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第12話 首より重いもの

戦国の世では、 怒りは力になる。

だが。

怒りは時として、 最も利用されやすい感情でもあった。

使者が去った後。

 広間には、  重い沈黙が残っていた。

 誰も動かない。

 誰も話さない。

 やがて。

 戸次鑑連が立ち上がった。

「御屋形様」

 低い声だった。

「使者の首を渡しましょう」

 空気が動く。

 家臣たちの何人かが頷いた。

「島津へ送り返せばよい」

「こちらが恐れておらぬと分かる」

 鑑連らしい考えだった。

 真正面から叩き潰す。

 それが戦場の理だった。

 だが。

「それは違います」

 ハリーが静かに言った。

 鑑連の目が向く。

「何故だ」

「それを待ってるからです」

 沈黙。

 宗麟も、  鑑速も、  アルメイダも見る。

「どういう意味だ」

 鑑速が聞いた。

 ハリーは静かに答える。

「レオンは、  こちらを怒らせたい」

「怒り」

「恐怖」

「焦り」

「感情で動かしたい」

 宗麟の目が細くなる。

 確かに。

 あの使者の言葉は、  人を怒らせるためのものだった。

 ハリーは続ける。

「使者を斬れば」

「島津は言う」

『大友は追い詰められている』

『冷静さを失った』

『だから従え』

 鑑速が腕を組む。

「なるほど」

「戦ではなく、  物語を作っているのか」

 ハリーは頷く。

「人は事実では動かない」

「物語で動く」

 アルメイダが苦く笑う。

「相変わらず、  嫌な男です」

 宗麟が聞く。

「レオンか」

 アルメイダは頷く。

「昔からそうでした」

「人を救う知識ではなく」

「人を操る知識を好んだ」

 広間が静まる。

 その時。

 宗麟が立ち上がった。

 全員が見る。

 最近までの宗麟なら。

 怒っていた。

 焦っていた。

 だが今は違う。

 別府の朝日。

 海風。

 静かな呼吸。

 それらが、  まだ身体に残っていた。

「面白い」

 宗麟が笑う。

 家臣たちが驚く。

 御屋形様が、  また笑った。

「ならば逆をやる」

 宗麟はゆっくり言った。

「最高のもてなしをして帰せ」

 広間がざわつく。

「御屋形様!」

 鑑連ですら驚いていた。

 だが宗麟は続ける。

「そして伝えろ」

 全員が耳を傾ける。

「大友は慌てていない」

「とな」

 静かな声だった。

 だが。

 その言葉には力があった。

 鑑速が小さく笑う。

「なるほど」

「それは効きますな」

 アルメイダも頷く。

「レオンが一番嫌う返答です」

 ハリーは宗麟を見る。

 変わってきている。

 少しずつ。

 だが確実に。

 大友宗麟が戻り始めている。

 その瞬間だった。

 突然。

 ハリーの視界が揺れる。

 炎。

 血。

 倒れる兵。

 そして。

 一人の女性。

 宗麟の隣で、  静かに微笑む女性。

 その胸を、  矢が貫いていた。

「……っ!」

 胸が痛む。

 まただ。

 未来が警告している。

 だが。

 まだ言えない。

 未来を変える言葉は、  許されない。

 ハリーはただ。

 その見えない運命を、  睨み返していた。

今回の話は、 戦国時代の「心理戦」を意識して書きました。

実際の戦国武将たちも、 刀や鉄砲だけで戦っていたわけではありません。

噂。

評判。

情報。

恐怖。

そして安心。

人の心をどう動かすかも、 大きな戦略だったと思います。

宗麟は実際、 武力だけでなく外交や文化によって大友家を支えた人物でした。

だからこそ、 この物語では

「整える」

という視点から宗麟を描いています。

次回は、 ハリーが未来で見た女性の正体へ少し近づきます。

宗麟の人間らしい部分や、 ほんのりとした恋愛要素も動き始める予定です。

読んでいただきありがとうございました。

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