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つんと鼻の奥からこみあげる、独特のその感覚にじわりと涙が浮かび上がった。そうならないようにと危険を承知で目線を上にして、手元を見ずに包丁を動かしていたのに。
どうやらさっき買ってきたばかりのこの玉ねぎは、かなり強いものらしい。むわっと香りが充満して、もう我慢するのも限界だった。次々あふれ出てくる涙と鼻水を拭こうと、半分目をつぶりながらティッシュを取りにリビングの方向に歩き出した。
早く帰ってこないかな、と。
鼻をかんでから、ふいに切なさが込み上げた。一週間出張に行っていた彼氏に、ようやく今日会えると食事の支度をしながらわくわくした気分でいっぱいだったのに、急に訪れたこの切なさは一体何なのだと、自分で自分の心が分からず首をひねる。
昨夜、緋天を迎えに来た蒼羽と、そのいちゃいちゃを目にしたせいだろうか。ぎゅう、と思いきり抱きしめて貰いたくておかしくなりそうで。
窓の外は相変わらずのいいお天気。今はエアコンが効いていて分からないけれど、ここにくる時もかなり暑かったし、一番はご飯よりもお風呂に入りたいだろうな、と思い至る。お湯を張っておかなきゃ、とティッシュをゴミ箱に放ってから一人、つぶやいた。
かちゃり、と静かな金属音。次いでどさ、と荷物を置く音。
「ただいま」
「・・・あ」
低い、疲れが混じったその声に体中を電気が走って、思うように声が出なかった。予想よりも彼の帰りが大分早かったのと、嬉しいはずなのに体が動かない事に戸惑って。
「・・・京子?」
トランクを玄関に置いたまま、反応しない自分をいぶかしんで彼が急いで靴を脱いでリビングに入って来た。
「何で泣いてるんだよ!?」
「違うよ、これ玉ねぎ」
怒り口調で顔を覗くその様子に、こみ上げる笑いを抑えながら何とかそう答えると、目の前の顔もくしゃりと笑顔になる。
「お帰りなさい、亮佑さん」
「はい、ただいま」
お互い笑いをこぼしながら、ちゅ、と唇が触れ合う。
「ごめん、こんな早いと思わなかったから。全然仕度できてないよ」
「いいって。俺もこんな早く帰れると思わなかった」
背中に回された手に力が入って荒々しく唇を塞がれた。抗議をする間もなく息が上がってしまい、全身の体重を預けてしまう。満たされて軽いため息をついたら、抱き寄せられて耳の上で声が響く。
「・・・二週間の禁欲生活に終止符を打ってくれる?」
「っ、んぁ」
答えなんか聞くつもりないくせに。
再開された深いキスにもう言葉を返せなくて、抱き上げられて寝室に運びこまれるのを、大人しくされるがままにして。
どこかで待ちわびていたその上から降ろされる熱い視線を受け止めた。