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「失礼しまーす」
「お、京ちゃん。早いねー。って、今日は始業式か?」
「うわ、すっげ懐かしい響きだな、それ」
三時のお茶をお盆にのせて。設計事務所のエリアに入る。騒がしい若手の社員の間を順番に歩いて湯飲みを置いていく。さりげなく部屋の中を見て、奥の課長席で見慣れない男性がパソコンの画面を指差してあれこれ説明しているのを確認した。
背丈は180cm程。短めのすっきりした茶色の髪。鼻筋の通ったきれいなラインの横顔に、薄いグレイのシャツと紺色の細身のネクタイ。
これはなかなか。確かにかっこいいかな。
中の上。派手すぎず、かといって地味でもない。適度なお洒落の程も伺えてそう判断した。お茶をあらかた配り終えたので室内のほとんどが休憩モードに入ったのが、ようやく熱心に話を続ける二人に伝わったようだ。課長が顔を上げてこちらに目を向けた。
「お疲れ様です。今日のおやつは豆おかきですよ」
「お、ご苦労さん」
肩をもみながら笑顔を浮かべる彼に癒しスマイルを送って、湯飲みをデスクに置く。
「市村さんは初めてだな。こいつがウチのホープの佐山。まぁ色々噂をお姉さん方から聞いているだろうけれどね」
「はい、木船支店の若様、だって、皆さんが」
年配の彼が発した、ホープ、という表現に笑いそうになって。それを利用して、ここでもうひとつにこやかな笑み。そして長身の彼を見上げてから頭を下げる。
「はじめまして。アルバイトの市村です。休日はだいたい生活雑貨のブースでレジをしています。平日は各部門のお手伝いをさせていただいてます。何か雑用のある時は気軽に言って下さい」
「ああ、よろしく。佐山です」
少し笑って向こうも頭を下げる。お盆の上にひとつ残ったエキストラの湯飲みを見やってまた口を開いた。
「それ俺の? あそこに置いといて。平岡さんの横」
「はい。あ、いつでもいいのでご自分のお湯飲み用意して頂けますか」
「うん」
用がないならもう帰れば?
そんな視線を感じて踵を返す。言われた通りの机に湯飲みを置いて扉に向かう。きれいに整頓された机を見てA型だと瞬時に判断。
「京ちゃん、京ちゃん。明後日さ、佐山の歓迎会あるけど来る?」
通り過ぎたその机の周りから声がかけられた。
「あさって、ですか」
「うん、おいでよ。京ちゃん、あんまりこっちの飲み会来てくんないじゃん」
「そうそう。あ、会費はもちろんお兄さん達が奢るから」
「明後日のは俺らだけの歓迎会だからさ。上の人達、来ないよ。若い奴らだけ。韓国焼肉。どう?」
年配の人が混じる飲み会は、どうも苦手だった。酔った親父がくどくどと話し出す。もちろん面白くて尊敬するおじさん達もいるのだが、お酌をして回らなければいけないのが嫌で。女の人達の個人的な食事会や飲み会には良く行ったが、社内のイベントはあまり行かなかったし、明らかに合コンらしき飲み会に誘われたのも断っていた。
「野口さんと真里さんも行くってさっき言ってたよ」
奢り。韓国焼肉。親父ゼロ。仲のいい先輩二名。
「あーじゃあ行きまーす」
「おお、やった」
小さな盛り上がりを見せた彼らに笑みを返して部屋を出た。
もともと賑やかな会は大好きなので。本当に楽しみで足取りも軽く隣の生活雑貨ブースへ戻る。
「どうどう? かっこよかったでしょー」
ドアを開けるとその飲み会に参加する予定の先輩が、待ち構えていた。
「え、ああ、はい。確かにかっこいいですねぇ。でも仕事中に邪魔されるのは嫌いみたいですね。伊藤課長とのお話中断させちゃって、なんか嫌そうな雰囲気でした」
率直な感想を述べると、ちっ、と目の前の顔が舌打ちをして眉をひそめる。
「相変わらずオンオフ切替早いヤツね。京ちゃんの美少女顔でもダメだったか・・・。で? 明後日の飲み会誘われたでしょ?」
「奢って下さるみたいなんで。真里さんも行くって聞いたし」
「よしよし。きっとあいつらガツガツしてくると思うけど。この真里お姉さんがいるから大丈夫だからね」
頭をなでられてついでに頬にキスをされる。彼女は日本人の割にスキンシップが激しいので、初めの頃は驚いていたが今ではもう慣れた。最近はお返しのキスをするという技も覚えて、ますます彼女に可愛がられる。色々と良くしてくれるし一緒にいて楽しいので、彼女のことを何かと頼りにしていた。どうやら自分が普段友人の緋天を可愛がるように、彼女の愛でる対象になっているらしい。
「あ、でも気になるのがいたらすぐ言ってよ。協力するから。京ちゃんならすぐ落とせるよ」
「んー、でも大人は高校生を相手にしない気がする」
「そうかなぁ。あいつら見てるとそんなのおかまいなしな気がするけど」
自分から見たら真里やこの職場の人々は完全に違う種類だと感じる。働いて生活している完全な大人。だから恋愛対象として見るなんてとても考えられないのだ。
「ま、いいか。じゃあしばらくはアタシのモノでいなさい」
「はーい」
楽しい学校生活、充実したアルバイト先。
自分の生活はもしかしたら、若様の彼よりも、実は恵まれているのかもしれない、ふとそんな事を思いついて。そして、ちょっぴり顔がにやけてしまった。