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神の黙示録  作者: 六野薫
夢と理想と現実(あるいは長すぎるプロローグ)
5/24

  


 柴乃との話を終えた優斗は教室に戻ると、残りの授業の時間をぼうーと宙を眺めながら過ごした。

 時折、いや常に生徒から怨嗟と好奇が混じり合った視線が照射されるが、今の優斗はそんなことは気にならなかった。


 奇妙な乖離感覚が全身を包み込み、他の何かを考えるなど出来なかったからだ。

 夢の世界、法則、世界の崩壊、そして融合。

 様々な語句が脳内を駆け巡って、優斗の思考を支配する。


 前なら、あまりにも馬鹿げた話だと一笑しただろう。だが、今の優斗にはどれも重すぎる事実だった。


 今日の授業が全て終わると、柴乃とともにすぐさま──周囲の男子から質問攻めや袋叩きに会わないうちに、颯爽と鞄に荷物を詰めると教室を出る。


 柴乃とともに、廊下を歩いていると様々な視線が投げかけられる。その多くは柴乃を照射しているようだったが、全てが自分を見ているような錯覚に囚われる。好奇と怨嗟に満ちた視線に、やや辟易しながら、優斗は学校の外へと歩みを進める。

 

 校門の前。


 そこで、優斗と柴乃は不意に声を掛けられた。


「ちょっと待てよ」


 思わず、声のした方向に振り向くと、そこにいたのは見ず知らずの男子生徒だった。

 顔は良い方で確実にイケメンの部類の方に入るだろう。髪をワックスで立たせているのか、妙にてかてかした髪型が印象に残る。


 途端に不機嫌になった柴乃に気付かないのか、その男子生徒は自信ありげな表情で饒舌に続けた。


「君、夕闇さんだよね? どうして、夕闇さんのような人がこんな奴といるんだ? もし、暇なら俺と遊びに行かない?」


 こんな奴、のところでその男子生徒は優斗を指さす。

 確かに柴乃と優斗だったら釣り合わないように見えるのは当然だ。だが、面と向かって言われるといい気はしない。

 と、その男子生徒の言葉で周囲の生徒の視線が柴乃と優斗に集中して照射され、静まり返った。


 それに対し、柴乃は冷ややかに言い放つ。


「悪いけど今日は霧神君に用事があるの……それに、出来れば一生話しかけないでくれる。あなたみたいな人嫌いなの」


「なっ」


 まさか断られると思っていなかったのだろう。

 侮蔑の言葉に顔を赤くし、口をパクパクと開く男子生徒を。

 柴乃は一瞥すると、鞄から何かを取り出した。


 水晶だ。


 柴乃の手の平に収まる大きさで、透き通るような綺麗な立方体の形をしたそれは、日光に反射するときらりと光る。

 いったい何のために? と、優斗が訝しげに表情を浮かべる中で、柴乃は男子生徒がまさに怒号の声をあげる前に、凛と空気を震わした。


門を解放せよ(ゲート・リリース)!」


 直後。


 つんざくような金属音とともに、水晶を中心として灰色の波動が放たれて、世界から色を奪っていく。同時に灰色の波動に触れた世界が凍結し、僅か数秒で優斗の視界は色を失った。


