信仰の力
別サイトにて公開させていただいたものです。
ギャグ色が若干強めですのでご了承を
「さぁ~て皆さん問題ですよぉ~? 天国に行くのに欠かせないものはなんですかぁ~?」
『天国研究会』。明朝体でそうプリントされたロケットの周りをぐるっと囲む数人の若者達。彼らは銀色の服に身を包んでおり、この場を通りかかった者なら誰がどうみてもこれから宇宙に旅立つのだと思えるようなスタイルをしていた。
その輪の中の一人が手を上げる。リーダー風の男が、それに指差して声高らかに言った。
「はい! どぉ~ぞA太君!!」
「はい、導師! それは『信仰』です!!」
「そぉ~のとぉりですよぉ~!! はい、拍手!!」
雰囲気作りか何故か『導師』と呼ばれる男が、スパパパパと拍手を浴びせた。残る男達も、続いてまばらに手を叩く。
「いいですかぁ~? 昔聞いたことがあるでしょう皆さんもぉ~! お母様から、『お空の上には、天国があるのよ』って具合に!!」
導師が大袈裟に手を広げたので、輪は全体的に一歩下がった。
「でもでもぉ~!! ないじゃないですかぁ~!? そんなものぉ~!! どうなってるんですかおかぁ~さ~んって言いたいのでございますよワタクシはぁ~!!」
頭を抱えるような仕草を見せる。その表情は相当大袈裟な悲哀に満ちていた。
「じゃあ、なんでないのか!! そこにワタクシ、スポットライト当てちゃった訳なんですねぇ~。分かりますか皆さん! B朗君分かりますかこのナイスアイディア!?」
「分かります! 導師の天国を思う気持ちがひしひしと伝わってきますとも!!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃありませんかぁ~!! そうですよ!! ワタクシ程天国に憧れ、求めた男はございませぇ~ん! だからこそ、ワタクシ……いいえ、ワタクシ達は今日晴れて天国へいけるのです!! これは至上の喜びですよ皆さぁん!!」
ここでまた拍手。
「こほん。では、いいですか!? お空の上、雲の上までロケットで飛んだら、我々は一体どこに辿り着くのですか? C助君!!」
「大気圏を突破して、宇宙へ飛び出します!!」
「うぅ~~~ん!! 実にナンセンスッ!! でも正論! しかし正論は時として真実を隠蔽します!!」
一回一回異なったオーバーアクションをポンポンと見せるその姿は、見ていて飽きそうもなかった。
「その正論こそ巨悪の根源なのですぅ~!! そんな正論が、いつしか人々の心から『天国』を消しましたぁ~!!」
「どう言う事でしょうか導師!!」
「とてもいい振りですよぉ? D・マイケル君!! ではもっと説明しましょう!! つまりはこういうことです!! 『天国は実際には存在しないものだ、と誰もが信じてしまったから、天国は誰からも必要とされなくなった』ということ!! これに尽きまぁ~す!!」
「しかし、導師!」
再び、A太が右手を天へ突き出す。
「私は天国を信じてますよ! 死んだら天国か地獄、どちらかへ行って裁きを受けることになるって信じてます!! それに、こういう考えを持ってる人、他にも結構いると思うんです!」
「さすがA太君ですねぇ~!! でもでも! よく考えてみて!! 天国はお空の雲の上にあるものなのです!! でも、あなたは雲の上には宇宙があることを知っているでしょう!?」
「はい」
「そして、雲の上には宇宙があるって信じてるでしょう?」
「はい。当たり前のことですから」
「そう!! 例えあなたが天国の存在を信じると言っても、それは曖昧な存在! 根拠の無い虚像に過ぎませぇ~ん!! だって、空の上には宇宙があるのが『事実』であり、『正論』であり、『一般常識』なんですものぉ~!! 結局あなたは天国を『そんなマボロシがあったらいいな。まあ別になくてもいいけど』程度にしか考えてないのですよぉ~!! A太君だけじゃないですよぉ!? むしろこの世の中、そんな人間しかいないからこそ天国は我々の前に姿を現さないのでぇ~す!!」
