8.☆ 春のツェルニー・下
そいつの瞳はまるで、
真夏のぶっとんだ青空と、どこまでも続く鮮烈な草原だ。
そいつの瞳はまるで、
冬が過ぎて雪が解けた下から、初めて出てきた草の芽だ。
春のツェルニー・下
「幟堂リナ、勝負よ!」
来た来た。
入学式でとっても目立ってた、毛逆立てた子犬みたいな女の子。
「いらっしゃい、麻川サキちゃん」
「ちゃんづけしないで気色悪い。私のことは麻川様と呼びなさい!」
おまけにすごくおもしろい。
「はいはい、麻川様。本日はどのような御用件で?」
「さっきも言ったでしょあんた実は馬鹿?決闘よ!」
(さっきは勝負っていってた気もするけど)決闘。
女の子らしからぬ言葉がぽんぽん口から出てくるのは、ある意味ものすごく小気味いい。
一年生の頃に紋高に残ってた古臭い「男女交遊禁止」の校則撤廃を公約に生徒会選挙に出馬して異例の3年間連続生徒会長、おまけに264ある校則のうち183を撤廃・改定してきたからかよく知らないけれど、なんとなく恐れられてるらしい僕にこんな口を聞く子も珍しい。
それにすごく愉快だ。いいオモチャになるかも。
「何ニヤニヤしてんのよ気持悪い」
「いえいえ、麻川様ってかわいいなあと」
「当然よ!アキにぃの妹だもの!」
「そういえば麻川様、2−Dの麻川レキの妹でもあるよね」
「あんなモン兄じゃないわ」
「(すっごい嫌われてる…)ところで麻川様は何部に入るの?」
「科学部よ」
「なんでまたそんな部費ばっかりかさむ、薄暗い部屋の中で実験ばっかしてるような部活に」
「科学部のために紋高入ったのよじゃなきゃこんな私欲と横柄でドス黒く染まってる学校なんかに来ないわ!」
あぁそっか、私立だから部費がすごいんだよね。
ふむ、以外に頭もよさそうだ。
ますますおもしろい。
「ねぇ生徒副会長やってみな」
「イヤよ」
「速いね…」
「なんでこの私があんたのサポートしなきゃなんないの」
「そっか、残念だな。副会長とかその他幹部って会長の逆指名だからめったな話じゃないし、生徒会の内部情報も知っておかないとポスト幟堂には勝てないかもしれないけど、必要な」
「誰そのポスト幟堂って」
頭はいいけど単純だね。うん、うまくひっかかった、食いつきは上々。
「あれ、きみともあろう人が知らないの?2−Bの江崎シンイチくんだよ」
「そいつ、強いの」
「さぁ…当選確実とは言われて」
「ツブす。私そいつツブすわ。だからついでに副もやってあげる。ありがたく崇め奉りなさい!」
エビでタイを釣る。
ごめんね、シンイチくん。これからがんばって。(にっこり)
「是非宜しくね、麻川さん」
「あんたとはよろしくしないわよ」
うん、でもね、
シンイチくんを潰す計画たてるのに一生懸命で、僕が呼び方変えたの気付いてないでしょ。
こんなおもしろいモノ、逃がさないから。
覚悟しててね?麻川サキちゃん。
※本日のサキの日記※
生徒副会長になった。
とりあえず江崎とかいうヤツは足蹴っといた。でも折ってはない。だってあいつ紋高の中田らしいし。
私ってば優しい。
オッサンは今日もキモかった。
おにぃは今日もさわやかでかっこよかった。
幟堂は変なヤツだけど、とりあえず下克上狙ってみる。
幟堂の瞳、右と左で色が違った。
右が青で左が緑。
まったくナリからナカまで変なヤツ。
そーいえば江崎も髪の毛黒いくせに目が緑色だった。
明日から忙しそーだ。
もう寝る。明日も頑張れ、私。
「一番気の毒なのは江崎ってヤツやな」
「兄貴、盗み聞きした上にサキの日記こっそり読んだ?」
「いんや、堂々と立ち聞きして堂々と見たんやで?」
「(へ理屈)」
「なんにしても、明日っから大変そうやなぁ」
「それは言わないべきだと思う(溜息)」
お気づきの方、いらっしゃったりするとは思いますけれど、タイトルの元ネタは“冬のソナタ”です…。
まぁ、同じピアノ教本でも“ソナタ”と“ツェルニー”はタイプが違うんですけれどね。
“春のソナチネ”とか“春のバイエル”よりも“春のツェルニー”のほうが合っている気がするという、Kの独断と偏見です。
あわれな江崎くんはどうなるのやら。