 擬似夢。


 柴乃がそう呼んだ現象だ。

 一度体験したからか、優斗は今回は平然とした態度で世界の変遷を眺めていた。

 柴乃に怒号を放とうとした男子生徒は口を半開きにしたまま、色を失って凍結し、同様に周囲の生徒の集団も時が止まったように微動だしない。


「これが擬似夢か……」


「その通りよ」


 前回はよく見ることができなかったため、きょろきょろと周りを見渡す優斗の聴覚に、柴乃の声が響いた。


「さあ、行くわよ」


 柴乃はそれだけ言うと、優斗の腕を取り半分引きずりながら、凍結した生徒の集団を掻き分け、校門から出て道なりに進んだ。

 それに、優斗は慌てた声で問い掛ける。


「おい、こんなことしても大丈夫なのかよ?」


「大丈夫よ。あの人達には何が起こったのかもわからないわ」


「いや、それもあるけど、《(ゲート)》を開いても大丈夫なのか? って聞いてるんだよ」


 確か、柴乃は《門》を開くと夢の世界との融合が起きると言ったはずだったが。

 しかし、優斗の声に、柴乃は軽く頷いただけだった。


「それも大丈夫。今のは私が少しだけ開いただけで、世界に影響はほとんどないから。堕獣(バグ)が入ってくるほどの大きさもないし」


 言いながら、柴乃が水晶を目の前に掲げて見せた。

 水晶の小さな穴から灰色の光が漏れだしているのを見ると、それが恐らく《門》なのだろう。


「それにしても不思議だよな。こうしていると時間が止まっているみたいだし」


 周りを見渡しながら、呟く。

 柴乃と優斗だけが灰色の世界で動き、それ以外は全てが凍結している。人の身体は透き通り、色を持っているのは優斗と柴乃とその私物のみだ。


「時間は止まっていないわよ。そう見えるだけで」


「えっ、そうなのか?」


「うん。ほら」


 頷き、柴乃は腕を掲げて腕時計を見せる。

 その腕時計は確かに時間を刻んでいた。


「じゃあ俺達以外の人間にはどう見えるんだ?」


「どうも見えないわよ。私たち以外の人間には、擬似夢の中に囚われていた時の記憶がすっぽりと抜けているのよ。──でも、脳というのは意外としっかりとできていて、抜けている記憶は勝手に補完してくれるの。本人達が一番納得する理由でね」


 へぇーと曖昧な相槌を打ちながら、優斗は改めて周りを見渡した。

 こうしている間も時間は刻々と進んでいく。誰しもが失っているはずの時間を自分が生きていると考えると不思議な気分だ。


「さあ、着いたわよ」


 そう言って、柴乃が優斗を引きずって着いたのはあの大通りだった。

 相変わらず人で溢れかえっているが、その全てが半透明なので不気味さしかない。


「ここで、訓練するわ。いい?」


「駄目って言ってもどうせ無駄だろ」


「あら、わかってるじゃない」


 ふふ、と笑う姿は可愛らしいのだが裏がありそうで怖い。

 柴乃は、組んだ腕をするりと抜くと、クルリと華麗にターンを決め、優斗に向き直った。


「いい、今からやることは《門》を破壊することと同時に、あなたの自衛のための訓練でもあるから。これから、擬似夢の中に何度も入るあなたには絶対必須の能力よ」


 こくこくと頷く優斗に、柴乃は微笑む。


「いいわ、それじゃあ始めましょう。……まず初めに、知ってほしいことは神力を持つ人間は大きく幾つかの属性に分かれるということ。それによって、あなたが使える武器や力も変わるということね。──それで、夢の法則に従い、使うことで、あなたの身体に眠る神力を使うことができるんだけど……正直、使い方は難しくないわ。ただ、身体に眠る神力を意識するだけよ」


「それだけでいいのか?」


「ええ、そうしたら夢の法則があなたの属性を見極めて、具現化してくれるから」


 ふーんと頷き、内なる力を意識しようとする──が、一抹の不安がよぎった優斗は止めて、柴乃に疑問を吐き出した。


「なあ、ここでやって安全なのか?」


 柴乃の予測では、優斗の中にあるのは世界を変革する力と同等なのだ。

 うっかり世界を破壊しては洒落にならない。


「大丈夫だよ……うん……そんなに全力でやらなかったら……」


「何でそんなに歯切れが悪い!」


「心配しすぎよ。ほら、私が大きなクレータをつくってたの見てたでしょ。あれ、擬似夢が終わったら元通りだったじゃない」


 ほら騙されたと思って、という柴乃の声に誘われて、優斗は胸に手を当てて目を瞑り、渋々内なる力に意識を向けた。

 外から見たらさぞかし滑稽に映るんだろうなあ、と思いながら。


 だが、数秒経とうとも何か顕著な印が現れる気配はない。


 騙されたのか。もしかしたら、柴乃が瞼の向こうで音なく盛大に笑っているじゃないか。と疑念を持ち始めたところで、優斗は不意に違和感を覚えた。


 心臓の周辺。

 そこで何かを感じるのだ。

 やがて、それは次第に一つのエネルギーへと変わり、余波が身体を波打ち、全身を包み込む。


「……なんで? 今までこんなのなかったのに」


 ぽつり、と声を漏らす優斗に、柴乃が答える。


「夢の法則を使うのに一番大切なものは、理解、よ。概念に対する理解。技に対する理解。あなたが、自分は力を持っているという理解をしたから出現したのよ──じゃあ続けて意識をしてみて」


