愚かな王太子の、婚約者候補を外すと宣言して泣いて縋られると思っていたら、自分が泣いて縋っていた件
「私はお前のような女を婚約者に選ぶ事は絶対にない」
ジュテル王太子は宣言してやった。
自分の婚約者候補、フォラーリア・キデル公爵令嬢である。
フォラーリアは、ジュテル王太子の婚約者候補の一人だ。
絹のような金髪に青い瞳のフォラーリア。とても高貴で美しい令嬢だ。
歳はジュテル王太子と同い年の17歳。
キデル公爵家は名門で、王家に嫁ぐにあたって家柄的に問題は無く、フォラーリアは12歳の時に婚約者として王家から名指しされた。
しかし、ジュテル王太子は12歳で、婚約者が今から決定された事に我慢ならなかった。
ジュテル王太子は、
「フォラーリアだけではなく、王国には美しい女性が沢山います。ですから、彼女は婚約者候補という事にして、決定はもっと先でもいいでしょう」
と言って、新たに目ぼしい高位貴族の女性達を6人も婚約者候補にしたのだ。
歳は同い年か、2歳年下まで。顔は美少女ばかりである。
そして現在17歳。
いい加減に婚約者を決定して欲しい。
父である国王や母である王妃にそう言われた。
令嬢達だって婚約者候補の間は、他の令息と婚約を結べないのだ。
母にジュテル王太子は、
「令嬢達だって、15歳から17歳。そろそろ婚約者を決めないと。お前がそのような曖昧な態度ではいけません。いい加減に婚約者を決定しなさい」
と、きつく言われた。
ジュテル王太子は自分の顔は美しいと思う。
背は低いが整った顔立ち。整った顔立ちだと思うが、でも、誰も美しいと褒めてくれない。どうしてだ?
勉強も苦手で、成績も下から数えた方が早い。
婚約者候補の令嬢達と王立学園で、
「食事でもどうだ?一緒に?」
と誘っても、皆、
「わたくしはお友達と先約がありますので」
「わたくしもですわ」
「フォラーリア様とお食事なさったら如何です?」
皆、逃げてしまうのだ。
そもそも、王太子からの誘いだぞ。どうして、皆、あっけなく断るのだ?
きっとフォラーリアが、他の令嬢を脅しているに決まっている。
フォラーリアだけが、誘っても嬉しそうに応じてくれるのだ。
「王太子殿下とお食事出来るなんて、わたくしは幸せですわ」
ちっとも幸せではない。
何故、他の令嬢は自分を避けるのだ?この女が悪女で他の令嬢達を脅しているのでは?
だから言ってやった。
「私はお前のような女を婚約者に選ぶ事は絶対にない」
フォラーリアはにこやかに、
「それはわたくしを婚約者候補から外すということですか?」
フォラーリアを困らせたくて。
フォラーリアを婚約者候補から外すと言ったら、彼女は泣いて縋るだろう。
いつもニコニコして、自分の誘いを喜んでくれるフォラーリア。
自分の話を色々と聞いてくれて、楽しい話題を提供してくれるフォラーリア。
フォラーリアだけが、一緒にカフェにお忍びで行ったり、共に乗馬をしたり、色々と一緒に楽しんでくれた。
婚約者候補の他の6人よりも抜きんでて美しいフォラーリア。
フォラーリアが泣いて縋ったら、結婚してやってもいい。
他の6人は婚約者候補から外すが、もし、泣いて縋るなら、側妃にしてやってもいい。
そう思っていた。
だから、言ってやった。
「お前を婚約者候補から外す。でも、泣いて縋るなら考えなおしてもいい」
「まぁ本当ですの?わたくしを外して頂けますの?」
「え?そんな嬉しそうな顔をして、外すと言っているんだぞ」
「わたくし、ウンザリしていたんですわ。名門のキデル公爵家に生まれただけで、先行き、頭の大した事のない、王太子殿下の御守をしながら生きなければならない人生。他の令嬢達は皆、王太子妃になりたくないと、わたくしに貴方を押し付けてきますし。ですから、婚約者候補から外れる事はなんて嬉しい。これから、素敵な人を探しますわ。ああ、幸せ。人生で一番幸せな日。有難うございます。王太子殿下。では、ごきげんよう」
