18.ブラウン管の残像 ラストチャンネル
2人で抱き合って眠った夜に、イオは言った。
「ユィンの曲って、全部プロデューサーが作詞・作曲してるんだ。あれは俺の歌じゃない」
幻滅した?と笑う。
私は言った。
「でも、イオが歌うのが楽しいって気持は嘘じゃないだろう?それに、1曲だけ「イオの」歌がある」
「何」
「ミッシング‐リンク。私の1番好きな歌」
「かなわねぇな」
くっと苦笑して、イオは私を更に強く抱き寄せた。
「いつか幸せな「俺の」歌を作るとしたら、ユキのことを歌うよ」
本当は、気付いていたかもしれない。
目覚めたら、イオはどこにもいなかった。
リビングのテーブルの上に、銀の指輪と置手紙。
“絶対に放さないって約束、守れなくてごめん。
けどぜってー迎えに来るから、待ってろ。 永寿イオ”
こんなときでもエラそうで、それが溜まらなく愛しかった。
本当は、気付いてた。
私がイオに恋をするということ。
イオはいつか、私のことろからいなくなるということ。
たった4日間の同居で、ずうずうしく私の心に入りこんできたやつは、その日からテレビや雑誌の取材にひっぱりだこだった。
ブラウン間の残像 ラストチャンネル
“ファンの方にはご迷惑をかけて、本当に申し訳ありませんでした。”
“ええ、自分の歌に自信が持てなくて、少し高飛びしてたんです。”
ユィン、ユィン、ユィン、ユィンの大氾濫。
街中にはそこかしこにユィンの歌かインタビューの映像が流れていたし、新聞もネットもユィンのことを書き立てた。
1月の私の受験が近づく冬休みに、ユィンは突然アイドルを辞めた。
それは本当に突然で、私は呆然とすることも出来なかった。
そしてユィンがアイドルを辞めた次の日、分厚い手紙が届いた。
[成島ユキ様
突然いなくなってごめん。
もうひとつ、ごめん。まだ会えない。
理由はたくさんある、その1つが俺の過去なんだ。
成島ケイイチを、ユキの父親を殺したのは、
俺だ。]
カツンと手から封筒が落ちた。
父さんは優秀な警察官だった。
私が10歳の時に、事故で死んだ。
少なくとも私は、そう教えられていた。
[高校生のころ、俺は手のつけよーもねェくらい慌てた。
悪いことをいくつもした。
いつだったか忘れたけれど、万引きしようとしていた俺を止めたのがケイイチさんだった。
ケイイチさんは俺を交番に連れてって、温かいコーヒーを出してくれた。
しかも和菓子つきだった。
根っからのお人好しで、俺がポテチを盗ろうとしてたから腹が減ってるんだと思ったらしい。
変なやつだと馬鹿にしてたけど、なんとなく雰囲気が気に入って俺は交番に通うようになった。
当然、俺は仲間との仲が悪くなる。
やつらは俺がサツに全部チクってんじゃねぇかと思ったらしく、俺を1人で呼び出してリンチしようとしたんだ。
俺は必死で逃げて、逃げている途中で見回り中のケイイチさんに会った。
俺の傷に驚いた恵一さんが急いで救急車を呼ぼうと、俺が走ってきた道に慌てて出た時、俺を追ってきたやつらのバイクと衝突してケイイチさんはなくなった。
俺が殺した。
ミッシング‐リンクは、ケイイチさんに捧げた歌だったんだ。
(そんなことで償えるとは、思ってないけど)
だけどごめん、俺はやっぱりユキが好きだ。
父親を殺したやつを、ユキは好きだって言ってくれるか?]
父親を殺したやつを、ユキは好きだって言ってくれるか?
☆
きみがこぼした涙のカケラ
ぼくはまだ大事に持ってるよ
きらきら光る宝箱にいれて
誰にも見られないように
守るよ 今度こそ
好きだよ だれよりも
抱きしめたいよ 今すぐに
ねえ ぼくの歌 きちんと君に届いてる?
Please don`t forget me.
Please remember me.
