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神の黙示録  作者: 六野薫
夢と理想と現実(あるいは長すぎるプロローグ)
6/24


 次の日の昼休み。

 二年二組の教室で、優斗は桐沢に両手を合わせていた。


「頼む、桐沢──」


「駄目だ!」


「……まだ何にも言ってないんだけど」


 優斗が呆れた表情を浮かべる。


「どうせ、夕闇さん関係だろ!」


「……よくわかったな。桐沢もしかして天才じゃないのか」


 感嘆とともに漏らした優斗に、桐沢はいかにも残念そうに首を振る。


「俺は残念ながら、霧神に力を貸すことはできない。確かに、数多のギャルゲーをクリアしてきた恋愛スペシャリストの俺に、夕闇さんの攻略を手伝って欲しいというのはわかる。痛いほど、わかる。──でも、俺とお前は今や恋敵だ! 手伝うことは出来ない!」


「前言撤回だ。桐沢はやっぱりお前、馬鹿だろ」


 優斗の言葉に、ええっ! と大げさに桐沢が反応する。


「違うのか?」


「当然だろ」


「……でも霧神、お前と夕闇さんが付き合う一歩手前までいってるって、今学校中で噂になってるぞ」


「……道理で今日は昨日よりも一段と視線がきついと思ったよ」


 終始突き刺さる視線の居心地の悪さを思い出して、優斗は頭を抱える。


「……それにしても、噂が出回るの早くないか? 夕闇が転入してきたのは昨日だし、俺が呼び出されたのも昨日だぞ」


「まあ、そういう噂は回るのが早いからな。特に今大人気の夕闇さんじゃ、その三倍は早いな」


「そういうものなのか」


「そうだよ。まあ、俺が主に回したんだが」


「お前かよ!」


「生徒会長の権限をフルに使った結果だな」


「相変わらず、やりたい放題だな!」


「ちなみに、魔法使い促進委員会では、霧神を国家の敵と認定した」


「国単位で俺狙われてんの!」


「安心しろ、霧神の背後は常に俺がいるからな」


「それって、お前完全に敵だよな!」


 優斗に既に味方はいないらしい。

 桐沢は、優斗に反応に満足したのか、話を戻そうかと前置きして口火を切り出した。



「それで夕闇さん攻略絡みじゃないなら、何なんだ?」


「放課後、生徒会室の中を見てみたいから鍵を借りたいんだけど」


「ええー」


 桐沢が苦渋の声を上げる。


「霧神も知ってるだろ。生徒会には学校側から一部の権力を譲渡されてるから、たとえ親友といっても生徒会のメンバーじゃない奴を簡単に入れるわけにはいかないんだ。だから、非常に残念だがお前の望みを叶えてやることは出来ない」


