第12章 「名残」
【隆司side】
カフェに着くと、隆司はメニューを開いた。
(ドリンクはカフェオレにしよ。……ケーキセットも良いかも)
ゲームセンターで動き回っていたせいか、少し空腹を感じていた。
「さくら、何にする? 俺、ケーキセットにする」
さくらはしばらく迷ってから、ぱっと顔を上げる。
「私もケーキセット! チョコレートケーキにする!」
思い切りよく言ったせいか、頬を少し赤くしている。
そんな素直さも、さくららしくて好きだ。
「飲み物は?」
まとめて注文を取ろうと隆司が聞くと、
「私、ハーブティーにする」
「すみませーん」
隆司はあたりを見まわしてから、手が空いてそうな店員さんを呼んだ。
「ケーキセットを2つ。チョコレートケーキとハーブティー。
それからモンブランとカフェオレをお願いします」
てきぱきと注文する隆司に、さくらはうっとりしたような表情を向けている。
(そんなに見られたら照れるって……。話題、何かふらないと)
「さくら、最近勉強どう?」
一番無難な共通話題を探すと、どうしても受験の話になる。
「うーん、まずまず。狙ってるT大の模試判定がBだったから、
これから頑張ればAには届くと思ってる」
さらりと言うが、そこに確かな意志がにじむ。
(地元の国立で、海洋生物学があって……さくらのための大学って感じだよな。
B判定って、普通にすごい)
「俺もK大とかS大あたり狙ってて……なんとかB判定」
隆司は法律系に強い東京の大学を目標にしていた。
高二でトップクラスの大学にB判定。二人とも十分優秀だ。
「二人ともBか〜。もう少しでAだし、頑張らないとね」
さくらはやる気がみなぎってきたのか、前のめりで話し始める。
そこへ、ケーキとドリンクが運ばれてきた。
カフェオレからはコーヒーとミルクの甘い香り。
モンブランのクリームもたっぷりで食欲をそそる。
(このカフェ、当たりだったな)
ゲームセンターを出る時にいくつか候補を見て、
風が冷たかったこともあり近場を選んだのだ。
隆司はカフェオレを一口。
ほろ苦さとミルクの甘さが絶妙で、疲れた身体にしみる。
ふと見ると、さくらはケーキを頬張っていた。
「美味し〜。甘すぎなくて、ちょっとビターなチョコがいい感じ。
私こういう味大好き。……もしかして隆司くん、カフェ巡りとかしちゃってる?」
不意打ちに、隆司はカフェオレを吹き出しそうになった。
「ないない! 男友達とカフェ巡りって、ちょっとキモくない?
一人ならまぁ……なくはないけど。
でも普段行かないよ。さくらといると、前にケーキ屋行った時のこと思い出すな」
「あははっ、めっちゃ焦ってる。冗談だよー。
私は日奈子とたまに行ったりしてたけどね。
うんうん、前のケーキ屋さんも当たりだったよね。チーズケーキが絶品だった」
さくらは、以前二人で行った店のことをちゃんと覚えていた。
隆司はモンブランにフォークを入れ、一口。
(うま……。この店もメモしとこ)
映画、ゲームセンター、そしてカフェ。
今日は本当に充実した一日だった。
隆司はスマホを取り出し、地図アプリで店をお気に入りに登録する。
ふと視線を窓へ向けると、すっかり日が落ちていた。
差し込む西日の影が店内に伸び、その光がさくらの横顔を照らす。
その横顔が、思わず息をのむほど綺麗で――
(……きれいだ)
と、胸の内でそっとつぶやいた。
【さくらside】
運ばれてきたケーキがあまりにも美味しくて、さくらは夢中でフォークを進めていた。
イタリアンのお店も最高だったし、ゲームセンターもすごく楽しかった。
そして、このカフェも落ち着いた雰囲気で心地いい。
(ケーキセットにしてよかった……ダイエットは明日から、ってことで)
そんなことを考えながら、目の前のケーキに完全に集中していた。
夢中になると周りが見えなくなるのは、さくらのよくある癖だ。
「チョコレートケーキ、美味い?」
隆司に声をかけられ、さくらはハッと我に返った。
「うん、すごく美味しいよ。あっ、モンブランと交換して味見してみない?」
美味しいものをシェアしたくなるのは、さくらの幸せのひとつだった。
「いいよ。はい」
隆司は軽やかに皿を持ち上げ、二人でケーキを交換する。
(“あーん”とかしてみたいけど……まだ早いよね)
想像してしまい、自分で顔が熱くなる。
「モンブランも美味しい。たまに甘すぎるのあるけど、
ここはちょうどいい甘さで……栗の味もしっかりしてるし、クリームも美味しいね」
(……食レポかっ!)
心の中で自分にツッコんでしまう。
「さくらのチョコケーキも甘さがちょうどいいな。うん、これも美味い」
隆司も満足そうに頷く。
ここ、通ってしまいそう――そんな気持ちがふっと胸に浮かんだ。
さくらは表情を引き締め、隆司の目を真っ直ぐ見た。
「私たち、受験生でしょ。これから一年半は勉強に集中しなきゃいけないし、
毎週こんなふうにデートするのはむずかしくなると思うの。
だから……週に2〜3回、図書館で一緒に勉強しない?
“勉強デート”。どうかな?」
突然の提案に隆司は少し驚いたが、すぐに真剣な表情になる。
現実的で、今の二人にちょうどいいアイデアだとすぐに理解した。
「いいな、それ。俺、これからのデートどうしようかって実は悩んでたんだ。
図書館なら会えるし、勉強も進むし……さくらがそういうの思いつくの、
本当にすごいと思う。ちゃんと現実も見てるし」
(同じ気持ちだったんだ……うれしい。それに褒められちゃった……へへっ)
自分から言い出したのに、照れくさくて笑みが漏れる。
「隆司くんがそう言ってくれて嬉しいよ。……勉強も恋愛も、両立しなきゃね」
隆司が満足そうに微笑むのを見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「お互い、一緒に頑張ろうな」
その言葉に合わせるように、隆司も柔らかい笑顔を返す。
(うわ……その笑顔、最高にかっこいい。ずるいよ……。
でも、その“ずるい笑顔”が私のものなんだよね)
そう思った瞬間、胸の奥にふわっと誇らしさが灯る。
“この人と一緒に頑張っていくんだ”という確かな実感が、静かに満ちてきた。
「外、暗くなってきたね。そろそろ帰ろっか。ここのお会計、私に払わせて」
ランチもゲームセンターも奢ってもらった。割り勘にしても申し訳なさすぎる。
「まじか。ありがとう」
本当に驚いたような声。でも、その気持ちを汲んでくれたのが伝わる。
外に出ると、ストールを巻いていても少し肌寒かった。
街灯に照らされた二人の影が、手を繋いだまま寄り添うようにアスファルトに伸びていた。




