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4. ラブストーリーは突然すぎる



 


 6球目を打とうというときであった。

 お蛾夫人の身を纏う空気が、変化を帯びる。 

 とうとう本領発揮のときが来たのだと、考えるまでもなくわかった。




「ハアッ!!」

 こちらに向かってくるシャトル。

 すかさず宝塚先輩が、宝塚ゾーンを発揮するが──。

 ドゴンッ。

 次の瞬間、目の前には信じられないような光景が広がっていた。



「な……っ!?」

 鉄球が落とされたように、お蛾夫人の放ったシャトルは、ヒビの入った硬い地面に埋まっていた。

 その状況に、西園寺が声を張り上げる。



「あれは、女王の変革(クイーン・モード)に突入(チェンジ)したときに見られる一連技、覇道球だわ!」

 バドミントンの女王様。

 その別名は、単なる比喩ではなかった。



「覇道球……仕組みはよくわからないけど、シャトルの重量を飛躍的に増やし、恐ろしい速度で打つ、必殺のサーブ……! あれを見た相手プレイヤーには敗北の道しかないと言われた、伝説の技よ! 仕組みはよくわからないけど!」


 付加された重みのせいで、風でシャトルを巻き込む宝塚ゾーンは通用しない。こんな技で、宝塚ゾーンを看破されることになろうとは。

 これが、女王の強さの正体。

 もはや化け物と呼ぶにふさわしい。



「あたくしの覇道球は、百九式まであるわ」

「百……九式!?」

 私はその数に愕然とした。

 なんて多さ。



「百九……109……」

 この数字、間違いない。

 若者の街、渋谷のファッションビル、109を表している──!

「ふふ、気付いたようね。そう、私の後ろ(バック)には、マルキューがついているのよ」

 見える……お蛾夫人の後ろに、高くそびえ立つあのビルの姿が……!



「ならば、こちらも渋谷つながりで対抗させてもらう!」

 私達の反撃を見ると、不敵に笑っていたお蛾夫人の様子が変わった。

「ま、まさか……」

 ゴオオオォォォォォォ……!

 旋風が強く吹き荒れる中、それは降臨する。

 お蛾夫人は、目を見開いて、その名を口にした。



「──忠犬ハチ公!」

 そう。私達が呼び出したのは、飼い主を待ち続けていたあの忠犬ハチ公である。

「人々の涙を誘ったハチ公を召喚する(呼び出す)なんて……!」

 動揺を隠し切れないお蛾夫人に、一気に畳み掛けた。



「あるところにハチという一匹の飼い犬がいた」

「な、何を……!」

「愛犬家である飼い主は、ハチを最寄りの渋谷駅まで伴うことが多かった。ハチもまた、飼い主の送り迎えをした」

「おやめなさい……!」

「ある日、飼い主の男は急死してしまった。だが、ハチはそれを知らない。知ることはなかった。ハチは、大好きな飼い主を、毎日のように渋谷駅まで迎えに行った。もう決して来ることのない彼を、いつまでも、いつまでも、待ち続けた。そしてハチはとうとう……」

「ぐあ、ああああああっ!!」

 耐えきれなくなったお蛾夫人は、膝から崩れ落ちた。



「お蛾夫人が……っ」

「涙を流されている!?」

 ギャラリーの言う通り、お蛾夫人の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「あの誇り高いお蛾夫人が、あんなにも……」

「なんて攻撃力なのっ」

 驚くギャラリーもまた、涙で頬を濡らしている。

 これが、忠犬ハチ公(ミラクル・ドッグ)の力。



 しかし、お蛾夫人はダメージを負っても、勝ちを譲る気配はなかった。

 彼女は、ゆっくりと立ち上がり、ラケットを構える。

「夫人が立った!」

「まだ戦うというのねっ」

 思い知らされる。

 女王の変革(クイーン・モード)に入った彼女は、計り知れない力を兼ね備えていることを……!



「あたくしは……負けない!」

 見える。

 彼女の背後に、あの伝説の像……モヤイ像が──!



「なんてことだ。彼女、モヤイ像を召喚するほどの力があったのか……!?」

 宝塚先輩の顔色が、驚愕に染まる。



「行きますわ」

 息を整え、お蛾夫人は、力強くラケットを振る!

「ハアッ!!」

 ドゴォォォンッ。

 彼女が放った覇道球は、派手な音を轟かせ、硬い大地を荒く削った。



「そ、そんな……」

 信じられない。

 先程よりも、力を増している!?