I love you,I love you,fore ever…
「ユキ、何聞いてるの?」
ひょいとイヤホンを奪われる。
「あ、グッドサウンズの新曲。ファンなの?」
ちょっと聞いたサユは首を傾げながら訊いてくる。
「別に。いるならあげるよ、それも違うから」
「えーいらないよ。不気味じゃん、年齢も性別も不詳でしょ?」
「そうだね」
4月、私は高2になった。
イオは、去年正体不明の「グッドサウンズ」という歌手としてデビューした。
イオ→イイオン=良音=グッドサウンズなんだろうから、無理矢理もいいところだ。
[もし好きだって言ってくれるなら、
頼みがある。]
同封されていた鍵と、住所。
私は今すぐにでもイオに会いに行ける。
けれど、
頼まれたから。
[俺が、本当に「イオの」歌をうたえたら、家に来てほしい。
俺はそれまで歌い続けるよ。]
なんてエゴイスト。
きっと私が死ぬまでイオに会いに行かなくても、彼は歌いつづけるだろう。
会いたくないわけがない。
言ってやりたいことが、たくさんある。
でも、まだだ。
イオはまだ、「イオの」歌がうたえていない。
翼が欲しかった。
躊躇いも何も全てを捨てて、イオのところへ飛んでいきたい。
イオに、会いたい。
なんて矛盾。
なんてジレンマ。
鈍く光る銀の鍵を見つめていたって、どうにもなりはしないのに。
ユキ
名前を呼ばれた気がして、慌てて振り返る。
いつのまにか暗くなった空をイルミネーションがごてごてと照らしていたが、人ごみの中にイオの姿はなかった。
あいたいよ POWDER SNOW
耳を疑った。
イオの歌だ。
「イオの」歌だ。
きみは憶えているだろうか
ぼくとかわした約束を
きみを抱きよせたあの日にも
こんな雪がふってたよね
何よりも大切で
ぼくの全てで守るべきひと
とても大切な約束をしたのに
ぼくはばかだから
月の引力が引き出してしまう欲望には勝てなくて
このボタン ひとつおせば
きみの声がきけるのに
あいたいと 泣きながら
血が出るほどに握り締めた拳をほどかない
あいたいよ POWDER SNOW
きみは確かにぼくの琥珀を開く鍵
そして ぼくの世界で一番大切な人
うたって 待ち続けるしかしてはいけないのに
重い灰色のむこうから
きみの声がきこえてこないかと
いくらそれに寄り添ったって
もう きみの体温が思い出せないよ
あいしてるよ POWDER SNOW
いつも想ってる
だけど想えば想うほど
きみの悲しい毎日を
知らずに眠っていたならば
こんなに悲しいことはない
チャンスをくれないか POWDER SNOW
そしてらぼくは きみを強く抱きしめて
本当に 2度とはなしはしないから
それまでぼくは 満ちた月にさらされて
きみが来るのをまってるよ
イルミネーションのむこうに、薄ぼんやりと月が光る。
まるい、まるい月。
「―ッ、イオ…!」
滲んでいく月をひと睨みして、私は走り出した。
イオ、イオ、イオ。
私の大切なひと。
自分の体と心が別のものになってしまったかのようだ。
体だけがこんなに焦って、心はひとつも波立たない。
けれども引力に引き寄せられるように、私は走った。
今日は、満月だ。
あの歌が本当なら、イオは―…。
「…っ、ユキ!?」
本当に、いた。
マンションの私の部屋のドアの前に、もたれるように座っていた。
「2、3言いたい事があるの」
切れ切れの息を整えて、顔を俯けたまま低く訊いた。
「…何」
「私の名前はSNOWのゆきじゃなくて、幸せに希望の希で幸希」
「そ、そうだったんだ」
「なんで急にいなくなったの」
「いや、ユキの元カレに顔見られたから、ほっとくとユキまでスキャンダルとかめんどーなことにまきこまれかねないと思って」
「そういえばグラサンとニット帽つけてなかったよね」
「う、うん」
「あとさ」
「うん」
「すき」
イオがたちあがって、息をのむ気配が伝わった。
「…ユキ?」
「好き」
「ユキ」
「好きだよ。イオが、すき」
顔をあげてまっすぐ目を見て言うと、今度はイオが目をそらした。
「俺、は…」
「馬鹿じゃねェのこのあほんだら!」
「は?」
突然啖呵をきった私に、イオは呆然とした。まぁ当然か。
「どうせ私の父さんどーのこーのって言うんだろ!?そんなこと関係あるかボケ、私はそれでもイオが好きなんだよ!私がいいっつったら良いんだ!」
[俺には、ユキを幸せにする自信がない。
それでも一緒にいたいと思ってくれたら、
俺のところへ来てくれ。
俺は、待ってる。]
「大体ねぇ、あんたに幸せにされなくたって自力で幸せになるっつーの!」
滲んでいたものが、零れた。
「…幸せにある方法が、あんたの隣にいることなのよ」
「ユキ」
「馬鹿に、しないで。私の名前は幸福の幸に希望の希だよ。自力で幸せになって、ついでだからあんたも幸せにするくらい、楽、勝…ッ」
イオに強く引き寄せられる。
ごとんと重そうな音をたてて、私の腕から鞄が落ちた。
もう忘れてしまっていた、イオの体温。
「ごめん」
イオの吐息。
イオの、唇。
「寂しかったんだぞ」
「うん」
「約束、やぶりあがって」
「うん、本当にごめん」
「今度こそ、本当にいなくならないんだよな」
「誓うよ」
「…やぶったら、畳針1万本だぞ」
「心得ました、お姫さま」
あなたと見た粉雪を、自分で自分を抱きしめながら見つめなくてももういいんだ。
銀色の鍵を握り締めて、あいたいと涙をこぼさなくてももういいんだ。
あなたの歌を聞くたびに、切なく胸を締め付けられなくてももういいんだ。
ブラウン管の中のイオの残像は、もう追いかけなくたっていいんだ。
ふれられるあなたが、目の前にいるから。
えー、多数質問がありました「そんな2人の人間関係」の2人は、この小説に出ている谷シロウと柴木ミカのその後です…。
けっこう時間関係前後している話が多いですが、基本的にそう言う話は知っていなくても読めるよというくらいのもごふごふ。
次は準本編投稿できたらいいなぁと頭を抱えるKです。