カミラの目的
「まずは自己紹介から参りましょう。私は勇者『銀嶺』のカミラ・フェーゼンと申します。」
「……俺は藤城進士だ」
なぜか話を聞くことになったのでリビングに場所を移した。まぁ俺の仕事場は書類やらなんやらでごちゃごちゃしていて客人-それも若い女性-をもてなすには明らかに不適なので仕方ないだろう。
それにしてもごく普通の一軒家のリビングに金髪の女戦士が座っている様は何とも言えずシュールだな。
「粗茶だが」
「おや、これはご親切に」
手持無沙汰なので湯呑に茶を入れて出す。男の一人暮らしなので謙遜でもなんでもなく本当にただの番茶だ。そもそもこの家の客など、せいぜい学生時代の友人ぐらいしかないので、高級な茶など必要ない。
ズズッ
「本当に粗茶ですね」
「少しは遠慮しろよお前は」
「これで粗茶菓子もあるとさらにうれしいのですが」
「だから遠慮しろよ」
と、言いつつも素直に糖分補給に備蓄しておいたチョコレートを開けてやる。根本的に小市民な俺に腰に凶器を差した人間に逆らう気は微塵もない。チョコレートぐらいでおとなしくしてくれるならいくらでも食ってくれ。
少し警戒しながらも、チョコレートを口に含んだカミラは向日葵が咲くような笑顔を浮かべている。甘いものと笑顔は全世界共通のメッセージだ。……うん、可愛らしいと思うよ? でもそれ以上にどんな感想を吐けと。
「ありがとうございます。素直な従者にはきっといいことがありますよ」
「だからその従者だのなんだのってのは……」
パキッ
ズズッ
「……ふぅ、落ち着きますね」
パキッ
「……」
「できれば粗夕食もごちそうしていただけると……」
「いい加減話進めろや!」
「改めまして、自己紹介します。私は『銀嶺を統べる覇者』カミラ・フェーゼンと申します」
「それはもう聞いたよ」
無限ループなのか?
しかもよくよく聞くと二つ名(?)らしきものがパワーアップしているし。
「……で、そのカミラさんは一体何が目的で?」
とりあえず突っ込みどころは山とあるが、全て棚上げして本筋だけ進めることにした。うん、というか真面目に何やってるんだろうね俺。納期近い仕事もあるのに、
リビングで自称勇者の話聞かなきゃいけないって……。泣きたくなってきた。
「私はあなたたちの言うところの『異世界』から来た勇者です。魔王を倒すのが目的であなたはその従者に選ばれました」
俺の質問に対するカミラの返答はごくごくシンプルだった。
そして湯呑に手を伸ばす。
ズズズッ……
「で、粗夕食の件ですが……」
「終わりかっ!」
「え!? もしかして今の説明で理解できなかったのですか?」
「そんな驚くようなことなのか!?」
どうやら理解できない俺の方が悪いらしい。
まぁ……とりあえず異世界から来たのなんのというのは信用することにする。現に目の前でまばゆい光と共に何の前触れもなく密室にコイツが現れたのは事実だし、鎧に真剣というのも、まずこの国・この時代じゃ見られない。何かしらのトリックを使えば不可能じゃないかもしれんが……しがない一人暮らしの20代男のためにややこしいトリック組んでおかしな恰好の女を送り付ける意味合いは?などと考えると、コイツの発言に嘘はなさそうに思えるのだ。
カミラはポリポリと頭をかきながら悩むように発言した。
「ふむ……そう言われるとむしろどこから説明したものやら……大抵の場合この説明で理解してもらえるはずなんですが……魔王に困っている世界の住人が魔王を倒すという勇者に会ったら素直に納得してくれるのが普通なのに……」
「あーむしろ俺が説明した方が早いか?」
「そうかもしれませんね。私はこの世界について何も知らないので」
その割には日本語ペラペラじゃないか、と思ったがんなこと突っ込んでも話が進まない。精神病患者には決して肯定も否定もせず話に付き合ってやることが重要なのだ。それが自称勇者でも変わりはないはずである。相手が刃物を持っているならば特にそう勧められるだろう。
「まず、この世界に魔王だの勇者だのはいない」
「ふーん、そうなんですか」
おや、意外とドライな反応。てっきりさっきまで魔王のなんのと騒いでいたから驚くと思ったのだが。
そしてカミラがゆっくりと一杯の湯呑の茶を飲みきり、チョコレートを3袋食べ終え、もう一杯急須から茶を注ごうとし、俺がこの国の政治体制について話し終えようとしたその瞬間、
「あれ?魔王いないんですか?」
「今更理解したのか?」
どうやら単純に理解を超えすぎて頭が追い付いていなかったらしい。
それを聞いたとたん、急須を持った手をカタカタ震えさせ、その美貌を急速に青ざめさせながらカミラは絞り出すように発言する。
「ええっと、聞き間違いだったら大変なのでもう一度確認しますが、この世界には世界征服なり人類滅亡なりを目指している魔王、もしくはそれに類する存在は……」
「いるかんなもん」
それをはっきり理解した瞬間、カミラは急にふらりと頭を揺らし、急須を放り出して椅子ごと後ろにひっくりかえってしまった。
ここで俺は一つ人生で全く役に立たない教訓を得てしまった。
すなわち急須の取っ手が思いっきり額にぶち当たると大の男でも泣くほど痛い、と。