1. 何のために生きるか
第1章開始です。
章分けも試してみました。
起床、そして後悔。
仮に2人とも寝ているところに借金取りが襲ってきたら、俺は迎撃できていたのだろうか。
「大丈夫です、ご主人様。周囲に爆破魔法をかけて、接近を感知したら爆破するようになっていましたから」
いつの間にか起きていたウキアが、何も言っていないのに答えてくれる。
寝起きでも可愛らしいウキアの頭を撫でながら、軽く抱きしめる。
「ありがとね。昨日はウキアに夢中で全然気が回らなくてさ」
「────ぇ。あ、いえ、ご主人様をお助けするのが僕の仕事ですから」
ウキアは翡翠の瞳をまん丸に見開いた後、慌てたように言う。
どこか歯切れの悪い様子のウキアに、自分が何かしてしまったのかと記憶を辿った。しかし、これといった心当たりが無い。
あまりの絶倫ぶりに怒るのは分からないでも無いが、タイミングが妙な事と、そもそも怒っていると言うよりは何かに驚いたように見える。
「ねぇウキア、何かあったら言ってね。俺はウキアに愛想尽かされたら山籠もりするしかなくなっちゃうからさ」
できるだけ圧力をかけないように、ウキアが必要だと伝えながらお願いする。
成り行きとは言え、ウキアは俺をご主人様と呼んで、実際その通りに奉仕してくれた。普通に相談しろと言っても難しいものがあるかもしれない。そういった気遣いは主人と呼ばれる者の務めだろう。
俺の言葉に、ウキアは言い辛そうに口ごもるが、やがて不安そうな表情で問いを放つ。
「あの……ご主人様は昨晩で僕に飽きてしまったでしょうか。かなり様子が違って見えるので……」
ウキアの言葉にハッとさせられる。
ウキアは俺と一緒にいないと自身を護ることすら難しいのだ。俺がしっかり護る姿勢を見せなくては。
「ううん。昨日は俺もちょっと疲れてたみたいでさ。寝たら意識もはっきりしたし、全力でウキアを護るよ」
ウキアはそれでも不安そうに俺を見ている。やはりこういったものは時間を掛けて積み上げていくものだろう。
過去の記憶がぼやけているからだろうか、俺は自身の生を全うしたいとはそれほど思っていない。それでも何の因果か、戦う力を得てしまった。だから、俺が護りたいと思うものを護るために戦おう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
起きて、目が合った瞬間に分かった。昨晩の魅了が解けている。
それとなく探りを入れたが、ご主人様が魅了に気付いた様子はない。確かに魔法で掛けた魅了である以上、同じ魔法で解くことも可能だとは思うが、無意識のうちに解けるようなものではないのだが。
ひとまず今晩も魅了を試して、また解除されるようなら、性技だけで虜にする必要がある。少なくとも今すぐに見捨てられることは無いようだが、追っ手の襲撃が続けばいずれその時が来てしまう。少しでも早く僕に依存させるんだ。
だが、境界の街に辿り着くことも急務だ。あそこまで行けば僕の顔を知る辺境伯がいて、彼はかなり忠誠心の高い親王派だ。
辺境伯に庇護してもらうのも1つの手だが、それでは反乱軍と領軍とで戦争になってしまう。流石に真っ向から反乱軍に勝てる筈も無いため、僕が辺境伯と会って彼を止めねばならない。それが元王子としての、最後の責務だろう。
「ご主人様、僕は出立の準備をします」
まだ僕を抱き留めたままのご主人様に伝えると、慌てて腕を放してくれる。
昨日、あんなに激しかった人と同じとは思えないが、ご主人様が出してくれたものは、一晩経ってもまだ僕の胎で温かい魔力を放っている。その温かさは、今のご主人様の優しさに似ている気がする。
男娼とは、快楽を与えるモノだ。それが肉体的なものか、精神的なものかは分からない。ただ相手が求める快楽を与え、決して自分が快楽に溺れることはない。それが許されるのは、三流までだ。
僕は超一流の娼館で鍛えられ、そこで身につけられる全てを身につけたと自負している。死者すら出る5つの試練、『五行』を全て越え、ほんの僅かな間ではあったが、性技を競う裏社会の大会で王者の座に君臨していたことだってある。
そんな僕を、ご主人様は妻のように愛してくれた。だから、溺れそうになってしまった。気を抜くな。常に死地にいると意識しろ。僕の命は、あの侍女とご主人様に救われたものだ。だから僕はなんとしても生き残らねばならないんだ。
ご主人様は「ごめんね、邪魔しちゃって」なんて言うが、そんなことは微塵も思っていない。ご主人様が勘違いしたままではいけないため、頬へ軽く口づけし、魔物の死骸を漁るため立ち上がった。