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神の黙示録  作者: 六野薫
夢と理想と現実(あるいは長すぎるプロローグ)
3/24

 2


 優斗はその光景に驚愕のあまり、目を大きく見開いた。

 優斗と獣を結んだ線分の中点。


 そこに少女は音なく、舞い降りた。

 そしてゆっくり立ち上がると、優斗の視界にその姿が映りこむ。


 歳は優斗と同じくらい。

 腰まであろうかという、黒紫色の髪は一つに纏められ、肌は白い。

 見る者を必ず虜にするような貌には物憂げな表情が浮かび、中心に鎮座する双眸はまっすぐ獣を捉えている。

 身体に纏った紫を基調とした鎧は騎士のようで、右手に持つ槍は途轍もなく巨大だ。槍──恐らく、方天戟と呼ばれる種類の槍だろう。切っ先は鋭利で、少女を包み込む蒼炎の輝きをも合わせると、優斗にはそれが神々しく思えた。


 美しくも、ある種の圧力を放つその姿。

 思えば、この場には異常なことが溢れていた。


 凶暴性を秘めた地球外生物の獣。

 静止し、色を失った世界。


 どれも驚愕に値する。

 だが、優斗が驚愕したのはそれではない。

 だって、その少女は──


「──夕闇(ゆうやみ)……柴乃(しの)?」


 朝に遭った自称・異世界人の少女なのだから。この凛々しくも可憐な少女の横顔は忘れようもない。


 と、そのとき。


 優斗の声に誘われるように、柴乃が不意にこちら向いた。


「────ッ」


 喉が震え、声にならない音が漏れる。

 学校で見たものよりも、何倍も神々しさ増した姿がそこにはあった。


 圧倒的なまでの力と人を惹きつけるような力。放課後に感じた違和感をまさに体現したような姿だ。

 否が応でも、その姿に優斗の全感覚が支配される。


 柴乃の宝石のような双眸が優斗を捉え、同じく目を見開いた後、微かに顔を綻ばす。

 そして、優斗の全感覚が柴乃に釘付けになっているのを。

 音なき世界と同時に。

 

 ──凛とした声が打ち破った。

 

「──やっと、見つけた」


 柴乃が目を惹きつける相貌に、満足気に笑みをつくる。

 危機的に状況にも関わらず、優斗は思わずその笑みに見惚れる。


「な、何でここに……?」


 無意識の内に漏らした優斗の疑問に、柴乃は微笑んだだけだった。代わりに、柴乃は宣言する。


「もう離れないわよ」


 その言葉の意味を優斗は咄嗟に理解することができなかった。

 浮遊した意識のせいで中々脳内に浸透しない。──が、そのとき柴乃の背後から発せられた咆哮によって、意識が現実に引き戻された。


「グルゥゥゥゥゥッ!」


 獲物の捕食が邪魔されたことが我慢ならなかったのか、獣が吠え一歩踏み込むと、今度は柴乃に向かって鉤爪が振り下ろす。


 ──後ろ!