「あなた方、忠犬ハチ公を呼び出し(召喚し)、高い感動力(攻撃力)を得た『代償』をお忘れよ」

「代償……!?」

 お蛾夫人はその身体から高純度の気力(オーラ)を放ちつつ、にやりと笑う。



「忠犬ハチ公は、待つ犬。それが高い攻撃力の源でもあるのよ。攻撃力を得る代償に、召喚者諸共、呼び出している間は待つしかない(動けない)のよ──!」

 そんな!



「さ、さすがお蛾夫人。そんな盲点をついて、攻撃するなんて。さすがとしか言いようがないわ。なんか冷静に考えたら当たり前のような気もするけど、すごいわ!」

 彼女をよく知るはずの西園寺も、意外な反撃方法に面食らっている。



「どうやら、なりふり構っている余裕はないようだね」

 宝塚先輩が、いつもの笑顔もなくし、呟いた。

「先輩……?」 

 彼の全身から発する圧力(オーラ)が、先程のお蛾夫人のように、変化を遂げる。



 ぶちり、ぶちり。

 全身の筋肉をみなぎらせると、宝塚先輩の服が音を立てて破れた。

 衣服の下に隠されていた逞しい肉体が露わになり、皆が目を見張った。

 極限まで鍛え抜かれたそれは、長きに渡る死闘を繰り広げてきた戦士を彷彿とさせる。彼の体躯は、血の滲むような努力による賜物だと、一目で感じ取れた。



「とうとう宝塚様が、真のお姿を現したわ!」



 真の姿を見せた宝塚先輩に、お蛾夫人は険しい顔をする。

「あたくしの覇道球は、誰にも負けないわ」

 自らを鼓舞するかのように、はっきり宣言した。



「さあ! 行くわよ!」

 ギャラリーが固唾を呑んで見守る中、お蛾夫人の声はよく響いた。

「ハアッ!!」

 覇道球が放たれる。

 そのとき、宝塚先輩の息を吸う音が聞こえた。



「奥義──鬼龍拳!!」

 彼が叫んだ瞬間、強い閃光が、視界を白く染め上げた。

 眩しさのあまり目を閉じる。

 次に目を開けると、お蛾夫人の足元に転がるぼろぼろのシャトル。



「これは一体……!」

 戸惑う私と周囲。

 何が起こったというのか。



「鬼龍拳……宝塚家に伝わるとされる秘儀、宝龍拳をバトミントン用にアレンジした奥義。対象のシャトルを百発百中返し、相手プレイヤーのやる気を削ぐ、あの大技よ!!」

 なんて恐ろしい技。

 見ると、お蛾夫人が肩を落としてしょんぼりしていた。



「お蛾夫人が落ち込んでる!」

「精神的な強さを誇るあのお蛾夫人が! しょぼーんとしている!」

「別名しょぼーん拳と言われた鬼龍拳の力たるや!」

 彼女の目は死んだ魚のようになっている。

 鬼龍拳が相当効いているだろう。

 何だこれ。こわ。




「まさか……」

「お蛾夫人が、負ける……!?」

 ギャラリーがまさかの展開に騒然とする。



 そんな中、コートの外で整列した男たちがきびきびと動きを見せた。

 彼らの左腕にある腕章には、IOCの文字……間違いない、お蛾夫人のファンクラブだ!



