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 竹を連ねて作られた囲いの奥から、見知った顔の男が恥ずかしげもない大きく手を振っていた。

「おー! 真里さんっ、こっちこっち!!」

「うわ、あんた他のお客さんの迷惑だからやめなさい!」

 大声で名前を呼ばれた彼女は早足で彼の元へ歩いて行って、その頭を軽くはたく。席へと案内してくれた店員の女性が笑いを噛み殺しているのが視界に映った。

「お疲れ様でーす」

 沙紀と声を合わせて座敷へ上がる。囲いで仕切られた空間の真ん中に、掘りごたつ式のテーブル。すでに自分たち以外の今日のこの宴会のメンバーは揃っているので、手前に三つ残された席へと素早く座った。あちこちから飛んでくる挨拶に答えながら、周りを見回すと総勢八名。本当に全員が若手の社員だけで、しかも自分たち以外は全員男だった。

「みんな揃ったから飲み物注文するよー? つか、やっぱ一杯目ビールっしょ。な? あ、野口さんは車?」

「うん、車だよ。っていうか皆どうやって来たの?」

 この店は駅のすぐ傍なのだが。会社から歩くと十分はかかるので。自分たちより早く到着している彼らは一体どうやって来たのかと疑問は当然わきあがる。

「三台に分乗してさ。代行頼むから大丈夫!」

「うわ、お金あるねぇ。私はもともと飲めないから。カルピスでいーよ。京ちゃんは?」

「京ちゃん飲めるの? サワーでもいっとく?」

 幹事の男がにこにこしながら聞いてくる。けれどもここでアルコールを飲むのは良くないだろうと判断して、にっこり笑顔を返した。

「いえ、やっぱ未成年なんでー・・・ウーロン茶かな」

「えらいえらい」

 右隣の真里が頭を撫でてきた。残念そうな顔を見せた男にもうひとつ笑顔を送る。

「んじゃ、生中六個とカルピスとウーロン茶、お願いします」

 へら、と笑顔を返してから、脇に控えていた店員にそう言って彼は座り直す。

「代行っていくらぐらいすんの?」

「タクシーの1.5倍位っすよ」

 真里の言葉に奥の方から答えが飛んでくる。それに嫌そうに顔をしかめる彼女。

「うっそ。あんた達信じらんないっ。歩いて帰りなよ。タクシー乗るのも贅沢なのに、1.5倍って何!? その給料こっちに回しなさいよ」

「ねえ」

 沙紀がうんうんと頷いて同意すると、彼は苦笑する。

「いや、だって明日の朝、出勤するのに車いるんすよ」

「そうそう。でも代行頼むのはオレとこいつとユッキーだけだし。佐山とゴウさんは歩きだよ」

「ふーん。あ、佐山は今実家に戻ってんの?」

「あー。いや、去年兄貴が二世帯に建て直して引っ越してきちゃったんですよ。なんで、実家に俺の部屋なくて。今、一人暮らし」

 真里の突然の問いかけに顔をこちらに向けて話し出した今日の主役の彼は、笑顔を浮かべる。

「あはは、可哀想に。じゃあ、今どこに住んでんの?」

「桜通りに新しく生協できたの判ります? あの近くのマンション」

「へえ。いい所住んでるねぇ」

「あ、それねー、おれが薦めたんですよ。七階の角部屋で日当たりも最高、二LDK。共益費、駐車場代込み、スカパー付きで八万」

 奥から不動産部門の営業の一人、ゴウさんと呼ばれる男が口を挟む。

「え、マジで!? なんでそんな安いの!!」

「いや、あそこね。なんか角部屋のせいか柱が部屋の真ん中にあるし、部屋のひとつは三角形なんすよ。だから安いの」

 もう一人の営業、先ほど代行サービスを頼むと言った男が付け足す。

「ふーん。こういう時便利よね。いい物件情報素早く手に入るわ」

「まさか俺もあんないい所すぐに見つかると思わなくて。ゴウさんに感謝してます。あ、飲み物来ましたよ」

 嬉しそうに真里に言う佐山が、店員が近づいたのに気付いた。配り終わったのを確認して、幹事役の設計事務所の男が音頭を取る。

「えー、じゃあ。佐山の木船支店復帰を祝しましてー。乾杯!!」

「乾杯!!」



 アルコールを摂っていなくても、飲み会の席というのはその場の雰囲気が楽しければかなりのハイテンションになるのだと思う。沙紀を除く周りの大人たちが、中ジョッキのビールを二杯ずつ空け、その後それぞれの好みのカクテルやら酎ハイやらを一、二杯空け始めている今は、設計事務所の中で、割と仲の良い男性陣と会話をしていた。

「で? 京ちゃん卒業したらどうすんの? 東高って何げに進学校だろ?」

「んーまあ、七割位は大学行くみたいですけど。私は専門かな。インテリアコーディネーターの資格取って、それでこのまま就職したいです」

「おー、でもそしたら卒業した後、バイト辞める?」

「あ、家から通える学校に行きたいんで。このままバイトでいれたらいいなーって」

「「えらい!!」」

 目の前の二人の言葉が重なる。設計事務所のこの二人は、名字が佐藤と同姓で、入社時期も同じの同期で。いつも仲が良い。お互いにユッキー、聡、と呼び合い、周囲にもそう呼ばせる。双子のようだと真里がいつも言うのだが、このユニゾンぶりを見ると本当にそんな気がしてくる。