 その様子を見て、優斗がそう叫ぶより速く。

 柴乃は背後を見ることなく、こちらを向いたまま方天戟で再び弾き返した。


「──なっ!」


 驚き、優斗は声を漏らす。

 その攻撃は、柴乃からは完全な死角となっているはずだった。それなのに、その絶妙なタイミングでの防御は、後ろに目がついていると思えるほどだ。


「私に任せて」


 言って、柴乃は表情を引き締めると鋭い視線を獣に向けた。

 その視線に、獣が微かにたじろいだ瞬間。

 ばん、という風を叩いた音を置き去りにし、その姿を消した。否、一瞬でその間合いを詰めたのだ。


「シッ!」


 短い叫びとともに、目にもとまらぬ速さで巨大な方天戟を振るい──高速の斬撃が獣の身体を切り裂いた。


「グルオォォォゥゥゥ──ッ」


 あまりの痛みにか、獣が悲鳴を上げる。


 しかし、柴乃の連続技はそこでは止まらなかった。

 方天戟を振り切ると、慣性に逆らうことなく身体を空中で捻る。同時に、方天戟が綺麗な円弧を描き、獣の頭上から振り下ろした。


 だが、今度は僅かな空隙のおかげか、獣も迎撃態勢ができていた。


 合わせるように、獣も鉤爪を振るい──両者を結ぶ点で交差した。大量の火花が散る。

 直後灰色の空間を渡って、金属が擦れるような音が聴覚を刺激し、暴風を巻き起こす。

 突然始まった戦闘を、優斗は呆然と眺めた。


 この空間は何なのか。

 あの獣はいったい何なのか。

 なぜ、柴乃が現れたのか。

 様々な疑問が渦巻くが、優斗が唯一理解できたのは、柴乃が優斗の命を左右することだけだった。


「セァァァァァッ!」


 裂ぱくの気合いとともに、柴乃は縦横無尽に動きながら、空中に無数の青藍の軌跡を描いていく。

 獣もそれに鉤爪で応戦するが、速度が、何よりも手数が違いすぎた。


「グルゥォォォォォォッ!」


 気がつくと、獣は全身を蒼炎に舐められ、苦悶の叫びをあげていた。

 しかし、倒れる様子はない。むしろ、目は血走り激昂しているのが手に取るように理解できる。


 柴乃はその光景を、慌てることなく静かに見据えると。

 巨大な方天戟を地面へと突き立て──


「一気にカタをつけるわ。…………唸れ──《鬼神(スミルナ)》!」


 高らかに叫ぶ。


 瞬間。


 方天戟の切っ先が燃え上がり、青藍の焔を纏った。周囲の温度が一気に上昇し、空気が揺らめく。


 美しくも、常識外の力を持つ絶対強者。

 その姿はまさに《神》としか形容できない。

 方天戟から荒々しい力が解放され、圧倒的なエネルギーを秘めているのを目視できるほどだ。


「これで……」


 続けて、柴乃は凄まじい速さで獣の懐に潜り込むと、蹴りを放った。

 体格差は何倍もあったはずだったが、軽々と獣の巨大な体躯は空中へ舞う。


 そこで、柴乃の攻撃は終わらなかった。

 上空をキッと睨むと、今度は地面を蹴り上げ飛翔する。

 瞬く間に、空中に舞った獣より高く跳ぶと、方天戟を大きく振りかぶり。

 蒼炎を纏った方天戟が一際輝いた。


「──終わりよ!」


 叫び、無防備な獣の身体に一撃を叩き込む。


 直後。


 巨大な体躯が地面に叩きつけられ、大きなクレーターをつくった。同時に、轟音が聴覚を叩き、凄まじい衝撃波が優斗を襲う。


「う……っ」


 寝転んだ姿勢の優斗を、暴風が煽り後方に転げた。

 そのまま、優斗は頭に飛来したコンクリートを打ちつけ、意識を途切れさせた。

 最後に優斗が見たのは獣が光の粒子となって、爆散した光景だった。







       ◇

      






 夕暮れの公園。

 子供たちは皆家に帰るなかで、一組の少年と少女がブランコに乗っていた。


「──ユート君と初めて遭ってから、もう一週間経つんだね」


「……いきなりどうしたの?」


 少女が感慨深く呟くなかで、少年が首を傾げて訊ねた。


「楽しいことをすると時間が経つのが早いと思ったの。……私、昔から一人で同じぐらい歳の友達と遊ぶことなんてなかったから……今がとっても楽しい。私、家にいるときはずっと訓練で辛かったの」


「……厳しい家庭だったんだね」


 不満気に顔をしかめる少女に、少年は引きつった笑いを返した。


「──でも、僕もだよ。ずっと一人で寂しかったけど、今はそんなことないから……だけど……いつまでも、僕の家にいるわけじゃないんだよね……」


 寂しそうに顔を曇らせる少年に、少女は首を振って否定する。


「私、帰らないよ。言ったでしょ──私はいなくならないよ」


「ほ、本当に!」


「うん、本当! 約束する?」


 少女が小指を差し出して、少年の小指と絡めた。


「ゆ~び~き~り、げんまん、うそついたら、はりせんぼんの~ます!」


 言って、二人は笑い合った。

 そして、少年が確認するように言った。


「──約束だからね」




       ◇






 騒音が聴覚を刺激する。


 恐らく、目覚まし時計が朝を告げているのだろう。

 そう判断した優斗は無視を決め込む──が、騒音のせいで浮遊感に包まれた意識が仮想の重力に負けて、鮮明になってくる。

 同時に、身体中が軋むのを意識し、動かそうとすると全身に痛みが走った。


 まだ寝ていたいのに。

 そんな気持ちを抱えながらも、優斗は騒音を放つ元凶を止めるために、瞼を開き、痛みが走らない程度に身体を起き上がらせ手を伸ばして、目覚まし時計へ──


 届かなかった。


「……あれ?」


 優斗網膜に映り込んだのは対面のベンチ。

 自分の部屋にいたと思っていたのだが、どうやら違うらしい。目覚まし時計を止めようと伸ばした手は見事に空を掻いている。


 と、そこでようやく、優斗は自分がベンチの上で寝ていることに気がついた。先から全身が痛かったのは、寝違えたせいなのだろう。

 固いベンチの上で、優斗は起き上がると首を回して、あたりを見渡した。


 視界から入ってくる情報から考えると、ここは公園のようだった。

 斜陽が空を橙色に染め、僅かに闇に包まれるこの公園にはほとんど人がいない。対照的に、目の前には騒音を放つ、いつも通り人が溢れた大通りが──


「────ッ!」


 瞬間、優斗の頭の上から足のつま先まで電気パルスがはしったようにも感じ、脳内に気絶する前の記憶が蘇った。


 どうして忘れていたのだろうか。

 真っ先にそれを思い出してもいいはずなのに。


 あの大通りで、柴乃が獣と戦っていたのだ。常識外で非日常の数々を、今ならはっきりと思いだすことができる。

 と、そこまで思考を巡らせて、優斗は目の前の光景に眉をひそめた。


 大通りに違和感がないのだ。

 いやさらに言うと、違和感がないことがおかしいのだ。

 優斗が覚えているだけでも、柴乃が地面に大きなクレーターをつくっていたはずだ。それだというのに、大通りには地面の凹みはおろか、戦闘が行われた様子が一切ない。


「……いったいどうなってるんだ?」


 呆然と、呟き。

 優斗は放心した状態で大通りを見つめた。


 今日は一日、おかしいことばかりだった。

 授業中に見た夢も、先程見た夢も、気絶する前に見た戦闘も。

 そして、朝に遭った柴乃のことも。

 どれがが現実で、どれが幻なのかもわからない。

 あるいは──


「……なんだったんだ?」


 静かに呟いたその言葉は、大通りの騒音にかき消された。













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