26.★ 血液型・B型 中-B
嫌な予感と言うものは、常に的中する。
血液型・B型 中‐B
「うざいよねー、なんでアキくんがホモみたいになんなきゃいけないわけぇ」
「そうそう、あんなどこにでもいそーなぼさっとした感じの」
「あ、あたしこの前アイツが鳥の死体抱いてるの見たよ!」
「うわキモっ!ヤバくない?」
低レベルな会話が空教室から聞こえてくる。
俺がそこに入ると、会話がぴたりとやんだ。
「こんにちは」
笑いかけてやると佇む同級生女子二人は安心したように曖昧な笑みを浮かべる。
「アキくん、部活終わったの」
「サッカーはまだだ。今日は早めにあがり」
「どうして?」
「迎えに行くから」
空気が僅かに刺々しくなる。
誰を、とまで言わなくてもきっとアンタたちにはわかってる。
わかってるからそんな渋い顔するんだろう。
「ねえ、アキくんはどうして男と付き合ってるの」
「男が好きなの?」
わかんないだろうね、アンタたちには。
別に分かって欲しいとも思ってないけど。
「男は、別に好きじゃない」
「じゃあなんで?」
「アイツさ、キモイよ」
「そうだよ変人だよ!」
「どうせあっちから告白されたんでしょ?」
「さっさとふっちゃいなよ」
マシンガンのように繰り出される言葉の数々を、俺は黙って聞いていた。
その態度に安心したのか、益々内容が過激になる。
「ホモは白川だけで十分だよ、アキくんまで巻き込まれることないじゃない」
「そうだよってかあいつおかしいし」
「だよねー、傷つかないじゃん」
傷つかない。
僅かに、自分の腕が動くのを感じた。
「…傷つかない?」
「そうそう、先生に怒られても平気そうにしてるしさー」
「今日だってかなりイヤガラセされたはずなのに、一人で教室にのこるしねー」
「馬鹿なんじゃん」
「はは!言えてる!」
「だからさー、そんなやつさっさとふ…」
「傷つかないってどういうこと」
冷たい沈黙が降った。
俺がまだ笑っているからか、唇がてかてかした瞼が異常に濃い色の同じような顔のニンゲンは何も気付かずに「だからぁ」といった。
「ひっでえこと言われてもぼんやり笑ってんだよ、キモイよあいつ」
「気持とかそんなんないんじゃないの?ありそうだよねー」
「ああ、そういえばね、私たちじゃないけど」
ああ、本当にコイツらは馬鹿だ。
私たちじゃないけど、なんて前置きを聞かせることに、一体なんの意味があるんだろう。
「死ねとか、結構言われてるんだよ?でも平気そーなの」
「マジで死んじゃえばいいのにねー」
アハハハハ。
その笑い声があまりにも禍禍しいから、遮ってやりたくなった。
バァァァァァンッ
女たちの顔から笑みが消える。
「ひとつ、訂正しておこうかな。本当の告白したのは確かにアイツだけれど、俺ほうがずいぶん前からユウヤのことを目で追ってたし、付き合おうって言ったのも俺だよ」
わかりすぎるほとわかっている。
こういう想いは万人に受け入れられるほど癖のないものじゃない。
俺は、認めてもらいたいとも思っていないけど。
けれど、これだけは。
「傷つかない人間なんていない」
拳を叩き込んだ窓ガラスには、蜘蛛の巣のように白いヒビが走りまわっている。
強化ガラスで良かったと、ぼんやり思った。
傷つかない人間が、あんな風になるわけがないと。
繊細すぎるほど繊細でないと、心を壊すまで傷つくことなどできないと。
少なくとも、俺は。
「傷つかない人間なんて、いないんだ」
思いがけず優しい声で、笑いながら言う。
けれどもそれがどれだけ恐ろしく見えるか、彼女たちの見にくく歪んだ顔がそのまま写してる。
ひゅっとどちらかが鋭く飲んだ息の音を皮きりに、二人は我に帰ったように慌てて逃げ出した。
割れたガラスでできた細かい傷から血が伝い、窓の下に小さな赤い水溜りを作っていた。
舌先で舐めるとちりりと強い刺激が走る。
「痛い、な」
だけどあいつの痛みは、
きっと、こんなもんじゃない。
虚ろな瞳で青空を望んでいたあいつに、笑って欲しいと思った。
いつもみたいな適当に誤魔化すような、曖昧な笑みじゃなくて。
でも、こういう時に護れもしない俺にそんなことができるのかと思うと、少し泣きたくなった。
違う。
男だからじゃない。
好きになった「白石ユウヤ」がたまたま同性だっただけの話なんだ。
それだけで、それ以下でもそれ以上でもない。
血は止まらずに小さな水溜りを作りつづける。
そろそろ迎えに行かないといけない。
多分、アイツも闘ってるだろうから。
B型なのは誰なのか。
多分次でわかるはずです。