「まあ、主に見たいと言ってるのは夕闇──」


「良いだろう。持っていけ、霧神」


 優斗が言い終える前に、桐沢が鍵を制服のポケットから取り出して優斗に向かって放り投げた。

 いっそ清々しいほどの立ち回りだった。


「…………」


 優斗は見事、鍵を片手でキャッチする。──だが、色々と納得いかない。


「どうしたんだ、霧神?」


「……いや、何でもない。ちょっと現実の理不尽さを噛み締めてただけだ」


 優斗の言葉に、桐沢が不思議そうな顔をする。



「まあ、これで夕闇に良い報告ができそうだよ。……たぶん、夕闇は食堂にいるから、ちょっと今から行ってくる」


「お礼なら、夕闇さんに俺のことをしっかりと伝えといてくれ」


「……魔法使いになりたがっている、って?」


「違う! 俺が最高に格好良い男ってことだよ」


「……自分で言えよ。同じクラスなんだから」


「そんなこと自分で言えるわけねーだろ」


「…………」


 どうやら自分で言えない事を、優斗に言わせようとしているらしい。

 この学校の生徒会長は危険だから近づかない方がいいぞ。と、柴乃に言っておくかと優斗はしっかり心に刻み付けた。








 視線を感じる。


 誰もいない廊下で、優斗は何度目かとなる感想を抱いた。

 昨日から合わせても、廊下で歩くたびに怨嗟と好奇の入り混じった視線は嫌でも感じてしまう。もう今となってはその視線に慣れてしまうほどだ。


 だが、今現在進行形で背後から照射される視線は違った。あまりにも無遠慮なのだ。どんな生徒もちらりと視線を向ける程度だが、これはじろじろと視線を向けている。

 そして、その犯人も優斗にはわかっている。


「──いるんだろ。由香里」


 振り返って、優斗は誰もいない廊下に声を掛ける。すると、廊下の角から由香里がひょこ、と顔を出した。


「いつからわかってたの?」


「いつからって……正確にはわかんないけど、気付いたのはトイレを出たあたりからかな」


「最初からじゃん!」


「最初からなのかよ!」


 由香里の言葉に、思わず優斗は叫んだ。まさか当たると思わなかった。


「……それで何か用?」


「うん……まあ……用と言えば用かな」


 由香里が歯切れ悪く答えて、不安げな表情に変わる。


「その……なんというか……ユウと夕闇さんって付き合ってるの? そういう噂を聞いたんだけど」


「ああ、由香里もその質問なのか」


「えっ?」


「いや、何でもない。こちらの話だから」


 噂に疎い由香里まで出回っているのか、と優斗は天を仰いだ。桐沢のことだから、当然とも言えるのだが。しかも、微妙に噂が違う。

 嘘をつくを理由がないので、優斗は正直に答える。


「その噂は違うよ。俺と夕闇は付き合ってない。だいたい、釣り合うわけがないだろ」


「あっ……そうなんだ」


 あからさまに安堵したように由香里の頬が緩んで、不安げな表情が吹き飛び、満面の笑みに変わった。


「……それだけ?」


「うん! それじゃあまたね!」


 そう言って、由香里はクルリと回ってクラスの方へ戻っていく。


「……何だったんだ?」


 今の一幕を見て、優斗がポツリと漏らした瞬間。

 ちりっと。優斗の頭の中で何かが焼け焦げた。警告──とまではいかないが、嫌な予感がする。


 と。


 底冷えするような声が優斗の聴覚に触れた。


「ずいぶんと楽しそうだったわね。ねえ、霧神君」


「ゆ、夕闇!?」


 振り返って、優斗は驚愕の声を漏らした。優斗の背後の廊下の角。そこから、不機嫌オーラを全身に纏った柴乃が顔を覗かせる。


「一応生徒会室の鍵が取れたかどうか昼休みに、学食で確認するって、私は言ったのだけれど……中々来ないから迎えに行ってみれば……ふーん。霧神君、他の女子と喋っていたなんて良いご身分ね。…………私なんてほっとかられたのに」


 最後の部分をブツブツと呟いて。

 初めて優斗の目の前で獣を倒した時よりも、遥かに圧倒的な圧力が柴乃から放たれる。


「言い訳させて下さい」


「駄目よ。あなたに与えられた選択肢は二つ。方天戟で串刺しにされるか、私に思いっきり抱きしめられるか。さあ、どちらが選びなさい」


「夕闇さんに思いっきり抱きしめられる、でお願いします」


 むしろご褒美だ。

 それに、柴乃がニヤリと笑う。


「じゃあちょっと待ってて。擬似夢にして、神力を使えるように準備をするから」


「それ、どちらにせよ俺死ぬだろ!」


 なんてことをするつもりなのだろうか。擬似夢の中で見た柴乃の動きは完全に超人じみていた。あの状態で思いっきり抱きしめられたら、優斗の華奢な身体は容易に粉々に砕けるだろう。


「いいじゃない、スマッシュ系男子。これから流行るわよ」


「流行らねーよ! だいたい、それ何か格好良く言ってるけど、全身の骨がバラバラになってるからな」


 柴乃がフッと一笑する。


「些細なことね」


「俺にとっては重要なことだ!」


「──まあそれはいいこととしても……」


 柴乃が優斗の訴えを華麗に無視して続ける。


「さっきの女、誰?」


「……幼馴染だよ」


「へぇー、霧神君に私以外の幼馴染がいたのね」


「いや、いつから夕闇は俺の幼馴染になったんだよ」


 言って、優斗は今日何度目かの呆れた表情を浮かべる。


「あら、霧神君は幼馴染の条件知らないの? 一つ、昔出会って何かを一緒にしたことがある。一つ、その時それなりに仲が良かったこと。この条件を満たしていれば、幼馴染に成り得るのよ」


