目の前の柱にすさまじい勢いで突き立つナイフ。
「……どこ行くんですか?まだ話は終わっていないんですが。あとあんまり不用意に動かれると手元が狂うんですけど……」
「ハイ、ワカリマシタ」
剣以外のサブ装備も充実していますか。
着弾の衝撃でいまだ揺れ続けるナイフを前に、今度は俺が片言になってすごすごと椅子に戻る羽目になった。