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 微笑を、目に入れた。

 明るい陽の中で見るそれは、まぎれもなく少女の、穢れ等知りもしない、と主張しているもので。はにかむような、それでいて得意そうな。

 ほんの数分前、オフィスを出る時までは、彼女の事をただの案内役としか思っていなかったのに。彼女のこのバイトに対しての情熱と、細い体から生み出される明るく真摯な光。自分の想像を遥かに飛び越えて、思いもかけない方法で、彼女は願いを実現した。



「・・・わ、これ可愛いですねぇ」

「お、それ、ちょっと試しに子供用の作ってんだよ。一応高さ変えれるようにさ」

 取引先の家具屋に着いて、彼女は女性のスタッフと共に奥へ消え、自分は店長に軽く挨拶をしていた。店内に的確に配置される家具はどれもいい材料を使い、デザインも洗練されている。最近の売れ筋のものを見せてもらっていると、奥の部屋から出てきた彼女が、店の隅に置かれていた小さめの机を見て声を上げていた。それに嬉しそうに反応する店長は更に口を開く。

「この前、友達に子供用の机作れるか聞かれてさ。どうせなら身長に合わせて何年か使えた方がいいだろ」

 全体的に丸みのあるフォルムと、本立てや小物入れが機能的に配置されたそれは、確かに高ささえ変えれば大人になっても使えそうだ。

「いいなぁ。私もこういう机使ってればもっと勉強する子だったかも」

「なーに言ってんだよ。京ちゃんはしっかりしてるし、ウチがバイトに欲しいくらいだよ。なぁ?」

 彼女の後ろにいた女性のスタッフに店長が言う。

「そうよー。今からでも遅くないわよ。それとも卒業したらウチに就職する? きっと職人連中にモテモテだわ」

「駄目ですよ。市村はうちの大事な人材ですからね。売約済みです」

 冗談の飛び交う中に半ば本気が感じられ、思わずそれに参戦しなければ、という気になって。笑いを含ませてそう言うと、店長は豪快に笑う。

「そうかそうか。まあ予約ついてんなら仕方ねーな。京ちゃん取っちまったら、ウチの商品卸せなくなるしなぁ」

「それにうちの連中も市村の事気に入ってますしね。山崎なんか特に」

「あー、おたくの真里ちゃん怒らせたら怖ぇーだろうな。おれの命が危ねーよ」

 大げさに肩をふるわせてみせるその様子に、店内の他の従業員含め、全員が笑う。

「あ、そうだ。京ちゃん店長の写真撮るんでしょ? 表で撮った方がいいよ。店の外観撮るのもついでに」

「そうですね。大谷さん、二、三枚撮らせて下さい。うちに貼ってあるポップと、あとホームページの写真もリニューアルするんで」

「おお。イケメンに撮ってくれよー」

「ああ、そのカタログ袋に入れといてあげる」

「あ、ありがとうございます」

 すでに店の入り口に歩き出した店長を追おうとした彼女が、両手のカタログを声を掛けたスタッフに渡す。忙しく小走りに外に出るその後ろ姿を見送っていると、レジから紙袋を取り出した先程の女性スタッフが笑い声を漏らした。

「ふふ。ウチの人、おおはしゃぎだわー。ごめんなさいね、うるさくて」

「いえ、楽しくて緊張も飛びました・・・って失礼ですけど奥様ですか?」

 この店に入ってすぐに、京子に入り口近くにいた店長と引き合わされたので、目の前の彼女と夫婦だと気付く間がなかったのだ。

「ええ。びっくりした? 結構歳離れてるのよ。十歳差」

 そう言って笑う彼女は確かに二十七、八歳といった所で、四十歳程に見える店長とは見た目に差がある。

「あ、申し遅れました。佐山と申します。九月から木船市店に配属となりましたので、今日はご挨拶に伺いました」

 名刺を出して彼女に渡す。

「まあ。じゃあ、真里ちゃんが言ってた、消えた若様って・・・」

 驚いた目で自分を見る彼女の目線が痛い。まさかこんな所まで噂が飛んでいると思わなかった。

「あー・・・不本意ながら、多分、僕の事です。本気にしないで下さい」

 言葉を濁していると、楽しげに彼女の口が開く。

「奥様キラーとか、無駄なくお客様の希望を叶える必殺仕事人だとか?」

「大げさな売り文句ですよ」


「お、なんだなんだ佐山っち。ウチのカミさん誘惑すんなや」

 デジカメを手にした京子とご機嫌な店長が店内に戻って、正直ほっとする。

「ぶー。ハズレ。私が誘惑してたんだけど振られちゃった。やっぱり若い子がいいみたい。ね?」

 ウインクされて店長は少し頬を染める。その様子にまたしても他の従業員の笑い声が上がった。明るい雰囲気の職場は、こちらまで気持ちよくなる。惜しげもなく笑顔を見せる京子が横目に入って、何故だか目を逸らしたくなった。



 駅前の広場を横切っていると、横を歩いていたはずの京子がいつの間に消えている事に気付く。夕暮れに近づく日差しの中で周囲を見渡す。そして後ろを振り返ると、ぴたりと体の動きを止めた彼女がいた。