「お前、どっちも満たしてねーだろ!」


 優斗の言葉に、柴乃は曖昧に微笑んだだけだった。そして、不意に柴乃の表情が真剣なものに変わる。


「それで、どうだった?」


「ばっちりだ。放課後許可取った。それに、鍵はもう先に貰ったぜ。桐沢の立ち合いの下でなら大丈夫らしいけど……どうする? 今から、行くか?」


「……いや、やめておきましょう。人が少なくなった放課後の方が都合がいいから…………あ、あと霧神君」


 突然、柴乃が頬を染めてもじもじとする。


「何?」


 聞き返す優斗に、柴乃は黒紫色の髪をなびかせて優斗に近づいて。


「────」


 優斗の耳元囁いた。


「……っ、な、何? 夕闇」


 優斗がもう一度聞き返す頃には、柴乃は優斗を追い越して廊下に消えていた。


「…………あんなこと、夕闇が言うわけないしな……何だったんだろう?」


 優斗はさっきの柴乃の台詞を思い出して首を傾げた。優斗の聞き間違いでなければ、柴乃は確かこう言っていたはずだ。


 ──あまり他の女と喋らないで。










 放課後。

 桐沢と優斗は生徒会室に向かって廊下を歩いていた。柴乃とは、生徒会室の前で合流する手はずとなっている。


「……でも、なあ……夕闇さんと霧神が一緒にいるのはなぁ……あと、何で霧神なんだよ。俺でも良いじゃねえかよ」


「だから、さっき言っただろう。夕闇は最近この辺りを調べているんだけど、土地勘がないから、俺が一緒について回って案内してるだけだって。それに、俺が選ばれたのはタマタマだ」


「調べるって、何だよ。夕闇さんって、どこかの組織の人なのか?」


 言って桐沢は、カラカラと笑う。

 これは柴乃と優斗で考えた理由だった。柴乃が言うには、無駄に詮索されたくないときはできるだけ本当のことを言った方が良いらしい。付け加えると──『どうせ、嘘だと思われて、真実から余計に遠ざかるわ』だそうだ。


「でも、何で夕闇さんは生徒会室に入りたがるんだ?」


 桐沢の疑問に、優斗は前もって用意した答えを口にする。


「なんか、転入してきて生徒会室を一回も見たことがないから、見たいらしいぞ」


 それに納得したのか、ふーんと桐沢は気のない返事をした。

 何だかやる気が感じられない返事だった。

 自称・夕闇柴乃ファンクラブを立ち上げた桐沢のことだから、発狂するぐらい喜ぶかと思ったのだが。


「なあ、なんで桐沢はそこまで喜んでないんだ? 今からお前の憧れの夕闇柴乃に会えるんだぞ」


 気になった優斗は、桐沢に尋ねる。

 それに対して、桐沢は何とも言えない微妙な表情をしただけだった。


「いや、喜んでいるけど……ほら、あるだろ。遠くに感じていたアイドルが、急に近くに来るとよくわからなくなるというか」


「ああ、なんかわかるわ」


 要するに現実味がないということなのだろう。

 やがて、歩を進めると生徒会室の前に着く。


 するとそこには既に、柴乃が生徒会室の扉に寄りかかって以前と同じように宙をぼんやり眺めていた。

 そして、優斗と桐沢が近づくと声を掛ける前に、今回もこちらを向く。前もそうだったが、何かの察知能力でも持っているかもしれない。


「遅いわ」


 優斗を見て、柴乃の開口一番はそれだった。

 視線を桐沢に動かして、


「桐沢君、今日は私の我儘に付き合ってくれてありがとう」


 にこりと満面の笑みを浮かべて言う。


 主に、セッティングをしたのは優斗だったのだが。

 明らかに対応の差を感じた優斗だった。

 それに、すっかり気を良くした桐沢は饒舌に喋る。


「いや、構いませんよ。夕闇さんのためなら、私、桐沢咲人は全力を尽くします。私はこれから用事があるので、下がらせて頂きますが、何かあった場合はそこの霧神に何なりとお申し付け下さい」

 

