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23.★ いつかの雨の空の下

 

 きっと

 あんたは

 おぼえてなんかないんだろうけど。



                  いつかの雨の空の下



 歌が聞こえる。

 電車の窓から見える赤い屋根なんてそこらじゅうに点在してるのにいちいち住んでた家に郷愁覚えてたらきりがないんじゃないの。

 声変わりを過ぎたはずなのに、恐ろしいほど美しい高めの旋律が、夕暮れの公園に細くひびいていた。

 鞄を肩にかけなおし、音源を探してみるのはちょっとした興味。

 ふいに歌が止んで、残ったのは少し音量の小さくなった旋律。多分、鼻歌に切り替えたんだろう。

 微かになりつつある旋律だけを頼りに、目だけで音を追った。 


 夕日と向き合うように、少年が立っていた。

 それは、俺より背が高いはずなのに、

 流れ出す空気は異常なまでに幼く。

 そして、その少年は、

 死んだ猫を抱いていた。


「きみはじめんにかえるんだよ」

 鼻歌が途切れ、言い聞かすような甘い少年の声。

 後姿からみる制服は、同じ学校の高等部ものなのに、幼等部の生徒じゃないかと疑わずにはいられない。

「ほら、ゆうひがきれい。きみはかみさまにシュクフクされてるんだね」

 意味すらわかっていないんだろう単語を操る声は、聞き覚えがあるようで、ない。

「ぼくもかえりたいんだけど、だめ。あのね、ゆずきせんせいがだめだよっていうから」

 ごめんね、といいながらしゃがみこんで地面を掘る。

 そばに転がってる石を使えばいいのに、白い手で少しだけ柔らかい地面を掘り返す。

 痛くないとでも言うわけ、それとも何?あんたの指には神経通ってないの。

 声は、出ない。


 鼻歌が流れ出す。

 赤い屋根の家。

 柔らかい音が、透明に空気を浸して。

 気がついたら、その意味不明な同級生の隣で穴を掘っていた。

 同級生は不思議がりもせず、ただ

 にこり、と、

 見たこともないような笑顔で笑って、地面に視線を戻す。


 優しい手で地面に葬られていく猫はなんて幸せなんだろう。




「アキー!!!」

 ごっっっ

「おはようごきげんようそしておはようこんにちわ!ちょっと聞いてよ!」

「…何」

 朝一番に下駄箱に激しく額を打ち付けたときの気分?最悪に決まってる。

 人間台風みたいなレイに巻き込まれるのはもういい加減なれてるつもりだから、こうやって朝イチに出てくるのがどんな頼みごとでも聞き流せる。

「サッカー部の助っ人よろしく!」

 わけはない。

「断る」

「ぅわぉ秒殺だぜチェケラ☆」

 ゆかいに額をぺしりと叩いて、それでもレイは諦めない。

「なんでーねぇなんでー、もうかりまっせー?」

「疲れる。泥だらけになって球追い掛け回す競技のどこが楽しいわけ」

「そりゃばっち青春味わえるト・コ・ロ」

「そういえば今日筆箱の中にカッターナイフ入ってたんだっけ」

「えっ嘘恐っ!ヲイそれシャレになってないよ!」

 背負ってたナップを探るふりをしてやったらレイは飛びさすって離れて、

「あ」

「「あぁ!?」」

 激しく誰かと衝突した。

「痛っ…なんでそんなとこにぼけっと突っ立ってんのよ白石!」

 下駄箱だからにきまってんじゃん。

「ご、ごめん。ちょっと考え事してて…、な、ナイスタックルでしたよ紫月…」

 だいぶキツくぶつかったらしく、もんどり打ってるそいつの顔を見た時、俺の全てが停止した。

「ちょっと平気?保健室連行すべき?」

「おかっつぁん、俺ぁまだブタ箱にはぶちこまれたくねぇぜ…」

「じゃあさっさと立って退く!他の人の邪魔になるでしょ」

「それわキミもだと思いマス」

 どかっと背中に蹴りを入れられ、半泣きで教室に上がっていくそいつを見送った後、レイはやっと俺のおかしさに気付いたようにふりむいた。

「?アキ、どうかしたわけ。白石と知り合い?」

「…いや、別に。アイツ白石っていうのか?」

「そ、白石ユウヤ。中学生の時二回同じクラスだったよーな。おもしろいけど影薄いんだよねー」

 それはあんたとあんたのクラスのメンバーが濃すぎたからです。

「白石って」

 精神的に病んでる人?

