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二人の手が針に触れる

地平線が白く、もうじき夜明けが近いのだと告げていた。

彼女は切り立った崖の上から、その美しい風景を目を細めて見ている。

彼女の横に俺はいた。その細く白い手を握って、俺は彼女の隣に立っていた。


「ごめんね、ハジメ」


全てを話し終えた俺に彼女は言った。

自分がいままでどうなっていたのか、これからどうなるかを全て知った彼女は、あの時――死を俺に命じた時とは打って変わって、穏やかな笑みを浮かべていた。


「いいえ、謝るのは俺のほう……」


「そんなことない。ハジメは私のお願いをちゃんと聞いてくれた。辛かったね。何度も何度も、私はあなたに酷いことを頼んでしまった」


彼女は俺の胸に顔をうずめる。

俺は抱きしめるわけにもいかず、ただ受け止める。


「私は本当に死にたかったんだ」


彼女は顔を隠したまま言った。


「全てが怖かった。見えていた世界が何もかも嘘で、優しさも暖かさも全部が幻覚だった。そして……申し訳なかったの。無自覚に無邪気に踏み潰してしまった人のことを思うと、もう立つことなんてできなかった。だから…………」


「俺は、それでもあなたに」


服が濡れていくのを感じる。

彼女が流しているだろう涙を思うと胸が詰まって言葉を失くす。

そのはずなのに、押し出されるように言った。


「全てから目を塞いででも、生きてほしかったです」


彼女は顔をあげて、俺を見る。

涙にぬれた顔で、小さく笑う。


「ありがとう」


かすれた声が言う。


「だから、ハジメに殺してほしかったの。全てが嘘。友達と在ったと思っていた絆も、尊敬していた父の姿も、私が思っていた自分自身もすべてが勘違いだったけど、ハジメと私にある繋がりは、この思いだけは、本物だって疑うことさえもできなかったから」


「そんなこと、ないです」


俺は彼女の言葉に耐えかねて言う。


「ミユ様が思っていたほど、世界は確かに優しくないです。だけど……旦那様はミユ様を心の底から愛していました。レイカはあなたがああなった後も、ずっと気にかけていました。この世界は酷い、でも――救いはあったんです。それを伝えることもできないまま、俺はあなたを殺してしまった」


耐えるべきだった。

彼女の心の傷を、一緒に耐え続けてさしあげるべきだった。

何が「命令に逆らえなかった」だ。

「見ていられなかった」だ。

何も……しなかったのに。


「もうしわけ…………ございません」


俯く俺の頭に、彼女はそっと頬を寄せてくる。


「ううん。そっか……私は幸せだったのにね。その幸せが怖くなって投げ出しちゃった。レイカやお父様には、本当に酷いことを…………」


そこまでいって彼女は言葉を切った。

俺の手を震えながら握り、囁くように言った。


「でも、ごめんね。また、酷いお願いをしていい?」


俺は顔をあげる。彼女はもう泣いていない。

凛とした、決意をした目で告げた。


「ハジメ……私と一緒に死んでくれない?」


「ミユ様……」


「私はもうすぐ止まってしまう。そうなったら、今度こそハジメと離れ離れになっちゃう。それは、嫌。酷いわがままだけど、私はハジメのことが好き」


「…………」


「ハジメだけがいればいいの。ハジメだけしかいらない。だから一緒に……」


強く抱きしめ、彼女の言葉を遮った。


「了解、しました」


震える声で答えると、彼女は小さく嗚咽を漏らした。

迷いはない。

過去の自分を責めるばかりだけど、現在の俺が今望むことは彼女と同じだから。

離れられなかった。

だから逃げた。だったら――行き着く先まで逃げよう。

彼女と一緒に。


「ミユ様…………」


そう呼ぶと、彼女は突然もがきだして、俺の腕から離れた。

どうしたのだろうと戸惑う間もなく、視界に一瞬彼女の悲しそうな瞳が映った途端――

彼女の全身がもたれかかってきて、唇を乱暴に重ねられた。

熱い、熱そのもののようなそれは、本当に刹那の間に確かに俺の唇に触れた。

顔を赤くして、でも泣きそうな表情で、彼女は言った。


「お願い……『ミユ』って呼んで」


今まで忘れていたかのように、心臓が激しく鼓動する。

その音に呑まれるがまま、俺は彼女を再び強く強く、強引に抱く。


「はい……ミユ」


彼女が嬉しそうに微笑んだ。

頬を紅潮させ、俺を見る瞳に吸い込まれそうになるまま――

今度は俺が、彼女の唇を奪った。

湧きおこる熱に、今まで自分自身にかけていた鎖がすべて溶け崩れていく。


世界には、俺と彼女しかいない。


その事実に、二人で笑う。

全ての幸せを手にしてしまったような心地で、手を繋いで昇る朝日を眺めた。


「ハジメ、大好きよ」


彼女は俺の手を強く握り、笑った。


「ミユ、愛しています」


俺も握り返して、彼女に誓った。


この幾度くりかえしても変わることがなかった思いを、精一杯彼女に捧げる。

胸に誓いを焼き付ける。


どこまでも、いつまでも、そばにいます。


お互いの顔を覗き込んで、笑ってを繰り返す。

口づけをかわすと、彼女は照れたように笑った。


朝日が完全に昇りきろうとした瞬間――


彼女が俺の手を引く。

俺も抵抗しないで受け入れる。


行き着く先が地獄であろうとも、ずっと二人一緒だよと最期に約束した。





カウントダウン2


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