 驚くほど気持ち悪い口調だった。

 あの柴乃が引きつった顔で「ええ、ありがとう」とやっと言うほどだ。

 桐沢はわざわざ優斗から鍵を奪って、柴乃に渡すと仰々しく会釈し、廊下の向こうに消えていく。

 それを見送って、柴乃はようやく口を開いた。


「……類は友を呼ぶって本当だったのね」


「おい、どういう意味だ。それは」


「別に、特に深い意味はないわ。入りましょう

 柴乃の声に促され、優斗は鍵を開けた生徒会室に足を踏み入れ──目を疑った。

 そこは、もう学校の内部とは思えなかった。

 きちんと整理された机が向かい合うように五つ並べられ、どれも高級そうだ。特に奥に鎮座する黒光りの椅子は社長室にあってもおかしくない。


 と。


 優斗は不意に身体に違和感を覚えた。

 何か、身体が少し重く感じるのだ。確かに六時間の授業を受けた身体に、この生徒会室に入る前から多少の疲労はあった。が、今では更に重く感じる。


「やっぱり、ここに《門》があったわね」


 生徒会室を物色していた柴乃がぽつりと呟いた。


「魔力の残滓があるわ」


「魔力……?」


「ええ、そうよ。もしさっきから身体が重く感じるなら、そのせい。この部屋は普通の空気よりも魔力を多く含んでいるのよ。──もっとも、動きが阻害されるほどではないけどね。あくまで感覚的な話よ」