「えええええっ?泣いて縋るのではないのか??」
「あら、何で泣いて縋るのです?」
「私に惚れているだろう?」
「いえ、チビで冴えない男で、そして勉強も出来ない。どうしようもない貴方様に惚れる要素がありますでしょうか?ですから、もう嬉しくて嬉しくて」
ジュテル王太子は焦った。
このままでは、フォラーリアと結婚出来ない。
だから思いっきり、足に縋った。泣きながら。
「頼む。今の言葉は取り消す。どうか、私と結婚して欲しい。他の令嬢なんてどうでもいい。私にはフォラーリアが必要なんだっ」
「あら?わたくしを候補から降ろして下さるのでしょう?わたくし、人生で一番喜んでいますのに?その言葉を取り消すのですか?」
「ああ、取り消す。お願いだ。私と結婚しておくれ」
フォラーリアが好きな事に気が付いた。
いつもにこにこしながら話を聞いてくれるフォラーリア。
一緒に、お忍びで街のカフェに出かけたり、馬に乗ったり、それなりに楽しい時間を過ごしてきた。
なのにあっけなく、フォラーリアっ。涙が零れる。
フォラーリアはにこやかに、
「仕方がないですわね。では王太子殿下。わたくしを婚約者に決定したと近々、発表して下さいませ。よろしいですわね?」
「ああ、発表する。すぐにでも発表する。だから、どうか、お願いだ。結婚して欲しい」
「結婚は致しますわ。でも、18歳になってからですわね。準備がありますから」
「ああ、準備があるな。もう、最高の結婚式にするよう、私は頑張るから」
「そうですわね。仕方がないから結婚して差し上げましょう」
ジュテル王太子はフォラーリアを抱き締めた。
人生で最高の日だ。そう思えた。
そして数日後、夜会で、フォラーリアをエスコートしてジュテル王太子は出席した。
フォラーリアは白の美しいドレスを着て、ジュテル王太子も揃いの真っ白な衣装で。
そして、出席者の皆に宣言した。
「私はフォラーリア・キデル公爵令嬢を正式に婚約者に決定した」
フォラーリアもカーテシーをし、
「わたくしが正式に婚約者に決定致しました。フォラーリア・キデルでございます。皆様。これからもよろしくお願い致しますわ」
皆、盛大に拍手をした。
愛しいフォラーリアと会場の中央でダンスを踊る。
フォラーリアは優雅に自分に合わせてダンスを踊ってくれて。
なんて綺麗な。なんて愛しい。
彼女を失わなくてよかった。
ジュテル王太子は幸せを感じるのであった。
「まったく、ジュテルにも困ったものだわ。やっと決意してくれたわね」
フォラーリアは王妃マリーとテラスでお茶をしていた。
フォラーリアは微笑んで、
「ええ、本当に手のかかる殿下ですこと。わたくしに決定して下さって良かったですわ」
「キデル公爵家と我が王家は結びたかったから、最初から貴方だけを婚約者に決定したかったのに。他の家と比べて、一番の名門ですからね」
「他の家の令嬢達から感謝されましたわ。やっと婚約者を決める事が出来ると」
「そう。それは良かったわ。ところで、フォラーリア。貴方、ジュテルを愛しているの?あの子はあの子なりに、貴方の事が好きみたいだけれども」
フォラーリアは、綺麗に菓子をフォークとナイフで切り分けながら、
「そうですわね。でも、わたくしが嫁がないと、わたくしが将来、王妃にならないと困りますでしょう。ですから、仕方なく。あの方を手の平で転がして見せますわ」
「貴方がわたくしの義娘になるのは心強いわ。これからもよろしくお願いね」
仕方なくと言ったけれども、わたくしもあのどうしようもない方が好きよ。
だって、愚かな人だったら、わたくしが好き放題出来るじゃない。
そうね。この王国を良くするために、あの人を上手く褒めて転がし続けるわ。
でも、嫌いじゃないわね。ああいう人、わたくしは好きよ。とても‥‥‥ね?
ジュテル様。
だからずっと愚かでいて頂戴。