「では、どうすれば天国に行けるのですか!!」
「そこが重要なのですC助君!!」
ダーツでも投げるかのような勢いをつけて指を突き出す。
「その鍵を握るのが『信仰』なのです!! 古来より、我々は実に様々な宗教、神、そして、神の国の在り方を作り出してきましたぁ~!! その特色は様々! どれを選び信じるかはあなた次第!! しかしですねぇ~そんなバラバラな宗教観の中にも、唯一共通するモノがあったのですねぇ~これが!!」
「それが、『信仰』ですね!」
「ザッツザッツザッツライッ!!! D・マイコー君!! そうです! どの宗教にも、えてして『信じるものだけが救われる』的な啓示があるものなのでぇ~す!! 数ある宗教というカタチの中で! これだけはどんな宗派にも確かにいえることなのでぇ~す!! 信じるものがいなければ宗教は成り立たない! 信じるものがいなければ『教え』などただのデタラメ! そう!! 『信仰』の存在なくして神は在りません! しかし逆に言えば、この世に『信仰』という概念がある限り、神は『いる』と言えるのです!! そう!! 今、神は隠れているだけ!! ワタクシ達信仰者の呼びかけさえあれば、天国への扉はきっとすぐにでも眠りを覚ますことでしょう!!!」
「では、私達は具体的に何をすればいいのでしょうか」
「そ! の! た! め! に!! このロケットでございますよぉ~!! さあ、前置きはこの辺りにしておいて、まずはロケットに乗って遥か天高くまで登りまっしょぉ~!! はいはい、乗った乗った!!」
導師に言われるがままにぞろぞろと銀の巨体へ乗り込んでいく男たち。そして無事、導師を含めた五人の乗組員が乗り込むと、ロケットはオートで扉を閉めた。それを確認して、導師は一際声高く号令した。
「それではっ皆さん!! いよいよでございますよ!! おトイレは済ませましたかぁ!? ではでは!! 天国へのエレベーター出発進こぉ~う!!! 目指すは最上階の天国ぅ~! あ、天国でございまぁ~す!!」
導師の掛け声とともに、C助がロケットの発射スイッチを押した。皆が安全ベルトを締め終わるや否や、みるみる機体はその巨体を揺らし始めた。
やがて、機体は大きな唸りをあげると、一帯を覆うような火炎をあげて、勢いよく遥か上空まで飛び去っていった。
◆
「はい! という訳で皆さん!! 間もなく当便は雲の大群へ突っ込みますですよぉ~!! いよいよでございますよはぁ~い!! さあ、準備準備! UNOをしまって!!」
白みがかった青空を臨む、高度千メートル単位の世界。狭い機体の中でのばたばた騒ぎが大方静まると、導師はこほんと咳払いを入れた。
「さてさて! では皆さん!! 先程、『具体的に何をすればいいのか』という質問がありましたね!! 今こそその質問に答えましょう…………いや、もはやワタクシが答えるまでもありません!! ここは一つ、皆さんで声を合わせて叫んでみましょぉ~う!! それでは!! 皆さん準備はよろしいですかぁ~!?」
心なしかそわそわし始める男たち。何やら、姿勢を正しているようだった。
「それではいきます!! 皆さん、『私達は、ここで具体的に何をすればいいのでしょうか』!? さんっ、はいっ!!」
『天国に行けるように祈る~~~~~!!!!』
「イッツァファンタスティッッック!!!!」
導師は軽快に手近な計器を引っ叩いた。
「その通りですよ皆さぁ~ん!! う~~ん、D・マイケル君だけ口パクだったのはバレバレでしたよぉ~!?」
「面目ない」
「間もなく雲に入りまぁ~す!! しかしぃ~!? このまま進んでも大気圏を突っ込んで宇宙へ乗り上げてしまうのは明白なのですねぇ~!! これが!!」
こう狭いと、流石にお得意のオーバーアクションもどこか遠慮がちだ。
