第6章 勇気の先にあるものは
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【隆司side】
水族館を出る頃には、隆司の胸は高鳴りっぱなしだった。
実は──今日こそ告白する、と朝からずっと決めていた。
そのことを悟られないよう、できる限り自然体を装っていたけれど、
隣にいるだけで鼓動は落ち着かない。
夏の湿った空気から、どこか乾いた風へ。
季節の境目を感じさせるその風が、隆司の汗を一つひとつ冷ましていく。
深呼吸をひとつ。ようやく気持ちが少しだけ整った。
公園は、子どものころから二人のお気に入りの場所だった。
家からも近く、走り回れる広さのある、思い出の公園だ。
着いた頃には午後五時。沈みかけた陽がまぶしくて、隆司は目を細めた。
遊び疲れた子どもたちが、親に手を引かれて帰っていく。
そんな風景が、少しだけ背中を押してくれる気がした。
自販機で、さくらはペットボトルのお茶を。
隆司は缶コーヒーを買って、並んでベンチに腰を下ろす。
日が傾いて、風がほどよく涼しくなり、二人の間を静かに通り抜けていった。
水族館の感想、勉強のこと、最近あったこと──
他愛ないやり取りの中で、胸の奥に蓄えていた言葉が
もう抑えきれなくなった。
気付けば、隆司は立ち上がっていた。
心臓は自分でもうるさいと思うほど騒いでいて、
さくらに聞こえてしまうんじゃないかと本気で思う。
けれど、この瞬間を逃すわけにはいかない。
「……さくら。俺、さくらが好きだ。ずっと前から好きだった。
俺と、付き合ってくれない?」
言った瞬間、彼女が戸惑った表情を浮かべたのが分かった。
胸の奥が少し沈む。
──やっぱりダメだったのか。
そんな不安が一瞬よぎった。
しかし、さくらも立ち上がる。
「隆司くん……私も、好き。もっと隆司くんのこと知りたい」
その言葉に、胸の奥につかえていたものが一気にほどけた。
緊張が喜びにひっくり返り、身体じゅうが軽くなる。
「ありがとう、さくら……!
俺も、もっとさくらのこと知りたい。ほんとに嬉しい」
さくらがぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いします」
思わず隆司も同じように頭を下げていた。
「こちらこそ……よろしくな」
こうして二人は、正式に恋人同士になった。
ひぐらしが鳴く夕暮れの公園。
オレンジ色の光が二人を柔らかく包みこんでいる。
重ねた手は、そっと、しかし確かに握られていた。
【さくらside】
ベッドに寝転び、スマホを胸に抱きしめる。
「――やっばい。隆司くんが彼氏になっちゃった。どうしよう」
頬が自然とゆるみ、ほんのり赤く染まる。
望んでいたはずなのに、心が追いつかなくて落ち着いていられない。
嬉しさが溢れて、枕に顔を埋め――
「わぁぁぁぁぁ……彼氏できちゃったぁぁぁ!」
思わず足までバタバタさせてしまう。
このタイミングで妹の涼花が部屋に来たら、恥ずかしすぎる。
普段はしっかり者のお姉さんをしているのに、今のさくらはすっかり子どもみたいにはしゃいでいる。
「――涼花が可愛いアクセサリー買ってもらった時と同じだよ、これ」
スマホを見つめ、震える指先でお礼のメッセージを入力する。
「隆司くん、今日は勉強もありがとう。これからも末永くよろしくね」
そして、瓶に入ったガラス石の写真を添えて送る。
二人だけの秘密が、とても愛おしく感じられた。
「――はぁ、嬉しいなぁ。よし、日奈子に報告しよ」
切り替えが早いのも、さくらの良いところだ。
LINE電話で、照れながら今日の出来事を話す。
「なんだ、図書館の彼、やっぱりさくらの本命だったんだね」
全部お見通し――“ようやく付き合ったかぁ” と日奈子は心の中で思う。
「えへへ。初めての彼氏……付き合ったら何したらいいんだろう」
顔を赤くしながら、先輩の彼氏がいた日奈子に相談する。
「そうだなぁ。カラオケとか映画とか、
カフェとか買い物デートっていうのが定番じゃない?」
さらっとそういうことを言えるのが、日奈子らしいサバサバ感だった。
「そっか!いっぱいあるんだね。ふふっ」
舞い上がりそうな気持ちを必死に抑え、声が変に弾む。
「せっかく彼氏と彼女になったんだから、二人の時間を楽しみなよ」
いつも気の利いた言葉をくれる日奈子は、本当に大切な友達だ。
「うん。ありがとう!また連絡するね」
そう言って通話を切る。
「――夢じゃないよね。本当だよね……」
ベッドに寝転んだままスマホ画面を見ていると――
“ぴろりん”
隆司からの着信。驚いてスマホを落としそうになる。
「さくら、ありがとう。俺もすごく嬉しかった。これからもよろしくな」
ガラス石の写真も一緒に届いた。
最後に添えられた、照れたようなスマイルマーク。
その瞬間、二人の距離は、磁石のようにまた一歩近づいていった。
【隆司side】
「――ついに言っちゃった。で、OKもらえた!
こんなの奇跡!夢!うおおおおお!」
興奮しすぎて、勢いのまま壁に額をぶつける。
痛い。けど痛みすら幸福の一部。
夢じゃない証拠に、LINEの通知が届く。
『隆司くん、今日は勉強もありがとう。これからも末永くよろしくね』
添えられたのは、瓶に詰めたガラス石の写真。
「――うおおおおお。可愛い!さくら可愛すぎる!
俺の自慢の彼女だぁぁぁ……!」
叫びたい気持ちを全身で押し殺していると、
部屋の扉をノックする音。
やばい、このテンションで誰にも会いたくない。
「……誰だよ、もう……」
ドアを開けると、弟の渉が夜食のお盆を持って立っていた。
「はい、母さんから夜食。じゃ、置いとくから」
おにぎり二つとお茶。
いつも通りの距離感で、すっと差し出される。
ぽかんとする隆司。
渉が去ってから、ようやく現実に引き戻された。
「……ああ、俺、受験生だったわ」
浮き立った心に、少し冷たい風が吹き抜ける。
けれど――
「たまに息抜きに二人で出かけるくらい、いいよな」
そう声に出して呟く。
一年半しかない。
勉強も、恋も、どっちも大切にしたい。
半分開け放たれた窓から、
熱気と乾いた夜風が入り混じって吹き込み、
隆司の熱を優しく冷ましていった。
読んでくださりありがとうございました。