 男たちは音楽プレイヤーとスピーカーのスイッチを押した。




「こ、これは……」

 響き渡る音楽。それは誰もが一度は聞いたことがあるだろう、あの名曲だった。

「ロッキーの……テーマ!!」

 闘争心を駆り立てる、力強い曲。

 それを耳にした途端、お蛾夫人の目が輝きを取り戻す。



「危うく自分を見失うところだったわ」

 鬼龍拳すら、お蛾夫人には通用しない。

「宝塚先輩もほぼ力を使い尽くしてるわ。このままだったら、お蛾夫人の勝利は決まりね!」

 NASAメンバーは、近付いてきた会長の勝利に歓喜の表情を浮かべた。



「いや待て! お蛾夫人をよく見るんだ!」

 ギャラリーの一人が、お蛾夫人のある一点を指差した。

「お蛾夫人の右腕が真っ赤に……!」

 度重なるサーブで負担を強いられた腕は、もう限界のようだ。



「それだけじゃない、左腕も変色してるぞ!」

「真っ黄色……!」

「なぜ黄色!?」

 彼女は、一度も左腕でラケットを振っていないはず。

 お蛾夫人は、ふふふ、と静かに笑った。



「昨日みかんを食べすぎたのよ。今になって反動が来るなんてね」

 あんな鮮やかな黄色が左腕にだけ……。

 まさしく生命の神秘。



「そろそろ終わりのときだわ。さあ、私のサーブ、しかとその目に焼きつけておきなさい!!」

「来るぞ……っ!」

 宝塚先輩が守りの体勢に入る。



「ハアアアッ!!」

 更に力が込められた叫びと共に、強烈な覇道球が放たれようとした。

「な、何てこと……! お蛾夫人の打ったシャトルが……」

「浮いている──ッ!?」

 シャトルは高く舞い上がり、空中で動きを止めている。



「私の覇道球、できるものなら……受け止めてご覧なさい!!」

 宙に浮かぶそれを見て、私は確信した。

 あれは──隕石だ。あのシャトルは、隕石のように、凄まじいスピードで向かってくるだろう。

 しかし私も、怯んではおけない。

 どんなに速い球でも、どんなに重い球でも、受け止めねばならないのだ。



「まさか、あの子……」

「あの覇道球を受け止めるつもりでいる!?」

「馬鹿な! あんなものを喰らったら、ただじゃいられないぞ!」

 どうなっても構わない。

 ここで引き下がれば、私はこの先ずっと、カーテン人間(本当の自分)ではいられなくなってしまう。



「行くわよ!! ハアアァァァァ……ッ!!」

 お蛾夫人が咆哮を響かせると、シャトルが高速回転し、こちらに向かってきた!

 私は、勇気を振り絞り、前に出た。

 来ればいい! 私は必ず受け止めてみせる──!!



 勢いのまま近付くシャトル。

 衝撃を予感し、目を瞑る。

 直後、重いシャトルが肉をえぐる音が耳に届いた。


 ……痛みはない。

 それどころか何も感じない。

 恐る恐る目を開けると、私の前には背中が見えた。


 そして、その背中は──宝塚先輩はゆっくりと倒れていった。

 


「先、輩……」

 彼がその身でサーブを受けたことは一目瞭然だった。

 大きなダメージを受けたせいか、すっかりいつもの姿に戻っている。


 どうして彼が。

 硬直している私に、宝塚先輩は苦しそうな声で呼びかけた。

「け……怪我はないかい……っ?」

 声から伝わる痛みで、我に戻る。



「先輩……っ、しっかりして下さい!」

「はは……そんな顔、しないで、くれよ。君が無事で……良かった」

 彼の方がよほど辛いだろうに、私のことばかり気にかけている。



「どうして、こんなことっ」

「君の、綺麗な生地(肌)が、傷ついちゃいけないと思って、さ……」

「だからと言って……っ」

 これは私が受けた勝負だ。

 先輩がここまでする必要はない。



「好きな子を、守るのは……当然の役目さ……」

「──え?」

 私がぽかんとした顔をすると、彼は笑った。



「君は知らなかっただろうけど……僕は君のことがずっと好きだったんだよ。他の子とは明らかに違う君を一度見て、それからずっと、目で追っていた。そう……一目惚れだったんだ。君は僕の視線に気付くことなんかなかったけどね」