「だぁかぁらぁっ!! 我々は今ここで天国へ行くように祈るのですよぉ!! そうすれば、信仰ある我々だけは今ここで天国にいけるのですから!! これは今まで誰もが行わなかった試みでございますよぉ~!!! う~ん、どうですか!? ドキワクしてきたでございますでしょぉ~!?」
「いえーーい!! いえーーー…………ぃ」
周囲のノリを見ながら、D・マイケルは押し黙る。
「えー……こほん! ではでは!! そろそろお祈りといきましょうかぁ~!! そうですね、もし信仰力に支障がでては困ります! ここは皆さん、『このまま天に登れば、きっと天国へ行ける。必ず、絶対辿り着ける。宇宙なんてありっこない』という台詞で統一して祈りましょう!!」
『信仰力』というしれっと登場した新用語には最早説明すらない。それほどまでに導師はすっかり興奮状態の様子なのである。事実、他四名の乗組員もそんな些末なことは特に気にせず盛り上がっているようだった。どうやら、あながち導師のテンションが男たちだけを置いてけぼりにしている訳でもないらしい。
「さあ、いよいよです…………はい!! 雲に入りましたよぉ!? では皆さん!! 目を瞑ってぇ~~~!! ええそうです、目を瞑るのですよ!? 宗教についてはよく分かりませんが、お祈りの際に目を瞑るのはお約束ですからね!!」
「導師、すみません!!」
「はい! なんですかC助君!?」
「手の組み方とかは統一しなくていいのでしょうか!?」
「自由です!! なぜなら、形や様式など神は問わないから!! では神が絶対的に求めるものとはなにか!? はい、皆さんご一緒に! さんっ、はい!!」
『神と天国を崇めるという信仰心っ!!!』
「グラッッッツェ!!! ここまで来れば皆さんは天国行き間違いなぁしっ!! D・マイケル君はセリフを間違えましたね! 真面目に天国に行く気はありますかぁ!?」
「誠に申し訳ない」
男たちのテンションはすっかり出来上がってしまっているようだった。
なぜ宗教に詳しくも無い人間が導師を気取っているのか? 何故目だけは瞑らせるのに、手の組み方など面倒な作法は自由なのか? それら諸々の謎を、今更話を折ってまで聞き出そうと試みる者は、最早この空間にはいないらしかった。ここにいるのはそう、ただ一重に天国へ行きたいという一念だけを頑なに抱いている『漢』達だけなのである。
「『このまま天に登れば、きっと天国へ行ける。必ず、絶対辿り着ける。宇宙なんてありっこない』!! さあ、皆さんも心でしっかり祈ってくださぁ~い!! 『このまま天に登れば、きっと天国へ行ける。必ず、絶対辿り着ける。宇宙なんてありっこない』!! さあ!! さあ~~!!」
目を瞑った男達は思い思いの格好で祈りを捧げている。手を組む者、合唱する者、胸に十字を切りつづけている者……。
やがて、導師のやかましい指導の声……いや、導きの声も止むと、どうやら乗組員全員が神に祈りを捧げているらしい状況がとうとう作り出された。暗闇の訪れた世界の中、ロケットエンジンの発する噴射音だけが耳につく。そんな中で、導師が最後の導きを与える。
「……皆さん。間もなく我々は神の世界へと訪れることになるでしょう……。いよいよ、ワタクシ達が世紀の発見者となる時がやってくるのです……これこそワタクシ達の念願……これは大変喜ばしいこと……」
そこで導師は芝居がかった笑いを漏らすと、最後にこう付け加えた。
「それでは皆さん、次は天国でお会いしましょう……それでは!」
◆
「はい!! 皆さん目を開けてご覧くださぁ~~い!! すばらしき光景でございますよぉ~~~!! 窓の外を御覧なさい!!! 見てください宝石の絨毯のような惑星の数々!! そしてアレこそ我らが母星、地球でございますよぉ~~!! ジアースでありまぁ~す!!! よく見てくださいなぁ~~~!! 素晴らしいじゃありませんかぁ!! 彼のガガーリンが言ったあの名言もなるほど納得いきます!! 『地球は青かった』!!! ってヴァッッカッ!!!!!!!」
ようこそ。ここは宇宙である。
宇宙空間に来て男達が行った最初の行動は反省会であった。