「ま、オレの所に永久就職でもいいよ」

「うわ、お前親父くせー。今の絶対引くって」

「卒業したら考えますね」 

 ほろ酔いの彼らに適当に返して笑いを見せる。すると斜め前から騒ぐ二人を抑えてゴウが話に入ってきた。

「京ちゃん、あしらいが上手いね。学校でもそんな感じ? 良く告られるでしょ。彼氏いないの?」

「はあ・・・今はいないです」

「それって好きな奴がいるから? それとも理想の男がいないから?」

「おー、ゴウさん、突っ込みますねぇ。でもおれも京ちゃんに彼氏がいない事が気になる、何で?」

「えぇ? だって特に好きな人いないし。別に彼氏が必要って訳でもないですし。告白されても気持ちが動かないって言うか」

「マジで!? うわ、考えられねー。オレなんか高校生の時、どうやったら彼女ができるかばっか考えてたし!」

「おれも! 京ちゃん、今時の女子高生って感じじゃないねー。ルーズソックスはいてないし」

「いや、なぜかウチの学年だけ、結構厳しいんですよ。はいてたら速攻没収です。それで親に連絡、裸足で帰宅」

「すげー。裸足かよ。面白ぇ」

「男子もね、腰パンやってたら問答無用でベルト締められて、挙句の果てにシャツまできっちりぴったりベルトイン。で、授業中椅子の上で正座して授業を受けるんです」

 大笑いする二人に更なる情報を与えて笑わせてみる。けれどもゴウだけは少し笑ってまた口を開いた。

「京ちゃん、乗せるの上手すぎ。本当に女子高生? なんか騙してるだろ」

「騙してないですって。もう、ゴウさんだって制服着てるの見てるじゃないですか」

「実はコスプレとか?」

「ゴウは絡み過ぎっ。そこら辺にしときなさいよ」

 高校時代の校則の話で盛り上がる二人はもう完全に話の外で。ゴウの質問に答えていると真里が輪の中に入ってきた。

「いやー、だってねぇ。十七歳? にしては大人びてんなーと思って」

「ふふん。まあね」

 煙草に火をつけてこちらを見やる彼の目は少しの驚きと好奇心。真里が得意げに頷いて見せた。

「彼氏いないなら、今度おれとデート行く? 高校生と行くよりかは幾分お金の心配はないかもよ」

「んー、考えときます。奢りなら行くかも」

「おう、任しといて」

「ゴウさーん。ゴウさん高校の時変な校則ありました?」

「あー、あったあった。おれ、男子校だったからさぁ」

 校則の話題に引っ張り込まれた彼は、そちらに目を向けて話を始める。隣に座り直した真里が微笑を浮かべて口を開いた。

「まあ、ゴウならいっか。あ、佐藤兄弟に変な事言われなかった? 大丈夫?」

「全然平気ですよ。面白いし。伊藤課長のモノマネ、最高でした!」

「あはは。あれはねぇ。本人知ったらびっくりするわ」

「真里ちゃん、そろそろ帰る? もう九時過ぎたよ」

「そうねぇ、お腹もいっぱいだし」

 携帯を手にした沙紀が奥の席から戻ってきた。家にいる旦那と話していたのだろう。

「お、真里さんち帰る? 野口さんの車で帰るんすよね?」

 沙紀の後ろから佐山と営業の一人が顔を向けた。それに気付いて幹事役の聡が引き止めるそぶりを見せた。

「えー、もうちょい居て下さいよ。ヤローだけになっちゃうじゃないですか。まだまだ宵の口ですよ」

「明日仕事だし。沙紀に送ってもらうんだから帰らせてよ」

「そうそう。京ちゃんもお母さん達心配しちゃうしね」

 帰り支度をしながら答える二人に仕方なさそうに頷いた彼は、ポケットから飴をいくつか取り出して手渡してきた。

「へーい。んじゃ、気を付けて下さい。っとその前に金払っていって下さい。京ちゃんはいいよ。おれらの奢りね。あ、これ、おれの気持ち」

「あんた、どこからくすねてきたのよ」

「さっきトイレいった時にレジにあったから貰ってきたんですぅ」

「あはは、聡さん面白いし。あ、ご馳走様でした。おいしかったです」

 会費を払う二人を目にして聡と座敷の奥の男性陣に頭を下げる。

「京ちゃん、また来てねー。奢るから」

「ちょっとぉ。それなら私らにも奢りなさいよ」

「オレらより大人は駄目でーす。あ、あと既婚者も」

「こらっ、あからさまに歳の事言うなっ」

「あー、すいませんねぇ」

 がやがやと騒がしい中を、手を振る笑顔の彼らにもう一度お礼を言って店を後にした。


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