 言葉が唇に絡み付いて出てこなかった。

 いつも平気なはず。

 何故。

「レーイー!」

「あ!?何あんたまだいたの」

「借りてた本!おもしろかった、サンクス」

 レイの頭に軽く単行本を叩きつけて笑うそいつは、

 昨日のやつと同じで、全然違う。


 赤い屋根の家。

 歌ってたの、あんただろう。

 猫を土に還したのは、あんただろう。


「あ、あと白石、ユウ兄が帰りにこっち寄れってさ」

「リョーカイ。ところで遅刻しますぜお2人サン。いちゃつくのは後でもよろし」

「撃ち抜くぞ貴様!」

 振り上げたレイの腕からぎゃあぎゃあいいながら逃げてくやつは、確かに高校生だった。

「アキ」

「何」

「気になるの?白石のこと」

「……別に」

 ふぅん、とレイは見透かしたようなあいずちをうって、にやりと笑った。

 それからレイは、白石の話をし続けた。

 血液型とか誕生日とか、そんなん。

 黙って聞いてる俺をおもしろそうに見つめながら話した。



 その日の午後、雨が降った。

 学校から帰るの、めんどい。まず傘さして右手が塞がるのが気に食わないんだよね。

 やや小ぶりになるのを待って、学校を出る。

 右手には青い折りたたみの傘。

 

 赤い屋根の家。


 足が止まる。

 公園のベンチで、曇天を見上げて歌を謡う少年がいた。

 見間違えるはずがない。

 白石ユウヤ。

 上げかけた声は、唇に絡まって止まる。


「あおいおそらがみたいなぁ」

 それはまるで、心を持たないはずの機械が心を持ってしまったかのような違和感。

「ぼくがみたいときに、そらはいつもあめなんだ」

 ひどく幼くて、甘い。

「ぼくがね、かみさまにきらわれてるから」

 感情のこもらない声。


 とっさに、彼の上に傘を突き出した。

 白石は、傘の青だけを見つめて、ふわりと笑う。

「そらが、はれたね。きれい」

 よく見なよ。

 この青は、人工の青だろう。

 あんたが見たい青は、こんな色じゃないはず。

 空から、銀色の棒が突き出してるわけない。その先を握る人間がいるはずがない。


「俺を、見ろよ」


 搾り出した一言は、雨音に掻き消されて余韻も残らない。

「…麻川アキくん?」

 美しい声を持った、柔らかい茶色の長髪青年。

 白衣の裾が跳ね上げられた泥水で僅かに汚れていた。

「私立紋峯学園高等部1年B組、麻川アキくんですよね」

「あんた誰」

「紫月レイの兄です」

 ふぅん、すっごい簡潔だね。

 その声に気付いたように、白石の肩がぴくりと震えてのろのろとレイの兄が佇む自分の背後を見た。

「ゆづきせんせい」

 白石の瞳が動き、白衣をとらえてほのかに笑った。

 

 ちりん、と

 微かな鈴の音。


「ユウヤくん、言ったでしょう。帰りは家に寄りなさいって。この時期のキミはとくに不安定なんですから」

「フアンテイ?」

「…今言っても駄目ですね」


 ちりん

 ちりん

 ちりりん


 ゆづきという名前らしいレイの兄は苦笑して、懐から銀の鈴を取り出した。


 ちりりりりん

 ちりりりん

 ちりりりりりん


 数回激しく鳴らすと、あからかに不自然に白石の体が硬直した。


 ちりん

 ちりりりりん

 ちりりりん


「や、止めろよ。止めろ!」

 思わず絶叫するように叫んだ。

 目を見開き硬直する白石の目から、雫が零れ落ちた。

 

 ちり―――――――ん


「…っ、ぁ、あ…あ・れ?」

「ほら、ユウヤくん。なに寝ぼけてるんですか、風邪ひきますよ」

「うわ冷っ!何なんで俺ここにいるんだっけ」

「アルツハイマーですか」

「そうかもしんない」

 がしがしと髪を撫で回す白石の顔に、涙の痕跡はもうない。

「とりあえず傘をかしますから、僕の家でお風呂に入ってください」

「うぃーっス」

 ゆづきが左手にかけていた赤い傘を受け取ると、白石はだるそうに歩き出す。

 追いかけなかった。

 ゆづきに、聞きたいことがあった。

「記憶、ないんですか」

「そう」

 ふぅと軽い溜息をつくと、ゆづきは言った。


「人格障害者なんだ」


 愕然と黙り込む。

 全てに合点が行くというのに、その可能性を考えていたのに。

 ゆづきは俺の肩に軽く手を置き、顔を近づけて耳元で囁いた。



「それでもきみは、彼が好きかい?」






 赤い屋根の家。

 暗い曇天。

 青い傘。

 青い空を見たいと望むときに、いつも雨だと悲しそうに呟いたあいつ。


 430円の安い青でいいなら、俺がいつでも青空にしてやりたいと、思った。


 いつだったかなんて、もう忘れた。

 雨が降る空の下で、

 俺はゆっくりとひとつ、うなずいた。



「たっけー」

 重い鉄の扉の向こうで声がする。

「サファイアみてェな空だなあって俺ポエマー?」

 確かにあんたはポエマーかもね。

 青い空が目に染みる。

 ぬるい空気が飛びこんでくる。




 あんたは覚えてないだろうけどさ、

 俺はあの時から、あんたのことしか考えてなかったよ。











 本編にいれようか番外編に入れようか迷った末に本編。
 ちょっと以外なことが発覚。
 原因はいろいろある。
 楡月先生はユウヤの主治医。フルネーム楡月セイヤ。婿養子。


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