「なんで!? なんでですか!? ちゃんと祈りました!? 『このまま天に登れば、きっと天国へ行ける。必ず、絶対辿り着ける。宇宙なんてありっこない』ってちゃんとテンプレまで作ったんですよ!? ちゃんとこの文の通りに祈ったのですか!? どうなんですかA太君!!」
「いえ……そんなことは……たぶん」
目を泳がせつつ、A太は言った。
「それじゃあおかしいじゃないですかぁ!! 誰か真面目にやらなかった人がいますねっ!! どうなんですかB朗君!!」
「ちょびっと自信ないです……」
ぼそぼそと、B朗は述べる。
「…………はい、みんな目ぇつぶってぇ~……先生怒ってないから、やった者は正直に手をあげなさぁ~い」
「……正直……ちょっと覚えさせられた文、長くないか? ってのはありました」
C助は、俯き気味に呟く。
「……D・マイケル君は?」
「すみません。自分、若干寝てました」
真っ直ぐな目で答えたのはD・マイケルだった。
「んもぉおおおおおお~~~~!!!」
安全ベルトによって磔になった身体を必死でバタつかせる導師。
「みんながそんなんでどうするんですかぁぁ~!!!! 一人一人が自覚持たなくちゃダメでしょうがぁぁ~~~!!! なんですか!? 皆さんアレですか!? 自分たった一人の選挙権なんかで政治に影響など出るものか、とか考えるタチですかぁ~~???」
手近な計器にラッシュを叩き込む導師。それを見守る男達。
「ワタクシはちゃぁ~~んとお祈りしたのですよぉ~~~!? 『このまま天に登れば天国へ行ける。恐らく、きっと辿り着ける。宇宙なんてないと信じたい』ってぇ!!!」
「導師。所々、若干ネガティブな表現で間違えてます」
「とにかぁぁ~~~く!!! このままこんなトコにいても意味はないのですよぉぉ~~~!!! いいから、一度地球へ戻りますよ!!!」
導師が苛立ち気味にロケット操縦担当のC助に指示を送る。すると、室内の隅で「というか……」と呟くB朗。
「今更聞くのもなんなんですが……信仰で天国に行けるって、どういう根拠なんですか?」
……水を打ったような静寂。
しばしの間のあと、導師が口を開く。
「……え? 今なんて?」
「だって、信仰によって神が現れるっていうのは、導師の自論に過ぎない訳でしょう?」
「確かに、それは薄々感じていました」
便乗するように口を開いたのはA太であった。
「ノリでここまでついてきた自分もどうかと思いますが、天国があるという証明を何一つ聞いていませんし」
「いや、だから信仰なんですって。信仰が無いから天国は失われてしまったのですよ」
「だからって、信仰があれば天国が存在するとは言いきれないでしょう?」
「その証明のために、我々は信仰を持って大空へ挑んだのでしょう!? それなのに、貴方たちときたら……」
「ぼ、僕は!」
割って入ったのはD・マイケルだ。
「僕は……そもそも天国を信じてないです」
どうやら、おとぼけ続きの株上げのために何かカッコいい事を言おうとしたらしい。しかし導師はその率直なセリフに完璧に閉口してしまったようだった。
「いいです……」
「え?」
「もういいですよ!! 勝手にすればいいじゃないですか!! とりあえずもう帰ればいいんでしょう!? なんですかなんですか!! ワタクシだけこんなに盛り上がってるのに!! ホントに貴方たちはっ!!」
「あの、導師」
「ホ ン ト ニ ア ナ タ タ チ ハ ッ !!!」
「導師!!」
「なんですかC助君!! まだワタクシを追い込み足りませんか!!!」
「いや、そうじゃなくてですね……」
その瞬間だった。
突如、けたたましい警報音が機内に鳴り響く。視界は真っ赤な光に覆いつくされた。どよめく乗組員一同。そして一際焦るは……導師。
「ななな、なんですか!! なにが起きたのですか!? しし、C助君!?」
「いや、ですから、燃料管理系統の機器に故障が起こってます。ロケットも操縦不能に陥りかけているんです」
