気色悪い
自分で言うのもなんだがわたしは勉強が得意な方だ。
保育園にいたときには四則演算を完璧にできるくらいだった。
小学4年生になるころ父親の転勤で上京し、私立のいわゆる名門お嬢様学校に合格し転校。
わたしの家族は普通の庶民だが、両親は”桜が頑張ったんだから”と共働きで頑張って学費を出してくれて、愛されてるんだなと感じて嬉しかった。
だけどそんな両親の思いやりを、わたしは不登校になって台無しにしてしまった。
学校に行かなくなったきっかけは飛鳥井玲子というクラスメイトからのいじめだ。
飛鳥井玲子の出自は日本最古の歴史を持つ飛鳥井財閥の令嬢らしい。
家族の資産は日本一、文武両道、芸能人顔負けの綺麗な容姿で神に愛されたような人だ。
なんでそんな人がいじめなんていう下衆なことをしたかはわからない。
ただ原因はあらかた予想がつく。
たぶんわたしが庶民の外部生で色々と目立っていたからだろう。
だからと言って絶対にいじめは良くないが。
最初は友達との陰口みたいな陰湿なもので、それはなんとか我慢できた。
でもいじめ内容は悪化していき、目立たないところで殴る蹴るの暴行を受けたこともある。
最初は“負けてたまるか”という気概があったが、それも疲れとともに徐々に薄れていき精神を病んで自殺しようとするにまでに至った。
幸い自殺の途中で両親にばれて未遂に終わったが。
そのあと気づいてあげられなくてと抱きしめられ、病院に通院しながら小学校を退学し公立に転校した。
それで高校生になるまで順調に暮らしていけたが、飛鳥井のことは今でも絶対に許せない。
そのあいつがなぜここに。
「めっちゃぼーっとしてるじゃん」
「――ッ。なんでここに……」
「ぜーんぶ教えられないけど……ざっくり言うと“復讐”。お前が大事にしてるもの、全部壊してやろうと思ってさ。」
「ふくしゅう――ッざッッけんなよっ!加害者の口からよくそんなことが言えるなッ!仕返してやりてぇのはこっちの方だッ!」
「栗林が転校した後、いじめがばれて私色々と大変だったの。親や先生は説教でうるさいし、取り巻き見たいな友達は私に離れていったし。お前みたいなゴミはずーっと私のおもちゃでいたらいいのに」
何を言っているんだ。
握りしめていたこぶしから血が垂れる。
今にも飛鳥井に掴みかかりたいが、状況を冷静に考えて何とかこらえる。
落ち着け、落ち着け深呼吸だ。
「だから復讐してやりたかったの。ねぇ、今どんな気持ち?大好きなゲームの異世界にせっかく行けたのに、序盤から国外追放を食らったら。憧れのシャルルともう会えないどころか、嫌われた気分は。ねぇねぇ、今どんな気持ちぃぃィッ?」
「……」
「あれれぇ、だまっちゃったかぁ。ざっっまッぁぁぁァ!」
「……」
「まぁ、せいぜい楽しんで。追放先の弱小亜人国家で」
そう言い残して飛鳥井は去っていく。
殺す殺す殺す殺す殺す絶対にコロス、死ね死ね死ね死ね――。
わたしは唖然とし、心は抜け殻のようになってその場に立ち尽くすしかなかった。
◇
追放用の馬車に乗りガタガタと揺らされながら目的地まで運ばれる。
さっきまでの不幸が頭にグルグルとめぐり憂鬱な気分だ。
こういう時は気を紛らわすために外の景色でも見て、これからどうするか考えよう。
外の景色は石造りの街並みが広がっていて、いかにも昔のヨーロッパ風だ。
その街並みにたくさんの人がせわしなく働いている。
家具なんかを作る職人、パンを焼いたり肉を捌く商人などいろいろな人がいて活気がある。
珍しいのは労働者の中にはケモノ耳の生えた獣人や耳の長いエルフなどの亜人もいたことだ。
ゲームの中の世界だからファンタジー要素もある。
「何やってんだッ!ゴミィっッ!」
人々を馬車から眺めていたら、突然外から怒鳴り声と大きなものを落としたような衝撃音がした。
音の鳴る方を見ると怒った様子のおっさんとその場に倒れた耳が長いエルフの少年がいて、彼らの周りにはたくさんのリンゴが散らばっていた。
大方エルフの少年がリンゴを落として店主らしき中年がキレているのだろう。
「廃棄出しやがって、クソエルフが。死ねッ!死ねっッ!」
「ご、ごめんな――ごほっッ」
頭に血が上った店主は思いっきり、エルフの少年の腹を蹴る。
身長差も気にせず、容赦なく蹴り続けていた。
苦しそうにお腹を押さえる少年を今すぐにでも助けたいが、馬車にはわたしが逃走できないように鎖で手をつながれてできない。
「なんでこんな酷いこと……」
そういえば、ゲーム公式の世界観設定に「魔法が使えない亜人は人間より劣っているとされ奴隷にされていた」という設定があった。
ゲームの本筋とはあまり関係がなかったので気に留めていなかったけれど、まさかここまで残酷な世界だとは思わなかった。
エルフの子に対する乱暴を止められない悔しさをかみしめていると、1つの豪華な貴族用の馬車が通り過ぎる。
窓からじっくり馬車の全体を見てみると、異様さに衝撃を受ける。
貴族の馬車は正確には”馬車”ではなかった。
車を引いてるのは馬ではなく、屈強な体の角の生えたオーガだった。
手綱で顔をつながれ、全裸で四つん這いになりながら辛そうに馬車を引いている。
エルフもオーガにも意思はあり、言葉も話せる。
魔法が使えない弱者の亜人だからといって、こんな乱暴は人として間違っている。
それはまるでいじめではないか。
貴族も、平民も、飛鳥井玲子も全員気色が悪かった。