 柴乃の声に促されてさらに意識を向けた瞬間。


「うわっ!」


 優斗は思わず叫んだ。


 眼前。

 そこに、突然青白く光り輝いて幾何学的な模様が刻まれた地面に、剣が突き刺さって現れたのだ。


 まだ形がはっきりとしていないため、朧げにその形が揺らめくがそれは間違いなく剣だった。

 透き通るような白銀の刀身に、幅広は細剣のように細い。柄には華美な装飾が施されている。

 剣に詳しいわけではないが、おそらく片手用の両刃剣だ。


 恐る恐る剣の柄に触れると、手に柄が吸い付き馴染む。まるで何年も使ってきたもののようだ。


 が、そこまでだった。


 地面から引き抜いてみようか、と思案した瞬間その剣は光の粒子となって四散した。

 同時に、微かな疲労感が優斗を襲う。


「……今のは?」


「あの剣があなたの属性で使える武器──神器よ。まだ、あなたの身体から引き出せる神力の量が少なかったから安定しなかったけど」


 確かに、神器と呼ぶに相応しい華美な装飾があの剣には施されていた。

 しかし、ほんの数秒呼び出しただけなのに疲労が大きいのが難点だ。優斗の全身から倦怠感が抜けない。


「これ、エネルギー効率悪すぎないか? ちょっと呼び出しただけなのに、全身から力が抜けていくぜ。こんなんじゃ、絶対に戦うとか不可能だぞ。何とかならないのか?」


「あなたには無理ね……と言いたいところだけど、実はあるわ」


「ちょっと待て。何で今断ろうとした?」


「そんな今にも折れそうだった剣でも、まがりなりにも神の武器よ。たかが人間に扱えると思っているの? 舐めてるの?」


 そういえばそうだった。

 と、柴乃が言った事を確認しながら、優斗は問い掛ける。


「わかったよ。それでどうすれば、良いんだ?」


「まず、神力について理解しなくちゃいけないわ。霧神君、あなたは神力が何によって引き出されていると思う?」


「さあ……?」


「全く、少しは考えたらどうなの」


 はあーと、わざとらしく溜息をつきながらも、柴乃は答えを口にする。


「神力はここから引き出されるのよ」


 とんとん、と柴乃が優斗の胸を叩く。


「心臓……?」


「惜しいけど違うわ。引き出しているのは、心、よ。人間の感情が神力を引き出しているの」


 夢の世界は、同じく人の感情で出来上がっているらしいので何となく納得できる。


「……それでどうするんだ? まさか、感情豊かな人間になれとでも言うのか?」


「それこそまさかよ。逆よ。あなたには感情を制御してもらわないと」


 優斗は、その柴乃の言葉に呆気にとられた。


「それじゃあ意味ないだろ。使えなくなるじゃないか」


「違う。よく考えて、あなたは今普通の精神状態でそれだけの力が使えるのよ」


「あっ!」


 思い出した。

 現実味がないから忘れていたが、優斗は世界を変革できる力と同等のものを持っているのだ。

 もし感情が爆発し、心の赴くままに力を振るったら──考えるまでもない。


「それに、あなたは今普通だけど……もし戦闘になったら普通の精神状態でいられるはずがないわ。絶対にそのときに溢れる恐怖や憎悪も制御して欲しいの。荒れ狂う感情によって、暴走した神力は、敵よりも遥かに恐いわ。マイナスの感情も危険なことを覚えておいて」


