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第10章 「ランチのお味はいかが」

【隆司side】


 手を繋いだまま映画館を出る。

次はランチだ。ポップコーンは食べたけど、

食べ盛りのサッカー部男子には“前菜”みたいなもの。まだまだ余裕がある。


「お昼さ、俺ちょっと調べてきて……ここから五分くらい歩いたところに

あるイタリアン、評判いいんだ。どうかな?」


 さくらは迷いもなく「うん、いいよ」と笑ってくれた。


(よっしゃ。計画通り……!しかも手つなぎ維持とか嬉しすぎる)


 その後の五分は、ほとんど記憶がない。

緊張と幸せで、何を話したのか曖昧だ。

冬の日差しがやわらかくて、手のひらはほんのり汗ばんでいた。


(手汗……大丈夫かな)

そればかり気にしていた。


 店に着き、席に案内される。

二人はサラダ・ドリンク・ドルチェ付きのランチコースを選んだ。


 隆司はこってりカルボナーラ。

さくらは小エビのトマトソース。

甘いもの好きのさくらには、日替わりドルチェがティラミスというのも最高のシチュエーションだ。


(店選び、俺マジ偉い)


 そんな自己満足を胸にしまいつつ、二人は自然に受験勉強の話になった。

模試の結果、苦手科目、勉強法……話題は尽きない。


 前菜のサラダが運ばれる。

レタスや紫キャベツが鮮やかで、シーザードレッシングの香りがふわりと立つ。

シャキシャキと口で弾ける食感が心地よい。


 ふいに、さくらが聞いてきた。


「どうして、法律を学ぼうと思ったの?」


「俺、検事になりたいんだ。給料はそんな高くないだろうけど、

弱い立場の人を助けたいんだ。政治家とかその秘書が悪いことして、

国民の税金を湯水のように使ってる……ああいうの、どうしても許せない」


 自分でも驚くほど熱く語ってしまい、ちょっと照れる。

さくらはじっと、熱を帯びた瞳で聞き入っていた。


「さくらは? どうして海洋生物学へ?」


 それはずっと聞きたかった。

もう、この頃には――たとえ遠距離でも付き合えたら、と密かに思っていた。


 さくらは、十二年前のあの日の話をした。

一緒に海へ行ったあのとき、波打ち際のヒトデが花みたいに見えたこと。

多くの人は海の生き物を怖がるのに、自分だけはなぜか身近に感じたこと。


 そして子供用の図鑑を買ってもらって、水族館に通い詰めた日々のこと。

母と妹と一緒に、年パスが元を取れるほど通ったらしい。


「だからね、一番好きな場所は水族館なんだ」


 さくらは瞳を潤ませたまま、好きなものを語る。

その姿がたまらなく愛おしい。

好きなことに一直線な子は、どうしようもなく魅力的だ。


「なぁ……大学は別々になると思うけど、遠距離で……付き合えないかな。

まだ早いのはわかってる。でも、俺、さくらといるとすっげー楽しいんだ」


 勇気を振り絞った言葉。

心臓が少し痛いくらい跳ねていた。


「……うん。私も、そうできたら嬉しいな」


 柔らかな返事が返ってきた瞬間、胸の奥が熱くなる。


 そんなタイミングで、ちょうどメインのスパゲティが運ばれてきた。

カルボナーラから立ち上る濃厚なチーズの香りが、空腹に拍車をかける。


(大盛りにすればよかった……)


 思わずそんなことを考えてしまうほど、魅力的な香りだ。


「いただきます」


 麺をクルクル巻いて口へ運ぶと、卵のコク、生クリームのまろやかさ、

チーズの塩気が一体となって広がる。

本場のカルボナーラには生クリームは使わないらしいけど――


(俺は、これが好きだ)


