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断罪と共に響く声

逃げて――しまった。


「はぁ…はっ…………」


人気のない道を選んでひたすら前に進む。

この両腕に抱きかかえるのは、停止してしまった彼女。

ずっしりと感じる人の重みをかみしめながら、ただ走り続ける。


刑務所を逃げ出すのは簡単だった。

俺は模範囚として評価されていて、しかも彼女と俺の関係について深く知る看守たちは俺に同情してくれていた。しかも、明日出所する人間だ。脱獄するなど誰が予想できようか。


走って、走って。心の中で許しを乞う。

気が付いたらさびれた工場が並ぶ場所を、ただ走っていた。

月が夜空の中心から少しずれた位置にまで来たとき、見覚えのある男が俺を待っていた。


「やぁ、ハジメくん」


「所長、さん……だったよな」


「いっやだ~、覚えておいてくれたんだね。めちゃくちゃ嬉しい~!」


スーツをびしっと決めている真面目な風貌の男性が、くるくるその場で回転する。


「とっても嬉しいな。このまま刑務所に帰ってくれたら、もっと嬉しー」


「それは……できない」


彼女を抱きしめながら、俺は首を振る。

ぴたりと男は回転を止めると、にんまり恐ろしいほどの満面の笑みを浮かべた。


「ねぇ……ハジメくん。これが、なんだかわかるかい?」


男はポケットから緑色の液体が入った小瓶を取り出した。

軽く揺らしながら、もったいぶった調子で告げる。


「これねぇ……『時戻り』の治療薬なんだってさ」


「なっ……」


俺は言葉を無くす。


「そんなものが……でも、俺たちの病に治療法はないって」


「君の病気、『黄泉がえり』の寿命換算法がみつかったじゃな~い。医学は日々進歩しているっ! ……でも、まだ未完成でね。数時間しかもたなくて、しかも一回しか使えない。だけどさ~、これだけあれば十分なんだよねっ」


男は小瓶をポケットに再びしまうと、代わりに取り出したのは――拳銃。


「さっきの戻って来てくれたらうれしいなっ、て言ったのはうっそ~ん。ハジメくん、ここで一度死んでもらうね」


途端、響く銃声。

俺は紙一重でかわすと、彼女をそこにあったコンテナーの後ろに男から死角になるように寝かせた。


「さっすがだね~。武術やら格闘技、己の体を武器にする業において天才だと、有名だったことはある。じゃあ、次はこれかな」


男はさらにもう一丁拳銃を取り出し、構える。

二丁の拳銃の矛先が、俺に向けられている。


「くっ」


俺は次々に放たれる弾丸をすれすれでかわす。

かわせるが、近づくことができない。男の射撃の腕はかなりのものだ。


「まずは頭をつぶそうか。そのあとは腕、足……かな。そこまでしたら蘇るのに多少時間はかかるでしょ」


「どうして! 俺にこんなことをしても無意味……」


「意味はあるよぉ。旦那さまはね、君に悲惨な末路を送ってほしいんだって」


一瞬、動揺してしまった。

弾が、腹に当たる。


「ぐふっ」


血を吐き、腹を押さえながら俺は尋ねる。


「旦那さまって……まさか」


「そう君の主であるミユお嬢様の父君。篠崎家の当主。そして……僕の主」


「!」


男の口調はいつのまにかおちゃらけたふざけたものじゃなく、どこか淡々とした冷たい響きを持つものに変わっていた。


「旦那さまから僕に下された命令は三つ。一つ目は所長の地位について君を観察すること。二つ目は君を動けなくなるまで殺して、拉致すること。三つ目は、お嬢様の奪還」


その間も絶えず銃声が鳴り響く。

俺はその全てを見極め、かわしながらも声を荒げた。


「どうしてっ! 旦那様は……」


「『どうして』なんて、言える立場じゃないでしょ? 君は。旦那様の望みはね、君を暗い絶望の底へ落とすこと、そしてお嬢様とほんのわずかでもいいから話がしたいってこと」


「…………っ」


「ねぇ、いいじゃない。ずっと君はお嬢様を独り占めしてた。旦那様はどれほど辛かったろうね。だから、君を闇の奥に売り飛ばそうとしたのに、運悪く紅岬家が手早く君を救ってしまった。しょうがないから、僕が動いた。警備を手薄にして、さりげなく誘導して、ここまでお嬢様と一緒に来てもらった」


男は冷えた目で言った。


「罪人のくせに、自分の願いが通ると思っているのかい?」


その言葉に、俺は動けなくなる。

『そうだ』と頭の中で声がする。


『そうだよ。俺がミユさまをこんなにしたのに。ミユさまを愛している人たちから、彼女を引き離したのに。何度も彼女を殺したのに。自分の欲望のまま、何度も彼女の血にまみれたのに。繰り返して、繰り返して、彼女の思いを無視して。俺はすでに彼女の奴隷ではなく。俺は償うべき咎を背負った罪人なのに。なのに。逃げて逃げて逃げて――――どこに行くつもりだったんだ?』


体が震え、目を見開いたままその場から動けない。

男は一歩一歩近づいてくる。


逃げなきゃ――――


『どこに行くつもりなんだ? どこにもたどり着けないのに』


目の前まで来た男が、俺の頭に冷たい銃口を押し当てる。

なのに、俺は動けない。


「人殺しのくせに、どこに行くつもりだったんですか?」


『どこにも――もうたった一つしか、俺の居場所はないのに』


「君の行く場所は一つしかないでしょ?」


男と頭の中の声が重なる。


「『地獄だ』」


銃声が、頭に響いた。

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