「な!? なな、なぜ!? どうして!?」
「それはたぶん…………」
ためらいがちに導師を見上げるC朗。
「先程から導師が……テンション上がって手近な計器を引っ叩いたりしてたからだと……」
「…………」
「…………」
「…………」
「……状況は?」
「えーと……すごい勢いで大気圏に突入しています」
「…………」
とうとう、導師までが押し黙ってしまう。狭い機内の中、全員の視線が導師に集中している。皆、口は開かないが誰もがなにか言いたそうな表情をしていた。
「……い」
『……い?』
「い、今こそ!! 天国に祈るときじゃないですか!!! 『このまま天に登れば、きっと天国へ行ける。必ず、絶対辿り着ける。宇宙なんてありっこない』!!! さあ!! 皆さんもご一緒に……」
『できるかあああぁぁぁぁぁぁ!!!』
断末魔の叫びと共に、巨大な鉄の塊は流星のような勢いで、再び母なる地球へと向かい、落下していった。文字通り『天国を目指す』ように。
◆
「…………う~ん……」
硝煙が立ち込める黒い世界。周りには、鉄塊の残骸が散らばっている。その中で、一つの影がむくりと動いた。
「う~ん……はっ! ここは!?」
導師はぱちっと目を開けると、すぐにむせる様な空気が立ち込める、この周囲の状況に気づいた。
「ごほっ! ごほっ!! こっ、これは!!」
導師の背に悪寒がよぎる。
「ま、まさか皆さん!!」
「う、うーむ……」
「はっ! その声は!」
導師は近くの瓦礫に駆け寄ると、急いでその残骸を取り払っていった。
「大丈夫ですか!? A太君!!」
「う~ん……はっ、導師!!」
「いてて……アレ……ここは……」
「その声は! C朗君!!」
「shit......I ache all over......」
「D・マイケル君も!! 何故か現地語になってるけど! でも、みんな無事なのですか!?」
「ええ。なんとか……しかし、ここは一体……?」
ゆっくりと立ち上がると、辺りを見回しながらB朗は不安げに尋ねる。
「ここがどこの土地かは分かりません……しかし、これだけはいえます……!」
ごくり。
生唾を飲む音が聞こえるような間が訪れる。誰もが導師に視線を向け、次の言葉を待っていた。そして、導師はゆっくりと口を開いた。
「ワタクシ達は…………ワタクシ達は!! 神に救われたのでぇえ~~~~す!!!! ワタクシ達は!! 今!! 確かに生きている!!!」
『いえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇいいいいい!!!!』
地を轟かすような歓声が沸き立つ。誰もがこの瞬間を喜び、誰もがこの瞬間に感謝し……そして、誰もが、この瞬間神を『信じていた』。
「落ち着いて! 落ち着いて皆さん!! まだ喜ぶのは早いですよぉっ!! C助君! 予備の無線装置は!?」
「はい! 持ってます! 急いで近辺の国にレスキューを要請します!!」
C朗は懐から取り出した無線をいじりだす。そのしゃがみ込んだ背中はやはりどこか楽しげである。
その間に、残る男達は心底安心したというその気持ちを改めて確認しているようだった。
「いやいやぁ!! やはり神はいた! 神はいましたとも!!」
「いやいや!! 私も実はそうなんじゃないかって思ってましたよ!」
「A太この野郎!! よく言いますよっ! お調子者なんだからっ!! ホントにこいつめっ!!」
「でも、まだ天国があるという証明にはなってませんよ?」
「もぉぉぉぉ~~!!! こんな時までB朗君は屁理屈こねますね!!! でも、ワタクシ! そんなみんなが大好きでありますよぉ~~!!」
「僕も大好きです!!!!」
「オー! D・マイコーッ!!!! シャルウィーダァ~ンス!?」
きゃぴきゃぴと盛り上がりに盛り上がる野郎共。そんな中、背を向けたC助がすっと手をあげた。
「あの……導師」
「え!? なんでございますかぁ~~~!? C助君~~~!? キミも早く加わりたまえぇ~~~~!!!!」
