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緑の場所へ

作者: 小谷 諒助

昔々、山のふもとの村のはずれに一軒の小さな小屋がありまして、そこには若い男と若い娘が静かに暮らして居りました。

男の方は物静かですが、気立てが良く、優しい男でした。

そして娘の方もこれまた気立てが良く、たいそう美しい娘でした。


ある冬の日の夜、二人がいつも通り小屋で静かに過ごしていると、この辺りでは見かけないような一匹の小さな緑色の虫が娘の腕にとまりチクリと刺していきました。

娘は自分が刺されたことに気付いていましたが、蚊に刺されたものだと思い大して気に留めませんでした。

しばらく経つと娘は虫に刺されたところが緑色になっているのに気が付きました。

娘は先に横に眠っていた男に言おうと思いましたが、男が冬の寒さの中一生懸命、畑を耕して疲れ切っているのを知っていたため、男には何も言わずそのまま眠りにつきました。


翌朝、娘が目を覚ますと自分の腕が全て緑色になっていることに気が付きました。

腕だけではありません。足も手も顔も、それを見て流れてくる涙さえも全て緑色になっていたのです。

娘が悲しみのあまりそのまま泣き続けていると、その泣き声で目が覚めた男が娘の方にやってきました。娘は男に、「昨晩虫に刺されてしまい、蚊かと思っていたのでそのままにしておりましたら、今朝目が覚めると全て緑色になっておりました。こんな醜い姿になってしまいましたので、どうかあなたさまは私を見捨てて他の娘を嫁にもらってください。」と泣きながら話すと男は、「たとえ緑色になってもあなたはあなたです。これからも一緒に暮らしましょう。」と優しく諭しました。

男に諭され、娘は緑色になった体を隠しながらもそれまでと同じように小さな小屋で静かに暮らし続けました。


それからしばらく経ち、娘も緑色になった自分の体にようやく慣れ始めた頃、山のふもとの村では、「村のはずれの小屋に緑色の化け物がいる」という噂が流れていました。その噂が本当か確かめるため村の男達で小屋に向かい、本当にいた時はその化け物を殺してしまおうということになり、ある日の昼、男たちはその小屋に向かいました。

その時小屋の中では、娘がいつも通り畑に向かった男を待ちながら、夕飯の下ごしらえをしていました。

小屋についた村の男達が、戸の隙間から中をうかがうと噂通り緑色の化け物がいるではありませんか!あまりの驚きに男達の中の一人が「あっ」と大きな声を出すと、娘は小屋の外に誰かがいることに気が付きました。娘は最初、一緒に暮らしている男が帰ってきたのかと思いましたが、戸の隙間から入ってきている鉄砲の影に気付き、小屋の裏口から急いで駆け出しました。

娘はあまりの恐ろしさに泣きながら裸足のまま、雪が積もった冬の山を走り続けました。娘は日が落ちるまで走り続け、気が付くと全く知らない場所に来ていました。村の男達は追ってきていないようでしたが、あたりは暗く自分がどこにいるかも分からないために小屋に戻ることもできませんでした。

暗くなった雪山の中でよりいっそう悲しくなった娘はその晩、涙を流しながら眠りに落ちました。


娘が目を覚ますとそこはあたり一面、花や果物、野菜でいっぱいになっていました。娘は一瞬嬉しくなりましたが、すぐに「これは夢に違いないわ。だって冬の山がこんなにきれいな緑でいっぱいになるはずがないもの。でもたとえ夢でもいいから最後にこのきれいな場所であの人に会えたらなあ。このままいなくなってしまっても良いのに。」と思い直しました。

そうすると、遠くの方から「おーい、おーい」と共に暮らしたあの優しい男の声が聞こえてくるようです。娘は「あぁ、最後にお天道様が私の願いを叶えてくれたのかしら。」と幸せな気持ちで胸がいっぱいになったところで目が覚めました。


目が覚めた娘の周りに広がるのは夢の中で見た緑でいっぱいの景色などではなく、朝日に照らされながら白く輝く雪山でした。

娘がやはり夢だったかと落胆していると、会いたいと願ったあの男の声が聞こえてくるではありませんか!娘はしもやけでひどく傷む足を引きずりながら声の方へ向かうと男を見つけ、駆け寄り男を強く抱きしめました。

「やっと見つけた!無事でいてくれてありがとう!君の緑色の涙でにじんだ雪を追ってきたんだよ!」

男の声と優しさでほっとした娘は、これまでに無いくらい大きな涙を何粒も何粒も流して泣きました。

するとどうでしょうか、涙が落ちるごとに娘の体の色が元に戻っていき、緑色の大きな涙の粒が落ちたところからはどんどんと花や果物が生え、夢で見たのと同じような緑でいっぱいのきれいな景色が広がっていったのです!

それから男と娘は食べ物に困ることもなく、雪山の中に小さく広がる緑いっぱいの土地で以前よりもより一層仲良く、幸せに暮らしましたとさ。

めでたし、めでたし。


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