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「あ、京ちゃん。文化祭っていつやるの? 今年も遊びに行っていい?」

 生活雑貨ブースの閉店時間を迎えた所で、今日のバイトは終了。休憩室で甘い缶紅茶を口にしていると、帰り支度を終えた沙紀が通りすがりに声を掛けてきた。

「っあ!! 今年はオレも行きたい!! すげー楽しそう」

 ちょうど自販機の前に立っていた聡もその言葉に反応を見せて、こちらを振り返る。がこん、という缶の落ちる音がそれを追いかけた。

「来月の二週目ですよ。ちょうど三連休で土日が一般公開です」

「去年もすごい人だったもんねぇ。何であんなに人気なの?」

 たかが高校の文化祭。けれども地元ではかなりの人気イベントでもある。毎年の集客率と、その売り上げは他の高校の比にならないらしい。

「なんていうか、あれですよ。エンターテイメント性を可能な限り追って、人々の心を掴む、っていう方針を十年位前の生徒会が全面的に打ち出したんですって。それで毎年、去年よりいいものを、って追い詰める結果、しっかりしたルールとトラブル対策のマニュアルが確立されたそうです」

「へぇ~。なんかすごいよねー、高校生のパワーって。確かに去年、やたら接客態度が徹底されてるなー、って思ったんだけどね」

「京ちゃんはなんかやるの?」

「あー、調理部の方で、大量にお菓子作らなきゃいけないのと。あと、クラスの出し物で、劇みたいなのやります」

「え!! マジで? 京ちゃん何役!?」

「私はほとんど意味ない役ですよ。主役はパフォーマンスする男子ですから。ただそれを座ってにこにこ見てるだけ」

「でも見に行くよー。真里ちゃんと二人で行くから」

「オレも連れてってよ~。多分ユッキーも行きたがるし」

「そうだねぇ。今年は皆で行こっか~」

 にこにこと頷く沙紀に、聡が大げさに喜んでみせる。あまり期待されても困るのだが、来てくれるというのは純粋に嬉しい。

「じゃあ、パンフできたら持ってきますね。事前に言えば、優待券買えるイベントもありますから」

「あー、オレ、そういうのすげー久しぶり。なんかわくわくすんなぁ」


 出てきた清涼飲料水の缶を振って、聡は嬉しそうにしながらプルトップを空ける。ごくごくとそれを飲み始めた彼に目をやって笑い、沙紀は肩にかけたバッグを直して手を振った。

「じゃ、帰るねー。京ちゃん気をつけてね。お疲れ様~」

「はーい。お疲れ様でした」

「お疲れー」

 いそいそと裏口へ向かう後ろ姿に声を掛ける。今晩は外で旦那と食事をするのだと言っていたのを思い出して、少々羨ましくなった。

「ん、市村? 今、帰りか?」

 聡も同じ事を思ったのだろうか。二人で沙紀を感慨深げに見送っていると、背中に声が掛かる。その呼び方をする人間は、ここには一人しかいないし、少し疲れの混じったその声の持ち主が誰であるか、すでに頭が覚えていた。

 まっすぐに自販機に向かい、無糖のコーヒーを買う彼に聡が笑う。椅子から半分ずれ落ちそうな位に、だらりと座った聡の顔に初めて疲労の色が見えた。自販機のすぐ傍のソファに、佐山も勢い込んで座る。

「なんか・・・二人ともやたら疲れてません?」

 今日はずっと生活雑貨ブースにいたので、一度も設計事務所の方に顔を出していなかった。二人してここまで疲れているというのは、何かあった証拠ではないだろうか。

「・・・何があったんですか?」

 そっと声を出してみると、二人は顔を見合わせて苦笑する。

「佐山さん、疲れてるのにブラックは胃に良くないですよ」

 続けて言ってみると、佐山は笑って。口につけていた缶をスーツにこぼさないように遠ざけた。聡は完全に噴出してしまい、口元を押さえた。

「なんかお前、あれだな。鋭いっつーか」

「バレバレですよ。聡さんもいつもより二割増しでハイテンションだし」

 大して面白くもないのに、まだ笑い続ける大人二人はまた視線を合わせる。それから聡がようやくそれを苦笑に変えて、口を開いた。

「なんかさー、もう施工に入ってる家でね。奥さんが初めと設計プランが違う、って言い出してさ。そのお客さん、かなりわめき散らして帰ったから、もうオレら、精気吸い取られてボロボロなんだよ、今日」

「ええ!? それでどうなったんですか!?」

「こっちもちゃんと確認入れてるからさ。向こうが思い違いしてるのが本当なんだけど。結局工事の方、ストップさせたんだ。で、あちらのお望みのままにプラン立て直し」

 それがどの段階か判らないけれど、施工に入ってしまっていたなら、それはかなりの痛手だ。実際ストップさせてしまったのだから、建設を請け負っている会社にも迷惑がかかるのは必至で。資材も変更があるなら、その後処理も大変なのに。