「先輩……」

 私、どうして気付かなかったんだろう。

 NASAに絡まれている私を助けようとしたこと。この試合で手を貸してくれ、そしてたった今、身を呈して私を守ってくれたこと。

 これらの行動には、そんな意味が込められていたのだ。



「君の手助けをしようと思っていたけど……すまない、もう僕は戦えない」

 謝る彼に、首を振った。

「大丈夫です。あなたから貰った勇気で、戦えます」

「そうか……やはり強いな、君は」

 先輩は、よろよろと立ち上がって、隅に移動した。



 残り一球。

 私とお蛾夫人、一対一の戦いだ。



「まさか彼が庇うなんて……でもこれで、あなたが不利になってしまったかしら」

「私は、最後まで諦めません」

 強気な姿勢を貫く私に、お蛾夫人は女王の顔を見せた。



「それでこそ布子よ。……見ての通り、あたくしももう限界。残された力はこの一回分だけ。お互い、全身全霊をかけた勝負ということね」

 頷く。

 だけど、お蛾夫人の並々ならぬ力を感じた私は、緊張で体を強張らせていた。

 彼女の底が、見えない。

 不安に押し潰されそうになったそのとき。



「布子!」

 ギャラリーの中から、私を呼ぶ声。

 麻美と一葉だ。

 いつの間に体育館へ来ていたんだろう。



「布子、大丈夫! 布子ならやれる!」

「自分のプレイをすればいいのよ!」

 私の……プレイ。

 そうだ。彼女に勝つつもりなら、闇雲に力んでいてはいけない。

 情熱はそのままに、冷静な頭で戦う。



「私らしい……プレイを──!!」

 溢れる力を感じながら、声を出す。

 かつて禁じられたあの技を使うときがきたようだ。



「な、何なのあれは」

 ギャラリーから困惑の声が聞こえる。

 高速でコート内を駆け回る私を見た西園寺が、声を張り上げた。



「あ、あれは、|カーテンのシャーって滑るあれ《カーテンレール》を駆使し、編み出した移動方法……! 加亜天布子ならではの技だわ!!」

 どよめく観衆。

 しかしお蛾夫人だけは、顔色一つ変えない。それはまさしく王者の佇まいであった。




「さすがね布子。でも、あたくしのサーブをそれで止められると思ったら、大間違いよ!!」

 自信に溢れた叫びが、私を威圧する。



「スピードで追いついても、重さに耐えきれないわ……加亜天布子、どうする気なのかしら」

 西園寺は難問にぶつかったような表情を浮かべた。




「ハァァァァァッ!!」

 お蛾夫人の放ったシャトルは小さな隕石と化し、こちらに向かってくる。

 私は一歩も引かない。

 引き下がれば、そのときこそが私の終わりだ。



 シャトルの落ちてくる地点に高速移動し、体に力を入れた。

「破──ッ!!」

 気の力を両手に集中させ、エネルギー破を放った。

 シャトルがエネルギー破とぶつかり合う。



「く……っ!」

 耐えなければ。コートの線から出れば私のアウトになってしまう。

 耐えろ!! 布子!!


 しかし、今までの戦いで力を使ったことによる疲弊のせいで、シャトルの勢いに押されてしまっていた。

 だめだ、このままでは負けてしまう。

 そう危惧したとき、背中に温かみを感じた。



「宝塚先輩……!?」

 振り向くと、さっき退場したはずの先輩が、私を支えていた。

 あんなにボロボロになってしまった体で無理をすれば……。

「大丈夫」

 私の心配を察したのか、彼は、自信に溢れた声で言った。



「確かに、君も僕もボロボロで全力では戦えない。でも、二人で力を合わせれば、きっと勝てる」

 二人で、力を合わせれば。

 その言葉に励まされ、自然と力が湧いてしまう自分がいた。



「うおおおおおおおおおおおおッ!!」

 腹から声を出し、ただ力を振り絞った。



「シャトルの勢いがっ」

「押され始めた……!?」

 観衆の息を呑む気配が伝わる。

 このまま守りきれればいいけど、時間が掛かる。私たちに長期戦は無理だろう。であれば一気に方をつけないといけない。



「先輩」

 覚悟を決め、後ろに立つ彼を呼ぶ。

「最後に残された大技で終わらせようと思います。力を貸してもらえますか」

「もちろんだよ」

 大技は、ある合言葉で発動する。

 その言葉の前半を先輩が、後半を私が言うことにした。



「さあ行くよ、覚悟はいいかい」

「はいっ!」

 力いっぱい返事をすると、ようやく終わりのときが来たのだと実感した。

 これで、けりをつける!