「おいしー。隆司くん、いいお店見つけてくれてありがとう」


 さくらが心から嬉しそうに笑っている。

その笑顔を見るだけで、もう満腹になりそうだ。


 まだ半日しか経っていないのに、すでに一日を使い切ったような充足感が胸に広がっていた。



【さくらside】


 小エビのトマトクリームパスタが運ばれてくる。

海老は好物の一つだから、胸がふわっと弾む。

麺をくるりと巻いて一口。

(えっ……すっごい美味しい。こんなパスタ初めてかも)


「おいしー。隆司くん、このお店すごく美味しいね。探してくれてありがとう」


 向かいを見ると、隆司も夢中で食べている。気に入ってくれたんだと思うと、なんだか嬉しい。

さくらはもう一口味わってから、さっきの話の続きをした。


「ねぇ、遠距離恋愛のことだけど……まだ付き合いたてだから実感ないけど、

在来線で行ける距離だし、私も“アリ”かなって思った」


 隆司はテーブルの下で、気づかれないようにガッツポーズを決めている――けど、そんなのさくらにはお見通しだ。

昔からずっと変わらない、真っ直ぐで子供みたいに素直なところ。

そこが隆司の一番いいところで、きっと好きになった理由の一つなんだと思う。


「ところで、このあとどうする? 公園デートも捨てがたいけど、ちょっと寒くなってきちゃったしね」


 本当に、今が人生の絶頂なんじゃないかと思うくらい――それほど楽しい。


 隆司はスマホをちらちら見ながら、


「ゲーセンどう? UFOキャッチャーとかプライズやってみない?

誤解させちゃったお詫びに、今日のデートプラン考えてきたんだ」


 どうやら本当にあれこれ検索して、さくらを楽しませようとしてくれたらしい。

その優しさも、すごく隆司らしい。ゲームセンターはほとんど行ったことがないけど、なんだかワクワクしてきた。


「いいよっ! 楽しみ! 太鼓の達人もやってみたい。全然やったことないけど」


 通りを歩くたび、軽快なリズムに合わせて太鼓を叩く人たちを見て、ちょっと羨ましかった。

でも、日奈子はゲームに興味ないし、涼花はまだ小さい。だから、ゲームセンターは“行ってみたい場所”のままだった。


「俺、太鼓の達人わりと上手いんだぜ」

そう言うなり、バチを振る真似をしてみせる。


「ふふっ、隆司くん面白い!」


 本当にそう思う。

女子高で過ごしてきたさくらからすると、こういう元気いっぱいの男子の仕草は、なんだか眩しく映る。

筋肉質の腕も、無邪気な動きも、全部“男の子”って感じで新鮮だ。


「UFOキャッチャーって難しいの?」


 運が悪いゲームはちょっと苦手だから、純粋な疑問として尋ねてみる。


 隆司は「店にもよるよ」と言って、

取れやすいぬいぐるみや、店員さんが調整してくれることもあるらしいと教えてくれた。

何も知らないさくらには、その全部が初めてで、少しだけ心が弾む。


 最後のティラミスが運ばれてくる。

スプーンを入れて口に運ぶと、

染み込んだほろ苦いコーヒーの香りと、甘すぎないマスカルポーネがふわっと広がる。


「これも、すっごい美味しい! 隆司くんも食べてみて!」


 促さなくても食べると思うけど……美味しすぎて、つい。


「やべー、これうますぎ。俺も好きだわ、この味」


 二人ともあっという間に平らげ、ドリンクで口をさっぱりさせる。

会計は約束通り隆司が払ってくれた。

3,000円。高校生には大きな出費だ。


 あの日、勘違いして泣いてしまった自分がちょっと恨めしい。

今度は絶対に割り勘にしよう。そう心に決めた。


 外に出ると、ひんやりした空気が頬を撫でた。

隆司は捲っていたジャケットを戻し、

さくらは母に言われて持ってきた薄手のストールを肩にかける。

首を温めると体が温まる――その教えは、やっぱり正しかった。


 ぎゅっと手を繋ぎ、ゲームセンターに向かう二人。

銀杏並木が風に揺れ、まるで二人を祝福するように黄金色の葉を散らしていた。

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