「今日は残業ですか?」

「あー、まあね。でも一番可哀想なのは幸成だよ。あいつの客だからさ。こっちのミスではない事は、客も認めてくれたとはいえ、やっぱり気に入らないから、やり直してくれの一点張り」

 ふいに真面目な顔になり、聡は嘆息する。いつものようにユッキーと呼んでない事からして、その深刻さが伝わった。きっと幸成は今、休憩も取らず仕事をしているのだろう、と容易に推測できた。

「お前も用無いなら早く帰れよ。夜道は危ないぞ」

「はーい」 

 少し重くなった空気を払拭しようとしてか、佐山が明るい声を出す。

「何かお前、いつのまにか京ちゃんと仲良くなってんな。無性に腹立つ。このムッツリスケベが」

「何でですか、普通ですって。しかも俺、ムッツリじゃないですから」

「ああ? んじゃ、何だってんだよ?」

「正常です。別に隠しもしないし」

「っけ。これだから若様は」

 疲労ゆえのハイテンションだからか、微妙に熱を帯びてきたその会話の途中で、今日のカバンの中身を思い出した。

「あっ! ちょっと待ってて下さいね!?」

 言い置いて、自分のロッカーがある、更衣室へと走る。カバンから、黒の紙箱を取り出して、急いで引き返した。

 怪訝な顔で自分を見る聡に箱を渡す。

「はい。疲れた時には甘いものが一番です」

 黒一色に金色で横文字が型押しされた、少しお洒落なその箱の中身は。最近発売された新作のブラックチョコレート。値段が高めなこのチョコは、上質な素材を使って、大人をターゲットにしている。だから箱も丈夫で見た目にも惹かれるものがあり、それで今朝、コンビニでついつい手に取ってしまったのだ。学校で友人に分け与え、まだ半分程中身が残っていた。

「結構おいしかったですよ。幸成さんにもあげて下さい」

「うぅ、兄さん涙が止まらないよ・・・」

「・・・お前、そのうちストーカーに狙われるぞ」

 一瞬ぽかんとしていた二人に、癒しスマイルを送ってみると、聡は袖で目元を拭ってみせて、佐山は冗談混じりにそう言う。

「あ、そうだ。佐山さんも文化祭来る?」

「いきなり話変わるな」

「京ちゃん、若様は文化祭に行くくらいなら、彼女と楽しく遊ぼうという人種だよ」

「うわー、そうなんだ」

「何の話ですか? 温厚な俺も怒りますよ」

「京ちゃんの学校の文化祭。なんかここらで有名らしいよ」

 飲み終えたスチール缶を弄びながら、聡は、ねぇ、とこちらに笑みを浮かべた。

「あー、俺も高校の時、遊びに行った事あります。確かになんか規模がでかくて毎年人気ですよ」

「オレらみんなで行くんだ。お前も来る?」

「市村は何すんの?」

「クラスで劇と、部活で売店です」

「何役?」

 先程と同じ問答を繰り返す。

「ただ、にこにこ笑ってる役です」

「ふーん。んじゃ、行くか」

 真顔で頷いて、残りのコーヒーを一気に飲んで。それをゴミ箱に投げ入れると、彼は立ち上がる。

「・・・なんか意外。佐山さん、絶対混んでる場所嫌いそうなのに」

「別に嫌いじゃないよ。あ、ゴウさんも行きたがると思いません?」

 肩を抑えてほぐしながら、こちらも不思議そうな顔をしたままの聡にそう問いかける。

「あー、そうだな。明日聞いてみっか。ってか、お前の目的何?」

 聡は我に返った様子で言葉を返して、それから訝しげに目を細める。それにニヤリと笑ってみせて。

「純粋な興味ですよ」

 そしてすたすたと休憩室を出て行ってしまう。取り残された身としてはこの上なく謎で。聡と目が合った。

「なんか、たまに佐山さん、二重人格っぽいですよね?」

「ああ! 京ちゃん、うまいこと言うね。ほんとそんな感じだよ、あれ」

「んー、疲れてるのかな。聡さんも無理しないで下さいね? それで、糖分補給して下さい」

 チョコの箱を指差すと、へら、っと笑顔を見せる。

「じゃあ、お先に失礼しまーす」

「おぅ、気をつけてねー。お兄さん、京ちゃんのその笑顔と、このチョコで三日は徹夜できそうだよ」

 空の缶を、佐山と同じようにゴミ箱に放り込んで。聡の冗談を背中に受けて、部屋を出た。



 文化祭でのクラスの出し物。

 自分の演じる役を詳しく説明してしまえば、大人達は引いてしまいそうな気がして。なぜか黙っておこうという気になった。

 客観的に考えて、この出し物は観客を集めてくれるだろうと確信が持てるのだが。お前がやらなきゃ人寄せができないんだ、他に適任なんているわけがない、とクラスメイトに言われて引き受けたのは。この役柄を純粋に面白がる自分と、今は付き合ってる人も好きな人もいないんだから、という軽い気持ちから。


 それでも真顔で遊びに来る事を告げた彼に、何かしら後ろめたい気がするこのおかしな感覚は、一体何なのだろう。


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