表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2. そうだ コート、行こう。

 


 教室に帰った後、麻美と一葉から質問攻めにあった。

 事の顛末を話すと、やはり驚かれてしまったが、二人は心から応援してくれた。

 二人の気持ちにもきちんと応えなくちゃ。

 その思いを胸に、試合当日を迎えた──。





 放課後。

 私は体育館に向かおうと、教室を出た。

 だけど、あろうことか廊下には男子生徒がずらりと横に並んでいる。しかも両側に。

 距離はあるものの、私は廊下で男子に挟まれる形となってしまった。



「すみません、通して下さい」

「通すわけにはいかないな……」

 な!?


 

「お蛾夫人との勝負については聞いている」

「だが、今はお蛾夫人にとって大切な時期だ。もしものことがあったらいけない」

「悪いが、この勝負、諦めてもらうぜ……」

 まさか、この人達は……。

 私はある考えに辿り着き、恐る恐る口に出した。



「あなた達は、お蛾夫人のファンクラブ……?」

「ああ、そうだ。俺達はお蛾夫人ファンクラブ、通称IOCだ」

「IOC……!? オリンピックの!?」

「いやオリンピックとは関係ない。『いいなあ、お蛾夫人のクラブ』の略だ」

 IOC……なんて結束の固さなの……。オリンピックとは関係ないけど……。



 私が立ちすくんでいる間に、麻美が前に出てきた。

「ちょっと、あなたたち何やってるの! 布子が困ってるじゃない! というか他の人にも迷惑!」

 麻美、それ正論。

 頷いていると、彼らは意味ありげに鼻で笑った。



「ふっ、このクラスの人たちには、既に協力を頼んでいる」

「何ですって……っ」

「大人しく諦めるんだな!」

 こんなことって……。

 私は苛立ちを抱えながら、忌々しげに彼らを睨んだ。

 しかし麻美は諦めようとはしなかった。



「いいから、どきなさいよ!」

「うわっ」

「なんだこの女っ」

 麻美は人混みをかき分けて、無理矢理に道を空けようとした。

 けれども、やはり大勢の男たちには敵わない。



「いい加減にしないと怒るわよ!? どきなさいったら!」

「もう怒ってるじゃ……いたっ」

「何するんだ!」

 体を押す麻美に、男たちは怒りを露わにした。



「こいつ、女だからと下手に出てれば……!」

「やっちまえ!」

 敵はとうとう攻撃体制に入った。

 懐に手を入れて取り出したのは……恐ろしい武器だった。



「麻美! 危ない!」

 私が叫んだも虚しく、彼らは手に掴んだ武器を投げつけた。

「生意気な女め!」

 卑劣な男たちは、そう言って、次々とナマコを投げ続ける。

 そう、彼らの武器は、あのナマコだったのだ……!



「うっ……ぐっ……」

「麻美ぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 苦痛に喘ぎながらも麻美は、私の方を見て合図を送った。

 ──あたしに構わないで。奴らがあたしを相手している今の内に……。

 麻美……っ。



「ごめん……ありがとうっ!」

 ナマコで満身創痍になった麻美に背を向け、小さな隙間を駆け抜けた。

「あっ!」

「くそっ、やられた!」

 遠ざかる男たちの声を耳にしながら、夢中で走る。

 もう少し……もう少しで外に……!



「待て!!」

 目の前に立ち塞がった大量の男子生徒たち。

 こんなところにも刺客が……!?

「諦めてお縄につけ!」

「私は、何も悪いことなんかしてないわ!」

「ええい、問答無用! お蛾夫人に楯突く無礼者め……!」

 そして彼らが両手に構えたのは……。



「蟹の……ハサミ!?」

 あんなもので挟まれたら。

 そう考えるだけで、ぞっとする。

「しかもスベスベマンジュウガニのハサミまで混ざってる」

 ぼそっと聞こえた呟きに振り向くと、息を切らした一葉が立っていた。



「一葉! うそ、まさか追ってきたの!?」

「放っておけるわけないでしょ。何かできることがないかと思ったけど……予想以上に手強そう」

 苦々しい表情で漏らす一葉の言葉には、説得力があった。

 カニのハサミを構えてこちらの様子を窺う男たち。彼らの表情は、高校生には見合わぬほどの威圧があった。

 そして何を思ったのか、唐突に一葉はそばの窓を開けた。



「布子、ここから飛び降りな」

 男たちに聞こえないよう小声で進言されるものの、素直に頷くことはできなかった。

「こんなところから飛び降りたら無事じゃいられないよ」

「大丈夫。高さはそれほどじゃないし、何より布子はカーテン人間だから」

 それもそうか。



「でも、飛び降りようとした瞬間に足とか掴まれて止められそう」

「それなら私に任せて」

 一葉は自信ありげに含み笑いをした。

「いい? 私が行動起こしたら、その隙に飛び降りるの」

「わかった」


 私が頷くと、一葉は手提げ袋からある物を取り出し、宙に投げた。

 飛び交う五千円札……。

 男たちはハサミを放り投げ、宙を舞うお札、床に散らばるお札を、無我夢中で掴み、拾いにかかった。



「私の一年分のおこづかい……!」

 涙を飲む一葉。

 私はそんな彼女を見て、何てことをさせてしまったんだろう、と罪悪感に苛まれ、そして窓から飛び降りた。

 ごめん、一葉……ありがとう、一葉!


 軽やかに着地した私は、一目散に体育館へ向かった。




「待て! 加亜天布子!」

 またも立ちはだかる屈強な男たち。

「どうしてそこまで私の邪魔をするの!」

 あまりにしつこい彼らに、感情のまま叫ぶ。

 すると意外な答えが返ってきた。



「わからないのか。試験(勝負)は既に始まっているんだよ」

「え……っ!?」

体育館(会場)に着くこと、それこそが最初の勝負(一次試験)だ。愛の狩人(ハンター)であるお蛾夫人と闘うには、同じく狩人(ハンター)でなければならない。あんたは今、真のハンターであるか試されてるのさ」

 さすが、お蛾夫人とIOC。

 私には思いつかないような高レベルの勝負を挑んでくる。

 ──でも。



「まあもっとも、あんたのような甘ちゃんルーキーは、今ここで消える運命だがな!」

 ──でも、私はこんなところで負けるわけにはいかない!

 襲いかかる彼らに対抗すべく、私は長く封じていた禁断の呪文を唱えた。



「ティンクルらぶりん! 乙女のマジカルパワー!! 発動!!」

 私がその呪文を叫んだ途端──風が目に見えぬ刃となり、奴らを切り裂いた。更に、風圧が透明の鈍器となり、敵の急所を深くえぐった。

「ぐはあッ」

 赤い鮮血を流した彼らは、苦悶の声を漏らしながら、膝をついた。



「ば、馬鹿な……貴様……何者だ……」

 私は負け犬と化した男達を見下ろし、口を開いた。

「今は、ただのカーテン(女子高生)よ。かつては──魔法少女と呼ばれていたけれど」

「そう、か……」

 それを聞いた男は、納得したのか、ゆっくりと瞼を下ろす。

 その仕草は終わりが来ていることを物語っていた。



「魔法少女……貴様の顔……決して、忘れぬ……ぞ……」

 男は、最後にそれだけ言い残し、地に伏せた。

 名も知らぬ彼ら。

 私も、あなた達のことを記憶に焼きつけておこう。





 一つの戦いを終えた私は、今度こそ体育館へ向かった。

 本物の、戦場へ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