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「・・・その、木船支店の若様、ってやめませんか?」


 まだまだ日差しのきつい午後一時過ぎ。

 久しぶりに再会したこの木船支店の先輩達と昼食をとり、店舗へと戻る車の中で。約一年半前の冗談でつけられたそんな通り名を、今でも彼らが笑いの種にするのでさすがに恥ずかしく、そう口にした。

「いいじゃん、別に。人気者だよ、お前。実際お前が研修に行った支店の人と連絡すると必ず聞かれるぜ。そちらの若様はお元気ですか、ってな。んで、今はどこそこにおります、って教えるとさ。いつそちらに戻られるご予定ですか、って聞かれて。その後必ずさ、もし決まってないなら是非うちに頂きたい、って言われるんだから」

「そうそう。なんか俺らが追い出したみたいに思われてるんだよな」

「なー。でもようやく戻って来てくれて良かったよ。お前が担当したお客さん、今でもたまに来てお前の事聞いてくしさ」

「それは有難いですけどね。でもその名前はもう言わないで下さいよ。こっ恥ずかしいんですから」

「まあそう言うなって。女の子達もすっげえ興味津々だしさ」

「って言うか、俺がいた時、女性はみんな既婚者か彼氏がいた気がするんですけど。女の子自体少ないし」

 今朝、朝礼で着任の挨拶をした時の顔ぶれは、以前と少しだけ変わっていたが、女性一人を除いたら全員が知ってる顔だった。

「ああ、そういやそうか。お前が知らないの野口さん位か。つっても野口さん、結婚してるしな」

「あ、でも京ちゃんいるじゃん」

「おっ、そうだな。京ちゃんはいい子だぞー」

「誰ですか、それ。朝、俺が確認した知らないメンバーって、多分その野口さんですよ」

「バイトでさ、一人いるんだよ、女の子。すっげかわいいぞ。多分、今日も来てるはず」

「へぇ。先輩たちがそう言うならよっぽどですね。期待しときます」



 入社したのは約二年半前の四月。

 実家はこの木船市で、父親は設計事務所を経営していた。建築一家とでも言うのだろうか。兄も自分も当たり前のように大学は建築科を専攻して一級建築士の資格を手に入れた。親子三人建築家だ。けれども家を継いだのは兄なので。自由な自分はこの会社に就職した。

 本当に偶然なのだが、ひと月の研修を東京本店で終えた後、五月にこの木船市店がオープンするという事で、普通ならそのまま本店で研修として業務を続ける所を、地元だからと社長に言われ、同期と離れ一人で一年間ここで過ごした。初めは何故自分だけが、と思ったものだが百戦錬磨の先輩たちに交じり、オープニングスタッフとして一から店舗を支えるのはとてもやりがいがあった。いきなり前線で忙しく立ち回っていたせいか、東京の同期とは違う面から仕事を覚え、いつのまにかデキる新人と持ち上げられ。それで特別に三ヶ月感覚で他店で勉強させてもらう機会をもらい、四つの支店を回った。今年の四月から昨日まではまた東京本店で研修を兼ねた期間を過ごし。そしてようやく、正式な人事異動でここへと戻ってきたのだ。

 二ヶ月前、社長直々にこの配属発表を聞かされた時は、正直、やっと落ち着ける、という喜びに小躍りしそうになった。色々な所を回るのもかなり充実していて、仕事は楽しかったのだけれど。もう二年以上もそんな生活を続けていて、最近はどこかで落ち着いてゆとりを持って仕事をしたいと思い始めていたので。それが自分の生まれ育った地元なら尚更嬉しく。実のところ、今朝は高揚する気分を抑えて、見知った人々に着任の挨拶をするのがとても大変だったのだ。





「っつーかさ、前から疑問に思ってたんだけど。お前、あちこち移動しててさ、彼女よく我慢できたよなー」

「あっ、それはおれも思ってた。お前はもてるしなー。やっぱ不安だろ」

「・・・俺、今彼女いませんけど」

「「はあ!?」」

 いきなり別の話題に、自分の彼女の話になり、正直に答えると先輩二人は後部座席で同時に声を上げる。

「ここにいた頃は彼女いただろ。週末よく出かけてたよな」

「携帯で待ち合わせの約束する会話、聞いたことある」

 口々に過去の自分の行動を並べ立てる二人に呆れてしまいそうになっていると、運転席でハンドルを握る先輩が、くっ、と笑い声を漏らした。

「・・・お前ら。知らないのか? 佐山は誰か特定の女と長続きした事はないぞ。適当に見繕っていただけだ。少なくとも、ここにいた時は。そうだよな?」

「・・・・・・平岡さん。よくご存知で」

 右隣で笑うこの先輩は、いつも落ち着いていて。一歩引いて周りを見守るタイプ。仕事もできるし尊敬しているのだが、たまにその言葉にどきりとさせられる。物事の核心をつくからだ。

「マジで? さっすが我らの若様!! もてる男はつらいね!!」

「すっげー。おれもそんな事してみたい!」

「そんなモテませんって。すぐ振られますし。今は正直仕事の方が面白いですよ」

 これ以上つつかれたくなかったので、そう苦笑してみせる。

「ふーん。んじゃ、今日からビシバシ指導してやっか」

「よし、パシリな。出来のいい後輩がいると便利だなぁ」

「・・・お手柔らかに」

 軽口を言い合って笑いがこぼれる。

 気の知れた仲間と仕事ができる事に充足感を覚えて、一度こぼれた笑みは店舗に着くまで消える事はなかった。


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