いきなり国外追放
目を開けるとヨーロッパで見るような立派な宮殿の中だった。
そして目の前には礼装をした高身長の金髪イケメンと、その男にべったりとくっつく女がいた。
周りにはドレスや礼装を着た貴族らしき人たちでいっぱいになっている。
普段日本ではあまり目に入ることのない建物なのにどこか懐かしいような気がする。
そしてなんかお腹が締め付けられている感じがする。
着ている服を確認するために見下ろすと、なんだか豪華そうなドレスが瞳に映っていた。
そうかお腹が苦しいのはコルセットを巻いているからか。
って"わたし"じゃない!?
「もう限界だ……アンヌ、お前にはほとほと愛想が尽きた」
「ん?」
(言語は日本語ではないが理解できる)
「お前の顔はもう見たくない。ガリア帝国皇太子シャルル=アントワーヌ・テオドール・ド・ガリアが命じる。アンヌ・デュボア、貴様をゲルマニア亜人連合国家に追放する」
「え?」
さっきまで部屋の一室で趣味の乙女ゲームをして、そのまま寝落ちして目を覚ましたらこうなっていた。
頭をフル回転して目の前の現象を整理すると、どうやら私は別の世界の女の体に憑依したらしい。
そして今”しゃるる”と名乗る人に国から出て行けと言われた。
ん、しゃるる、ってさっきまでしていた乙女ゲーム『アンヌ・デュボア』の攻略キャラ、シャルル!?
目の前にいる端正な顔立ちの男、白髪じゃない輝く白髪に赤い目。
立つ姿は8頭身、着ている白い伝統的そうな礼装がよく似合う。
間違いなく本物のシャルルだ。
それでわたしが主人公のアンヌ。
ってなんで主人公なのに国外追放されるの!?
本編で追放されるのは悪役令嬢のエレオノールでしょ。
「ちょ、ちょっと待ってください。急すぎてわけわからん!あのっ、いきなりで変かもしれませんがわたしはアンヌではなくて……その、わたし栗林桜っていうんですけど……」
「貴様ッ、この期に及んで道化を演じてごまかそうとするのか!?」
わたしの人格はアンヌじゃないと弁明したいがタイミングが悪すぎる。
「シャルル様ぁ、私ぃこわかったんですのよ。グズッ。アンヌさんったら足を引っかけて転ばせたり、誰もいないところで『色香で惑わす魔女が』って髪を引っ張たりぃ、お茶に毒をいれられたり。グスッ」
「あぁなんと痛ましいんだ。余のエレオノール……エレオノールを傷つける奴は何人たりとも許さない。」
シャルルに抱きつきべったりくっつくあざとそうなエレオノールという女。
正式名はマリー=テレーズ・エレオノール・ド・デュセス・ド・ヴォルネ。
ゲームでは悪役令嬢役で追放を受けるのだが。
銀色の縦ロールに美形の容姿、グラマラスな体形で泣きいている。
そっちの方が色香で惑わしてんじゃねーか。
「待ってくださいよ。わたしが嫌がらせをしたという明確な証拠はあるんですか?」
「証拠?このエレオノールの泣いている顔が何よりの証拠だ!」
「はぁ?」
ゲームの舞台は架空の、300年くらい前のヨーロッパ風帝国。
まともな法治国家でなければこんなバカな意見がまかり通るわけがない。
法より権力が強い時代だ。
「そういうわけだ、アンヌ。失せよ、もうその顔を余に見せるな」
そう言って見下すシャルルの冷たい表情と静かに嘲笑するエリザベッタの憎たらしい顔を、忘れることができないくらいわたしの脳みそにこびりついた。
◇
シャルルの宣言のあと、衛兵らしき男たちに無理やり腕を引かれて、わたし――いや、アンヌの身体はその場から連れ出された。
とにかく――このまま手ぶらで放り出されるわけにはいかない。
頭を切り替え、私は周囲を見渡して「使えそうなモノ」を物色し始めた。
追放用の馬車に乗る前に手ぶらはまずいので、宮殿の中にある高そうなものをかっぱらって、ばれないようにきょろきょろと左右を確認しながら走る。
宝石みたいな軽くて小さい盗みがばれなそうなのをできるだけ。
「クソったれ」
せっかく大好きなゲームの中に入ったのにまず最初にやることがドロボーなんて。
惨めというか、なんというか。
愚痴と唾くらい吐きたくなる、唾は吐かないが。
「随分と挙動不審に走るのね。お急ぎかしら?」
ばれませんようにという気持ちから逃げるように走っていた自分を指摘され、びくっとしながら声のした方を振り返る。
するとそこにはさっきまでシャルルとイチャコラしてたエレオノールが腕を組みながら立っていた。
「何か用でも……」
「あら?やっぱり焦ってる」
「――っ!」
相手のやましいと思うところを的確に指摘してくる。
相手の一挙手一投足を獲物を捕獲する虫のようによく観察し、いっぱい詰まった脳みそで痛いところを突いてくる。
「まぁいいわ。それよりあなたさっき宮殿で面白いことを言ったわね。確かわたしは栗林桜だ、とか」
「すみません。いきなりのことで混乱してしまい」
「よくってよ、気にしないで。むしろ笑わせてくれたお礼に私も面白いことを言って差し上げましょう」
「……?」
「私も実はエレオノールじゃないの」
それってさっきわたしが言ったことと一緒じゃねーか。
どんだけ性格悪いんだ。
なんか苦しかった学生生活を思い出しそうだ。
「あーそうですか。面白い冗談ですねー、あははは「私の本当の名前は飛鳥井玲子」
「――っ!」
「ひさしぶり、栗林。覚えてる?」
わざわざ聞かなくても覚えているというか、忘れもしない。
忘れたくても頭の片隅にこびりつく不快な名前。
「……何でッ」
「やっぱり覚えてた」
飛鳥井玲子、こいつは小学校の時にわたしをいじめた同級生だ。