「ザ・シュール──!!」

「ストレミング──!!」

 私たちが叫んだその刹那、エネルギー破は爆発的な威力を発揮した。


 煌めく黄金と、眩(まばゆ)い白銀が、コートを……いや、この地そのものを染めていたかに感じたのは、私だけではないだろう。

 宇宙の力。

 そんなものを思わせるような、熱い波動が、私の両手から繰り出された。



 そして──シャトルが、お蛾夫人のコートに落とされた。




「お蛾夫人のサーブが、跳ね返された」

 シュウウウ……。

 シャトルから聞こえる熱気の音が、威力の大きさを知らしめる。



「か……勝った……?」

 静寂の中、どこか夢のような心地で呟いた。

 お蛾夫人は、唖然とした顔で立ち尽くしている。ギャラリーの人たちも呆気に取られて、何も言わない。



「……完敗だわ」

 ぼそりとお蛾夫人の唇から言葉が漏れた。

「私のサーブを阻止するどころか、跳ね返すなんて」

 正直に言うと、私も驚いている。あのサーブを返すことができるなんて。

 もっとも、私一人の力ではないけれど。

 ちらりと宝塚先輩を見ると、彼が唐突に質問をした。



「それにしても、世界一臭い食べ物の名前をあの技の発動呪文にしたのは、どうしてなんだい?」

「ああ、それは……」

 あの缶詰を頭に思い浮かべながら、今まで秘していた真の理由を語る。



「前から思っていたんです。シュールストレミングって名前、なんか技っぽいなって」

 あのにおいの如く、強烈な攻撃が放てたら、そう思って決めたのだ。

「ふっ、あの食べ物にそんなビジョンを抱くなんて、君には無限の可能性を感じるよ」

 宝塚先輩はやれやれと首を振る。

 そんなことを話している間に、お蛾夫人がこちらに歩み寄ってきた。



「あなたたちの愛に、完敗よ」

 彼女は晴れ晴れとした顔で、手を差し出す。

 私はその手を強く握り、力いっぱい握手をした。


 その様子を見たギャラリーも、暖かな拍手を送ってくれた。

 スポーツというのは、こうしてみんなの心が一つになるものだと、改めて知った。

 ああ、この勝負、受けて良かった。



「お蛾夫人……」

 NASAの面々が、お蛾夫人に寄り添った。

 悔しそうに歯噛みする者、悲しそうに目を伏せる者。みんな自分が負けたように、彼女の敗北に心を痛めている。


「皆さん、そんな顔をなさるものじゃないわ」

 お蛾夫人は不思議なほど明るい声音で、言葉を投げかけた。



「二人の思いの強さを見たでしょう。──決めました。NASAは解散します」

「お蛾夫人……!?」

「そんな、何故……っ」

 周囲の動揺を押し込めるように、静かな、けれどよく通る声でお蛾夫人は言った。



「あたくしたちの蒼井様への気持ちは、浅い。いつまでもこんなことをしていては、布子たちのように真実の愛を見つけられやしないわ。解散することが、蒼井様のためにも、あたくしたちのためにもなる。……ですから、今日をもってNASAは解散します。あとあたくしもう彼氏できたし」

「わかりました……私たち、蒼井様の追っかけをやめます!」 

 西園寺はじめ、NASAメンバーは深く頷いた。

 事態が確実に良い方向へ向かっている。




「それよりも、あなた方、きちんと告白の場を設けるべきじゃなくて?」

「え……っ!」

 突然なお蛾夫人の言葉に、思わず頬が熱くなった。

 うわあ、今の私、絶対に顔赤い!



「あら、こういうことはきちんとすべきよ」

「ははは、参ったな。僕が言う前にそれを指摘されちゃあ」

 宝塚先輩は、爽やかに笑う。

 そして、熱い眼差しを向け、私が待ちわびていた言葉を口にした。



「遅くなったけど、言わせてもらうよ。……君が好きだ。僕と付き合ってほしい」

「は、はい……っ!」

 返事をすると、わあ、と周囲が歓声を上げた。



「おめでとう、布子!」

「末永く幸せにね!」

 麻美と一葉がお祝いとして、摘んできた花や雑草、五千円札を投げる。

 私はそれを眺め、感謝の気持ちを口にする。



「ありがとう、みんな……!」

 溢れる涙を拭いながら、幸せを噛み締める。

 これが、私の学園生活なのだと、その思いを大切に抱え込んで。












「──先輩。私、先輩と出会う前は、平凡な人生を望んでました。それが一番だと思っていたから」

 一年後。

 私は、春の暖かな風を感じながら、隣にいる宝塚先輩に語りかけた。

「布子、それは違うよ」

「え?」

 先輩の方を見ると、彼は穏やかに微笑んでいた。



「平凡な人生なんてないさ。人それぞれ人生があって、みんなが主役なんだ。布子の人生だって、最初から平凡なものではなく、光り輝く人生だったんだ」

「先輩……」

 私が彼を呼ぶと、風が強く吹いた。

 カーテン(スカート)が、めくれてしまう。



「きゃ……っ、先輩、み、見ましたっ?」

「え? 何を?」

「わ、私の、裏地(パンツ)ですよ!」

「はは、ちょっとね。ラッキーだったな」

「もう! 先輩の変態!」

 私は真っ赤になりながら、先輩を小突いた。



「でも……そういうところも含めて、私は先輩のことが大好きですよ」

 この先も、これからずっと、彼のことを大好きでいたい。

 先輩と顔を見合わせ、私たちは互いに笑ったのだった──。





 ちなみに蒼井くんは転校した。







                   ―完―

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