紅い少女の訪れと変わらない日々
三年前、俺は自分の主を殺した。
俺も死ぬはずだった。
なのに、なんでこんなことになってるんだろうなぁ。
俺は生きてる。彼女も生き続けてる。
また、彼女を殺さなければいけない。
俺も、また死なねばならない。
「やめたいだろう」
刑務所の面会室。
紅岬レイカはそう言った。
相変わらずチェシャ猫のようなニヤニヤ顔だ。
派手な装飾がしてある奇抜な赤いメガネをかけ、着ているワンピースも、大量のラインストーンで眩暈がするような幾何学模様を描いているものだ。さらにその上に、魔女が着るような紺色のローブを羽織っている。
レイカの赤い髪、紅い瞳がよく似合っていたが、常識的な人間ならまずしない格好だ。
「話を聞いているかね」
レイカは笑みを崩さず、俺の反応を待っている。
俺は迷ったが、正直に言うことにした。
「やめたいね」
レイカは、俺の言葉に目を細める。
「やめたいとは、何をだ」
「全部」
「それでいいんだね」
「あぁ、いいさ」
もう、やめていいだろう?
こんなこと、何も産みやしない。
「了解した」
レイカは瞳を爛々と輝かせている。
楽しそうだ。
「私がなんとかするよ」
「どうやって」
「それは、おいおいね」
ただそれだけ言うと、レイカはさっさと帰って行った。
別れの言葉もなく。俺よりむしろ看守が戸惑っていた。
面会時間は五分もなかっただろう。
「やめたいけど、どうしようもできねぇよ……」
俺は一人つぶやいた。
政治家にも医者にも金持ちにも殺し屋にも死神にも不死者にもどうしようもできなかったんだ。
廻り続ける、トキ。
俺はさっき、レイカと会う一時間前に彼女を殺した。
八十二回目だった。
俺はついさきほど、レイカと会う五十分前に死んだ。
六百十七回目だった。
×××
慣れた手錠の感触。
看守に連れられて、俺は刑務所の奥へ、奥へと進んでいく。
今、この胸にあるのは絶望なのか?
いや、何もない。
ただ、虚ろな感情が俺の心に巣食っていた。
刑務所の最深部。そこには鉄格子ではなく、古ぼけた木の扉があった。これこそが俺の牢屋だ。
扉の両脇に立つ二人の看守のうち一人がカギを開ける。
俺を連れて来た看守は手錠を外すと、背中を押してきて無理やり俺を扉の前に立たせた。
ため息をつこうとしたが、出なかった。
仕方なく、いつものように無感動にドアノブに手をやった。
三人の看守の視線を感じる。
これもいつもと同じだ。
従順な死刑囚への憐み。幾度も俺の死を見てきた彼らは、もう俺のことをそういう目でしか見なくなっていた。
俺は最低な人間だ。
蔑まれたほうが楽だ。罵声を浴びせ、軽蔑するほうが筋だろうに。
扉を開けて、滑り込むように入ると後ろ手で閉める。
なるべく、彼らに見られたくない。
「あら、あなた可愛いわね」
舌っ足らずの少女の声がした。
視線を上げると、天蓋付の豪奢なベットに一人の少女が座っていた。
未成熟な四肢を投げ出し、幼い顔に浮かぶ微笑みはどことなく気品を感じさせた。
薄桃色の柔らかな長い髪を背中に流し、薄蒼色の瞳に少女は俺を映して言った。
「決めたわ。あなたを、私の奴隷にしてあげる」
懐かしい台詞だ。
最初の、出会いの。
絶望が胸に染み出してくるのを感じながら、俺も彼女と同じように繰り返す。
「わかりました。どうぞ、好きに使ってください」
だって、俺はいついかなる時も――。
あなただけの奴隷だから。
新連載です!
でも、これ結構短いです。
案外、すぐに終わってしまうと思います。
『魔女の~』とは雰囲気違う?ので、なんかぎこちない文章です。
感想・アドバイスお待ちしております。