「じゃあ、やっぱりここで《門》が開かれたのか?」


「おそらくそうね」


「でも、肝心の《(ゲート)》がないぜ」


「……それはたぶん……」


 尻すぼみに静かに呟いて、柴乃は鞄をごそごそと漁り、水晶を取り出す。


「それじゃあ、向こう側に行くわよ。向こう側に行けばわかるはずよ」


 宣言して、水晶を掲げると。


門を開放せよ(ゲート・リリース)!」


 凛と空気を震わして、夢の世界の侵食を意図的に起こした。

 結晶から灰色の波動が放たれて、生徒会室から色を奪う。同時に、周囲から漏れる音も遮断されて静寂が満ちた。


「なあ、これって黒幕にばれるんじゃないのか?」


 灰色の世界で、優斗は立ち尽くしながら言うと、柴乃は首を横に振った。


「それは大丈夫よ。この生徒会室の中だけしか、擬似夢が広がらないようにしているから」


 へぇー、と感嘆の意を込めながら呟く優斗の視界に不意に何かが映りこんだ。


「あれは……?」


 優斗が声を漏らして、生徒会室の奥に向かって目を凝らした。

 先まで何もなかった空間に、巨大な石板が立ちはだかっているのが視界に映る。その表面には華麗でありながら、不気味な装飾が施されていた。

 柴乃がその石版の表面に触れながら、静かに優斗の疑問に答える。


「これが、《門》よ。まさか、現実世界側(あちら)にないから擬似夢側(こちら)にあるかもと思ったけど……やっぱりあったわね」


 次いで、柴乃が優斗に視線を投げかけた。


「……霧神君、あなたの出番よ。準備は良いかしら?」


「ああ、良いけど……こんなに、あっけなくて良いのか?」


 あまりにも上手く行きすぎていることに、優斗は眉をひそめた。不信感が募り、心の中に嫌な予感がよぎる。


「確かにそうかもしれないけど……こんな好機、滅多にないわよ」


 柴乃も同じく不信感を募らせているようだったが、概ね肯定的のようだった。

 優斗は覚悟を決めると、静かに目を瞑る。


「……まあ、やるよ」


 優斗は渋々ながらも答えた後、意識を内側の力へと向けた。優斗の中の神力が呼応し、波打ち、大きなエネルギーへと変わっていく。


「……来い──」


 眼前で幾何学的な模様が地面に刻み込まれ、青白く輝き。

 まさに神力を神器として顕現しようとした瞬間。


 ちりっと。頭の中で何かが焼け焦げた。

 優斗の身体に戦慄がはしり、心の中で違和感が爆発的に膨れ上がった。同時に心臓が高鳴り、舌が渇く。


 何だ──これは。

 何か良くないことが起こる気がする。取り返しの出来ない何かが。

 そう、異常なまで発達した優斗の勘が告げている。


 そして。

 直感が指示したように目の前で事は起こった。


 優斗の手の中に向かって、幾何学的な模様からまっすぐと神器が伸びながら徐々に形作ると同時に、目の前の《門》がゆっくりと開き始める。

 それだけではなく、《門》の奥の闇の中から、二つの真紅の光がこちらを伺っていた。──眼だ。獲物を吟味するような血走った眼。


 それは、優斗が現実か幻かもわからない夢の中で何度もみた獣のそれと酷似していた。

 その《門》の奥から覗く鋭い眼光に、柴乃と優斗の身体が凍てつく。


「……嘘、何で……私まだそっちの門は開いてないのに……」


 呆気にとられた柴乃が声を漏らすなかで、すぐさま理性を取り戻した優斗は声を上げた。


「夕闇! 早く、門を閉めろ!」


「────ッ」


 優斗の声に、同じく理性を取り戻した柴乃は小さく声を漏らすと床を蹴り上げた。一瞬で間合いを詰めると、柴乃は《門》に蹴りを放つと、強制的に開きかけた《門》を閉じる。


「──解除(キャンセル)!」


 その柴乃の言葉に、金属音をたてながら灰色の世界が割れた。水晶のなかに灰色の波動が吸い込まれる。生徒会室が色を取り戻し、音が再び世界に戻る。


 それを見届けて。

 一連の行動を数秒の内に終えた柴乃は、緊張が解けたようにペタリと地面に座り込んだ。


「……今のは……?」


 呆然と声を漏らす優斗に、柴乃がゆっくりと立ち上がりながら応える。


「……わからないわ。まるで、待ち伏せされたみたい…………それにしても、霧神君よく気づいたわね。私は虚を突かれたというのに」


 優斗が先に冷静な判断を下したのが、気に入らないのか柴乃が頬をぷくっと膨らませ、不満げな表情を浮かべる。


「何かあったのかしら?」


「……なんか嫌な予感がしたんだ。だから、だよ」


「嫌な予感?」


「ああ、俺は昔から勘が良いんだけど、さっきは本気でやばかった。取り返しのつかなくなるような感覚が……信じられないかもしれないけど」


 言葉を吐き出した優斗は、低く俯いた。

 何を馬鹿なことを言っているの、そんなことがあるわけないでしょう。と罵倒の言葉を覚悟した直後、予想外の言葉が聴覚に触れた。


「信じるに決まっているでしょう。──それに、私が霧神君のことを疑うわけないじゃない」


「えっ……何で?」


「あなたがあなただからよ」


 よくわからないことを口にした柴乃を、優斗は呆然と眺めた。

 その優斗の視線に、柴乃はさっと顔を背く。


「ま、まあ、それは良いわ。……それで、あなたの勘とはどういう種類のものなのかしら?」


「種類ってよくわかんないけど……じゃんけんの勝率は良いけど、宝くじとかは全然って感じだな」


「へぇー、中々興味深いわね」


 顎に手を置き、柴乃が何かを考え込む。

 そして、しばしの間の後、柴乃はこちらに視線を移した。


「……あなたの勘を信じるわ。でも、それじゃあしょうがないわね。今日は諦めるしかないわ」


「おい、そんなので良いのかよ?」


「あなたの勘が警告してるのなら、どうしようもないじゃない。もう一回待ち伏せされてるかもしれないし」


 柴乃が肩を竦める。

 驚くほど、信頼が高かった。

 優斗自身でさえ、そこまで信頼はしていないというのに。


「……でも、なにか引っ掛かるわね」


「どういう意味だ?」


「あまりにもタイミングが良すぎるというか……私たちがここにいることが最初からわかっているような……」


 柴乃はそこで何かを躊躇うかのような表情を浮かべた後、緊張した面持ちで再び口火を切った。


「もしかしたら、もしかしたらよ、桐沢君が…………いえ、何でもないわ。……ここにいても、しょうがないわ。帰りましょう」


 柴乃が歯切れ悪く言葉を紡ぎ終わる。


 桐沢君が……、の先は優斗には容易に予想することが出来た。

 柴乃と優斗がこの生徒会室に訪れる。その事実を知っているのは、二人を除いて桐沢だけだ。


 つまり、この状況に置いて優斗と柴乃に待ち伏せすることが出来るのは桐沢だけなのだ。論理的思考だけでなく、優斗の直感ですらそれが正しいことを告げている。

 だが──


「……そんなわけないだろ」


 ポツリと呟いた言葉が、柴乃に届いたかどうかはわからなかった。柴乃は釈然としない表情を浮かべながら、生徒会室から出る。

 それを見て、優斗は慌ててその背中を追った。







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