男達は輪になって手を繋ぎ、ぐるぐると回りまくっている。そんな奇妙な集団を一人冷ややかに見つめる、C助。
「な! なんですかあぁ~~!? その目はぁ~!? カッコつけてないで喜びなさいってばあぁ~~~~!!!」
「いや、あのですね……導師…………」
不意に……不穏な空気が漂う。
その、ただならぬ様子で見つめるC助の様子から、自然と輪は崩れていった。輪から離れた導師が、C朗の背後に歩み寄る。
「な、なにかあったのですか……?」
「いや、あの……繋がらないんですよ、無線が」
「周波数を変えてやってますか?」
「もちろん!! 知りうる限りの回線にアクセスしています!! しかし、どこにもアクセスできないどころか……どうやら電波すら発せられていないようなのです……」
いつの間にかみんながC助を囲むように集まり出し、どこか緊張した面持ちで彼を見つめ始めた。
「それはつまり……無線の故障……ということでしょうか……?」
「そういう物理的なモノではないと……私は感じます……」
不意に、周囲を重い空気が包み込んだ。今になって、硝煙で黒みがかった風景のおぞましさを全員が意識し始める。
「あの……ですね……」
沈黙の中、おずおずと導師は尋ねる。
「正直に言って欲しい……C助君……キミの意見をです…………。正直言って、ワタクシにはキミが何を考えているか、全く持って想像できない……。C助君、キミはもしかして、何か重大なことに気づいているのですか?」
本日何度経験したか分からない、沈黙という精神的暴力。この無限のような間に男達の精神が蝕まれようかとするまさしくその前に、C助はおもむろに口を開いた。
「私の解釈ですが……」
そこで一度途切れたが……やがて観念したように、C助は言葉を続けた。
「この状況はたぶん……みんな助かってない……」
「……え?」
「助かってないんですよ。こうやって私達、会話してますけど……」
「ちょ、ちょっと待った! C助君!!」
状況が全く掴めない。そう言いたげな表情を浮かべて、頭を抱えながら導師が割り込んで入る。
「あの……えっとそれは……! つまり!我々は今……本当に天国に来てしまったということですか!?」
そのセリフをきっかけに、男達がざわめきだす。かくいう導師も、その声には焦りのようなものが籠もっていたのは確かに感じられた。そんな中でもC朗は表情一つ変えずに呟いた。「違う」と。
「違いますよ……それはきっとあり得ない……だってみんな、天国なんてそこまで信じてなかったじゃないですか……」
「C助君……キミは……」
導師の頬に、一筋の汗が伝う。いや、導師だけではない。恐らく乗員全員の顔には、涙とも汗とも分からない液体がしたたっているようだった。俯いたままでC助は、その青ざめた表情を一切変えず、やがて呟いた。
「大気圏を落下している時、みんな一体何を考えてたんでしょうかね……」
「そ、それは……『このまま天に登れば、きっと天国へ行ける。必ず、絶対辿り着ける。宇宙なんてありっこない』って……だから、こうやって信仰が届いて、天国に着けたんじゃ……」
「だから、それは違いますって……命に危険を感じてるときに、そんな暢気なこと考えていられますか……?」
そう哀しげに呟いてC助はゆっくりと顔をあげた。
「諦めです……少なくとも私があの時感じていたのは生きることへの諦めでした」
「あ……諦め?」
「ええ。そしてきっと、みんなもそうだったはずです……」
すっかり青ざめた一同に向かい、C助は最後に冷ややかな口調で告げる。
「きっと我々はあの時……『このまま地に落ちたら、むしろ地獄へ行ってしまう。必ず、絶対辿り着いてしまう。生き残れる奇跡なんてありっこない』というような事を、同時に全員で考えた……いや、『信仰』を送ってしまったんじゃでしょうか……?『天国』とは……真逆のところに……」
もっと嫌~な感じのオチを表現できるようになりたい!!
是非感想お願いいたします!