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壊れた時を繰り返す部屋

豪奢なベットが真ん中に鎮座してある部屋。

テーブルも椅子も凝った装飾がなされていて、床には高級な絨毯が敷かれている。

高貴な雰囲気が漂う空間だが、ここは牢獄だ。

俺専用の。

そして、これらの調度品は全て彼女に捧げられたものだ。


「ハジメ、ハジメ、私の髪を結んで頂戴。今日は私のためにお父様がパーティを開いてくれるんだもの。うんと可愛くしてくれなきゃ、嫌だからね」


「わかってますよ、お嬢様」


俺は慣れた言葉を繰り返して、椅子に座った彼女の髪を梳る。

小さい背丈。確か、この頃はまだ俺のほうが背が低かったのに。

くだらないおままごとだ。でも、俺はまるで機械のように決まっている台詞を繰り返す。


「お嬢様……終わりました」


「ありがとう、ハジメ。うふふ、私、可愛い?」


少女は立ち上がり俺へ向くと、にっこり笑ってお辞儀する。


「はい、とても、可愛らしいですよ」


自分の声の響きが耳に入った途端、少しはっとする。

何度も何度も繰り返しすぎて、いつのまにか俺は、彼女に向ける言葉を棒読みのように言っていた。

ちらり、と彼女の顔を窺う。だが、変わらず彼女は笑っていた。

何も問題はなかった。

そうだ、そりゃそうだ……

今の彼女に俺の心なんて関係ない。

要るのは、ただ言葉だけ。


「お父様は、どんなものをプレゼントしてくれるのかしら? 見て、ハジメ。このエリーはね、私が五歳の誕生日に、お父様がくださったの。もう、大分汚れちゃったけど、今でも大切にしているのよ」


彼女はそう言い、何も持っていない両腕を俺に突き出した。

ここにはない、『あの時』持っていた熊のぬいぐるみを今でも持っているかのように、虚空を掴んでいる彼女に――

俺の胸に言葉にならないものが湧く。


「今日で私は十一歳。ふふふ、楽しみだわ。今年は何かしら?」


「去年は、何だったんですか?」


俺はもう既に知っている問いを口に出す。

でも、この言葉を口に出すと、いつも喉が渇く。

だって、


「――ハジメよ」


彼女は悪戯をするような無邪気な笑顔で告げる。


「あなたを買ったのは、私の誕生日の一か月前。どうしてもあなたが欲しくておねだりしたら、誕生日プレゼントだよって買ってくださったの。今までいろんなものをもらって、どれもこれも嬉しかったけど、あなたを手に入れた時が一番嬉しかったわ。きっと、これからもあなた以上のプレゼントはないわ」


あまりにも感動してしまって、あの時俺はもう何も言えなくなったのだ。

一介の奴隷に、こんな言葉をかけてくれる。

それが胸が苦しくなるほど嬉しくて、彼女に一生付き従うとあの時自分は何度も心の中で繰り返した。


それなのに――


あの時と少しも変わらない姿の彼女。

かたや俺は、あの時は彼女より低かった身長がぐんと伸びてしまっていて。

思い出した喜びと緊張が、胸を締め付けた。


何も知らない彼女は、俺の膝にちょこんと座った。


「ねぇ、ハジメはお父様が何をくださるのか知ってる?」


「……内緒だと、旦那様はおっしゃっていました」


「あっ、知ってるのね!? だめよ、ハジメ。あなたは私のものなのだから、私のいうことだけを聞いていればいいの!」 


彼女が頬を膨らませて俺を振り返る。

俺が次の台詞を言おうとした時――


キィ……


と、突然ドアが開く音がした。

バッと振り返ると、そこにいた男は――


「はぁい、元気してる?」


スーツを着て、黒いサングラスという容貌からは似合わない軽薄な笑みを浮かべ、ひらひらと手を振った。


「……誰だ、お前」


「そんっなに警戒しなくてもいーじゃな~い。ボクは、ただのこの刑務所の所長さんだよ。今日からだけどねっ!」


所長……、こいつが?

うさんくさすぎる。


「ふふふ~。こっわいなー、お嬢様の可愛い番犬は。おっと、そのお嬢様は止まってしまっているようだね」


その言葉に、俺はちらりと彼女を見やる。

彼女は俺へ振り向き、怒った表情のまま止まってしまっていた。

俺は男を再度睨む。


「あれ、怒った? いいじゃな~い、今日はもうここまでで。結構、進ませちゃったんでしょ?」


「……」


男の言葉に何も言えなかった。

確かに、この一晩でもう一年以上も時を進めてしまっていた。あまり早く時を戻すのはよくない。

それは、彼女を殺す日を近づけることを意味しているから。


「ねぇねぇ、ハジメくん。ちょっとこれから、デートしない?」


「……お断りします」


「そんな堅いこと言わないでっ。ボクはキミとおっ友達になりたいんだよ~。主人殺しの奴隷なんて、すっごく面白そうだしねー」


「…………」


不快な言葉を繰り返す男は、ちらりと俺の横にいる彼女を見てにやりと笑った。


「本当はお嬢様もご一緒してほしいけどさぁ、過去のキミの言葉にしか反応しない、壊れたお人形みたいな子と遊んでも楽しく――」


「――――!!」


瞬間、俺は床を蹴り――男に、飛び掛かっていた。


「ひゅー、かっくいい~!!」


馬乗りにされてもなお、男は軽薄な口調と態度を崩さない。

首に手をかけ、俺は凄んで言う。


「彼女を、そういう風に言うな……!!」


「だって、事実だもの。彼女は壊れた絡繰り人形で、キミは哀れにもこの世界につながれてしまった囚人だよ。それ以外にキミたちをどう形容すればいいの?」


「お前……」


「まぁ、落ち着いてほしいな~。結構、重要な話があるんだよ。キミと、そして特にお嬢様に関するね」


そう言われたら、俺はついて行くしかない。

渋々、男から離れると、様子を見守っていたであろう看守が手際よく俺に手錠をかける。

それを見て、満足気に男は言った。


「うん。じゃあレッツ、ゴ~だね。どこへ向かうって? そんなの決まってるんだよ。ハジメくんと、そしてお嬢様――篠崎ミユの終わった未来へ、ね」


ちょっとだけ、やっと恋愛色を帯びてきたような……「恋愛」としたのになかなか難しいです。

おかしな所長さんのように、少し狂った人を出すのは楽しいです。


次はいきなり過去話に行きます。

本作は過去と現在を入り混じらせてストーリーを紡ごうと考えています。

混乱してごっちゃにならないように、頑張ります。

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