第3話 青春、恋街道まっしぐら
いつも読んでくださりありがとうございます。
二人の距離がどうなるか。ドキドキの回でございます。
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【さくら side】
朝の光がカーテンの隙間から差し込んで、
さくらの机の上のガラス石を照らした。
光を受けた石は、まるで心臓の鼓動に合わせて
きらりと瞬きをするようだった。
さくらは静かにその小さな瓶を手に取り、
胸の奥で鳴る“何か”を確かめるように、
石をそっと中へと入れた。
“この気持ちに名前をつけるのは、まだ早い。”
そう思いながらも、頬が少しだけ熱くなる。
さくらは、自分の名前が大好きだった。
桜色も同じくらいに。
ポーチは薄いピンクと白のストライプ。
そこに、白と青のマーブル模様が足されている。
淡い色が混ざり合って、美しいコントラストを描いていた。
ポーチをそっと鞄にしまう。
その中には、二人だけの“秘密”が隠れているようで、胸がどきりとした。
「──隆司くんの筆箱を並べてみたいな……」
そんなことを思ってしまった自分が恥ずかしくて、頬が赤く染まる。
照れ隠しのように一階へ降り、朝食をとった。
食べ終えると、さくらは学校へと向かう。
足取りは、空に飛び立つ小鳥のように軽やかだった。
教科書を出すとき、そっとポーチに目をやる。
嬉しさが胸いっぱいに広がった。
「──夜になったら、隆司くんにLINEしようかな……」
そんな思いが、胸の奥でふわりと揺れる。
帰宅後、さくらはガラス石の入ったポーチを宝物のように机に置いた。
光に透ける石を見つめながら、隆司へのLINEの文章を考えはじめる。
けれど、何も浮かばない。
──いや、浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
まるで、しゃぼん玉のように。
頭の中がぐるぐるしてきて、思わずベッドへダイブした。
「──ぷはぁ。何から話せばいいんだろ。
隆司くん、嫌ってはいないと思うけど……
やっぱり図書館デートかな。あっ、デートって言っちゃった……。
あれ、私……隆司くんに恋してる!?」
その瞬間、春一番の風が吹いたように心がざわめいた。
散々迷った末に打ち込んだのは、
『また、図書館で一緒に勉強しない?』
という一文だけ。
精一杯の勇気を込めて、送信ボタンを押す。
──そして、静かにため息をついた。
「結局、何も進展しなかったな……」
【隆司 side】
「──俺からも、さくらにLINE送りたいな……。
でも、何送ればいいか全然わかんねぇ……」
壁に軽く頭をぶつけ、情けない自分にがっかりする。
その瞬間、さくらからのLINEが届いた。
一気に、浮かれモードへスイッチオン。
さっきまでの落ち込んだ隆司の姿は、どこにもなかった。
“勉強に誘ってくれた嬉しさ”と、
“もう少し特別な関係に近づけないもどかしさ”が、胸の中でごちゃまぜになる。
『ありがとう。今度の月曜どう?』
緊張でぎこちない指先を動かしながら、ようやく返信を打つ。
すぐに返ってきたメッセージ。
『大丈夫だよ。楽しみにしているね』
「……これ、嫌いな相手には言わねぇよな? もしかして脈あり?」
思わず顔がゆるむ。
震える指で「俺も楽しみ」と打ち、送信ボタンを押した。
「──ああ、神様。俺に勇気をください」
星空に向かって手を合わせる自分の姿に、思わず苦笑する。
月曜日の朝。
嬉しさと恥ずかしさで心臓がバクバクしていた。
朝食の味もよくわからないまま鞄をつかみ、玄関へ飛び出す。
その瞬間、忘れた弁当を持って母親が追いかけてきた。
気恥ずかしさがピークに達する。
──隆司は、どうやら赤面症らしい。
一日中そわそわして、授業にはまったく集中できなかった。
どこか一点を見つめては、なにかをぶつぶつ唱えている。
クラスメイトに冷やかされては、間の抜けた反応を返し、
結局、放課後までその調子だった。
放課後。
さくらと勉強できる──そう思うだけで、身体が固くなる。
汗をぬぐいながら図書館に入ると、まださくらの姿はなかった。
そっと脇の匂いを確かめる。
「……大丈夫、たぶん。念のため制汗スプレーしとくか」
トイレで缶を振り、少しだけ吹きつける。
再度確認して「よし」と気合を入れると、
奥の壁際の席に腰を下ろした。
エアコンの風がちょうどいい。
ここなら、さくらが冷えすぎることもない。
──それが隆司なりの、精一杯の気遣いだった。
鞄から問題集とノート、ペンケースを取り出す。
ふと、ペンケースについたガラス石が目に入った。
胸の奥がじんわり熱くなる。
エアコンの“ゴーッ”という音が、その鼓動を静かに包みこんだ。
顔を上げると、さくらが入口で軽く手をあげていた。
隆司も手をあげて場所を知らせる。
向かいの席に座ったさくらが、勉強道具を取り出し、
小瓶のついたポーチをそっと隆司のペンケースの隣に置いた。
「それ、付けてくれたんだ。嬉しいよ」
隆司の声が、少しだけ震える。
さくらは照れくさそうに笑って答えた。
「うん。だって、ずっと宝物だったから。
隆司くんのおかげで、こうして持ち歩けるの。すごく嬉しい」
二人は目を合わせ、静かに微笑み合う。
──この感覚、久しぶりだな。十二年前の、あの日みたいだ。
静寂だけが、二人の間に入り込むことを赦されていた。
その穏やかな時間の中で、勉強は驚くほど捗っていった。
読んでくださりありがとうございました。