「・・・市村?」

 呼びかけに気付いた彼女がこちらを見る。

「何してんの?」

「や、ちょっと」

 ひきつった笑みを浮かべて、何でもないと手を振る。

「どうした?」

「あー、何でもな、ってぎゃー!!」

 硬直したかのように立ち尽くす彼女の頭の斜め上を、鳩が飛んでいった。そこで彼女の叫び声。頭を抱えて身をすくませて、それでも彼女は動かない。

「お前・・・もしかして、鳩、怖いのか?」

 広場には無数の鳩。あちらこちらに固まっている。ちょうど自分が立っている場所も鳩が固まっている場所だった。

「そ、うわっ! もう何!?・・・怖いですよっ」

 答える間にも彼女の足元を鳩が通り抜ける。最後には逆ギレ状態で叫ばれた。けれども見返してきた目には涙が浮かんでいる。

「・・・大丈夫だから」

 ため息まじりに早く帰ろうと彼女を促した。しかしその声が自分でもびっくりする程に穏やかで。

「うー、あ゛ー。髪にふわっ、て風がぁ・・・」

 もうこうなったら本当に子供に見えて。大人として付き合える、なんて言ったのは誰だ、と心内で苦笑しながら、うめく彼女の背を押して、ついでに固まる鳩たちを散らして。構内まで彼女を連れて行く。

「お前、本当に奇怪な行動すんなぁ。実行力あるし、しっかりしてるかと思えば、鳩にビビるってどうよ? ゴウさんとか見たら驚くぞ」

 あまりの怖がり様に半ば呆れながら、切符を買う。後ろにいた彼女に場所を譲って、その両手に抱えていたカタログの入った紙袋を取った。

「あー、ありがとうございマス」

 両手を塞いでいたものが無くなったので、鞄からスムーズに財布を取り出して切符を買った彼女が振り返る。

「別に隠してないですよ。ゴウさんはどうか判らないけど、聡さん知ってます。真里さんちも。・・・あ、それ」

「重いから持ってやるよ。腕に痕ついてんぞ」

 紙袋の底が当たっていた細い腕に、くっきり赤い痕が付いているのを目にする。袋を持とうと手を出したその腕を指差した。

「うあ、ほんとだ。じゃあ、お願いします」

 ふにゃ、としか形容するしかない、気の抜けた柔らかな笑みを彼女が見せる。本当に、やっぱり子供なんだな、と改めて認識して。それを向けられる今、彼女は自分に気を許しているのだと悟った。




「おー。お帰りー。京ちゃん、疲れた顔してんね」

 事務所に入って聡が声を掛けてくる。

「そんなことないですよー?」

 それににこやかに笑い返す彼女。

「鳩にビビって叫んでましたからね。そりゃ疲れますよ」

「あはは。京ちゃんまだ鳩ダメなんだ? 可愛いねぇ」

 帰りがけの出来事を暴露すると、その隣から声が掛かる。

「あー、もう。人間ひとつは苦手なものがあるんですよ。あ、ユッキーさん、HP用の写真、ユッキーさんのファイルに入れていいですか? このデジカメ、何げに性能いいからすごい大きいですよ、店長の写真」

「げ、マジで? ってかおれさ、大きさとか明るさ変えたりすんの良く分かんねーし。京ちゃん、火曜休みだっけ?」

「はい。火曜は部活なんで」

「あー。おれ、来週月曜休みだわ。んじゃ、水曜は?」

「来ますよ。でも四時過ぎですけど」

「んじゃ、水曜に他に用なかったら教えて?」

「はい、了解です」

 カタログの一部を彼に渡しながら微笑む京子に、普段聡と冗談を言い合ってばかりの彼も、柔らかな笑みを返す。彼女は誰とでも仲良く、相手の笑顔を引き出してしまう。

「うわ、お前京ちゃんと何約束してんの!?」

「いいだろう。京ちゃんのパソコン講座だ。一対一だぞ。個人教授」

「オレも混ざりたい!! ってか混ざらせろ」

「聡、水曜休みじゃん」

「っぎゃー。お前、わざとだな? わざとなんだろ? このエロ河童!!」

「何とでも言うがいい」

 得意げに笑うその姿に、聡は声を張り上げる。

「ユッキーが犯罪者になろうとしてますぅ。誰か止めて下さいぃ」

 二人の様子に笑い転げる京子。

「まあ落ち着いて。俺が見張っときますよ。市村が幸成さんに手出しされないように」

「ああ? 佐山じゃダメじゃん。余計危ねーだろ。京ちゃんが毒牙にかかるっての」

「大丈夫ですよ。卒業したら聡さんの所に永久就職ですから。ね?」

 さらりとそう言って、彼女は踵を返す。部屋を出る後姿を見送って、何故か幸成と聡と、三人で目が合った。

「・・・今の本気か? なぁ、マジ?」

 ごくりと喉を鳴らして聡が言った。

「冗談に決まってるっての。うーん、あれは本気で学校でモテまくってんな。ぶいぶい言わせてんじゃねーの?」

「ぶいぶいって・・・古いですよ、それ」

「うるせっ」


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