 柴乃の真剣な眼差しに思わず頷く。

 しかし、同時にそれは無理な相談にも思えた。

 柴乃が言っているのは、怖いときに無理にでも笑えと言っているようなものだ。しかも心の底から。出来る奴はまともな神経をしていないような気がする。


「ああ、そういえば……」


 ふと思い出したように柴乃が言葉を付け加えると、ジトとした視線を優斗へと向ける。


「──霧神君。最初、神器を呼び出すときに私のことを疑っていたでしょ。概念の理解を疑っても、駄目だからね」


「はは、わかったよ」


 柴乃の視線に優斗は乾いた笑い声を出して、萎縮したように身を縮めると、柴乃は満足げに微笑んだ。


「それじゃあ、今日はこんなところかしら」


 その言葉と同時に、キィィィンという音が近くから響き、灰色の波動が水晶の中に戻って、徐々に本来の色を取り戻していく。


 そして、世界が戻った。


 途端に人が活動を再開し、音が周囲から溢れる。

 しかし、誰一人として世界が凍結していたことに気付いた者はいなかった。

 失った時間に何も思うことなく、活動を再開する人々に薄ら寒いものを感じながら、優斗はふと思ったことを口にする。


「そういえば、夕闇はどうして青桜高校に転入したんだ?」


「どういう意味かしら?」


「だって、学校に転入したら行動が色々制限されるだろ。そうしたら、いざ擬似夢が起こったとき、行けないんじゃないか?」


 優斗の疑問に、柴乃はあっけらかんと答える。


「問題ないわよ。だって、《門》が開く位置はある程度決まっているもの。むしろ、その位置に行くために、青桜高校に転入したのよ」


「どういうことだ?」


「《門の解放》は天災的に、偶発的に起こるものじゃないのよ」


 優斗は柴乃の言ったことを理解するのに、しばしの間かかった。やがて、それを理解すると、優斗は喉を震わせる。


「……もしかして、誰かが意図的に開いているのか?」


「その通りよ。しかもその人物は現実世界にいる。そして、おそらく私と同じように青桜高校にいるわ」


 背筋に悪寒が這いより、優斗は思わず身を竦ませた。

 この現実世界を崩壊させようとした人物が青桜高校にいる。そう思うだけで、背後から常に狙われている感覚に襲われる。


「じゃあ、早くそいつを捕まえないと」


「当然よ。でも、方法を思いつかなくてね。中々ないのよ、これが」


 肩を竦めた柴乃に、優斗はふと浮かんだ考えを口にする。


「そんなに難しく考える必要はないだろ。例えば、集会とかで全校生徒が集まってる時に《門》を解放すれば、一発でわかるんじゃ?」


「確かに、そうかもしれないわね。でも、次に集会があるのは……」


「一週間後の夏休み前にある終業式だな。それがどうかしたのか?」


「問題は、相手もそれくらいのことは考えているということよ。そうね……恐らく、勝負はこの一週間ね。相手が私たちが組んだことに気づいていていれば……というか、絶対気付いているから、きっと、相手は死に物狂いで私たちを消しにくるわね」


「け、消すって」


「あら、今更びびったのかしら」


「び、びびってねーよ」


 声が震えながらも否定する優斗に、柴乃はにこりと笑った。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。霧神君は私が守るから」


 ……それは本来男のセリフな気がするのだが。


 しかし、情けないことに、優斗はそれを言うだけの力がない。

 内心でがっくりと項垂れる優斗に、柴乃が続ける。


「ルールは簡単よ。この一週間逃げきって、黒幕を特定すれば、私たちの勝ち。逃げれずに殺されたら、まあ相手の勝ちね。──でも、私はこのまま逃げるつもりはないわ」


「というと?」


「こちらには、もう一つ勝利条件があるのを忘れていないかしら。──つまり、《門》を破壊すればいいのよ」


「簡単に言ってるけど……でも、相手が柴乃みたいに《門》を持ち歩いていたらどうするんだ?」


 柴乃はゆっくりと首を横に振る。


「それはないわ。私のは、精々擬似夢を一定範囲広げるだけだもの。でも、堕獣(バグ)が出入りできる大きさとなると……」


「無理なのか?」


「無理よ。だいたい、あなたが見た奴でも三メートル近くあったでしょ。この小さな穴を通れるわけないわ」


 どうやら、大きさは必要らしい。どこかのアイテムのように四次元空間に繋がっていないようだ。


「じゃあ、いったいどうやって?」


「実は場所はある程度把握できてるのよ。でも、場所が場所なのよね」


「……どこなんだ?」


 優斗の問いに、柴乃は淡々と言った。


「生徒会室」











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