第5章 水族館デート
【さくら side】
朝からセミが鳴き止まない。土曜日の陽ざしはすでに真夏の気配をまとっている。
さくらはどの服を着ていくか、前日から迷いに迷っていた。
結局、ブルーと白のチェック柄のワンピースに、麦わら帽子。
白いショルダーバッグとサンダルが、
さくらの肌を明るく見せていた。
「いってきまーす。」
お母さんが顔を出すと、
「遅くならないようにするのよ。」
さくらはどこかソワソワしながらも
「分かってるからー。行ってきまーす」
というと足早に、最寄り駅に向かった。
まだ朝の10時だというのに真夏の太陽は容赦なく照り付ける。
それでもさくらの服装は暑さにまけず、清潔感にあふれ品のあるコーディネイト
になっていた。どこかセンスがいいのもさくらの長所だ。
10分ほどあるくと、最寄り駅につく。
隆司の姿が見えると、さくらは思わず歩幅が早くなる。胸の奥が、じわっと熱くなる。
「ごめん。待ったかな。暑いよね。電車に急ごうか」
隆司は首筋に汗をかいていたが、意に介さない様子で
「俺も今来たところ。じゃあ、電車、乗ろうか。あと4分で出発みたい」
調べてくれていたんだ。さくらは何となく心が躍った。
自分のためにしてくれる事がこんなに嬉しいなんて初めて気づいた。
二人は急ぎ足でプラットフォームに急いだ。
”プォー”という合図とともに、電車は時刻通りに到着した。
車内はエアコンが効いていて、汗がすっと引いていく。
二人は窓際で立って、少し熱い光を浴びながら、水族館の話をしていた。
さくらは、隆司のサッカーで鍛えた逞しい体と体臭に
男らしさを感じて、「ー隆司くんカッコいいな」とちょっと恥ずかしくなる。
女子高にはないその逞しさがまぶしかった。
水族館の中はさくらにとって夢の国のような存在だ。
至る所に海の生物がいる。小さい魚からシーラカンスのような古代魚まで。
さくらは、思わず隆司の手を引っ張って、水族館で一番大きな水槽の前にきた。
ジンベイザメがとくに好きなさくらにとって、この水槽は宝箱のような存在だ。
巨大な体なのに、ゆったりと水を滑るように泳ぐ姿が、さくらにはたまらなく優しく見えるのだ。
きらきらとひかるさくらの目を、隆司は見逃しはしなかった。
「ーこんな、無邪気なさくらを見るのはいつぶりだろう。
海でガラス石をとったとき以来かな」
そんな、隆司の想いには全く気付かず、とにかく大水槽を
気持ちよさそうに泳ぐ魚たちをその水槽に入ってしまったのではないかと
思うほど、夢中になってみていた。
我に返ったさくらは、はにかみながら
「隆司くん、ごめん。ジンベイザメに夢中になってた」
隆司はクスクスと笑いながら目じりを細めて
「知ってた。ずっと見ているんだもんな。」
さくらは、顔から火が噴きそうだった。
館内はひんやりしているのに、背中をつうっと汗が流れていく。
隆司くんに隠しているつもりはなかったけれど──
“好き”という気持ちを知られるのは、どうしてこんなに照れくさいんだろう。
カフェでひと息ついたあと、二人はお土産コーナーへ向かった。
さくらは店内をゆっくり見て回り、ぬいぐるみコーナーの前で立ち止まる。
視線の先には、やっぱりジンベイザメ。
手に取って、そっと胸に抱き寄せてみる。ふわりとした感触に思わず頬がゆるむ。
すると横から隆司が伸びてきて、
「貸して」
と言ったかと思うと、そのままぬいぐるみを持ってレジへ向かってしまった。
ぽかんとしているさくらの前に、袋に入ったそれが差し出される。
「今日の記念」
ニカッと笑う隆司。その無邪気な笑顔に、さくらの胸がきゅっと鳴った。
「隆司くん……ありがとう。本当に嬉しい」
「いいよ。欲しかったんだろ?」
さらりと言われて、さくらはもうどうしようもなかった。
ただでさえ好きなのに、こんなことをされたら——
ますます好きになってしまうに決まっている。
お土産を大事に抱えながら、二人は近くの公園で休むことにした。
午後四時。外へ出ると、夏の鋭い日差しはどこかへ引き、
日暮らしの声が街を包んでいた。
さっきまでの蒸し暑さが嘘のように、どこか乾いた空気が
秋の気配をそっと運んでくる。




