26. 有名人の宿命?
女性は俺にナイフを渡すと、すぐに店から出ていってしまった。なんでも、毎日ここの裏方で俺たちが来るのを待っていたらしい。流石に丸1日いたわけではないらしいが、1週間も待たせてしまったのは申し訳なかった。
「英雄姫のワンピースもすぐに持ってきますんで、ちょいとお待ちください」
また気になる単語が出てきたが、聞く前に店主はまたカウンターの向こうへ行ってしまった。
「英雄姫って?」
ウキアに聞くが、当人も知らないらしい。そりゃあ、俺に付き添ってずっと引きこもっていてくれたのだから、ウキアが知る筈も無いか。
「俺は英雄公子って呼ばれてたよ」
少年が言う。困った、さらに突っ込みどころが増えてしまった。
「僕が姫なのは良いとして、ご主人様の子というには些か成長しすぎているように感じますが」
「いや、姫も突っ込むべきでしょ。そりゃあウキアはどんな美女より綺麗だけど、ちゃんと見れば男だって分かるんだから」
そんな問答をしていると、店主が戻ってきた。手に持つ布をウキアに渡し、カウンターの奥で試着してくるよう促していたが、ウキアはそれを断った。
どうするのだろうと俺と店主が疑問に思っていると、ウキアがバサリとワンピースを振り回した。大きく頭上で腕を一振り、それだけで、気づけばウキアが手に持つ布はこれまで着ていたシャツとズボンに変わっており、ウキアは手に持っていたはずのワンピースを身に纏っていた。
「すげー!俺にも教えてくれよ!」
俺は、動体視力でウキアの動きは見えていたが、理解が追い付かず考え込んでいた。店主はもっと単純に、混乱で動けていなかった。そんな中で少年は無邪気に驚いていた。
「なかなか厳しい調教が必要ですよ。男娼の中でも一部しかできないことですから」
ウキアは優しく返し、少年を宥めるように頭を撫でた。
その後、俺の方を向き、軽くワンピースをふわりとはためかせる。袖口と裾にあしらわれた装飾が一瞬ごとに姿を変え、露出する肌に刻まれた紋様と重なる瞬間に衣装の真骨頂を見せる。
「いかがでしょうか、ご主人様?」
「俺が何言うか分かってるんでしょ?」
言わなくたって、最高にウキアが綺麗だと伝わる。ウキアは小さく上品に笑って言った。
「ありがとうございます。ご主人様」
◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、ウキアは店主にベルトを頼み、ワンピースの上から腰に締めた。
先ほどまでは、はためく布地が体型を隠し、ワンピースを剥いだ時に見えるであろう肉体を想像させる着こなしだったが、腰を絞ったことでその細さが浮き彫りとなり、活発的な印象を与えながら儚さを感じさせている。
俺がそんな風にウキアの肢体へ思いを馳せている間に、ウキアは店主にベルトとワンピースの代金を払おうとしていた。
「そんな、英雄一行から金貰っちゃ、隣近所から袋叩きに遭っちまいます。持っていってくだせぇ」
その代わりと言っちゃあなんですが……と、店主は矢鱈とへりくだってお願いをしてきた。
なんでも、ウキアのこの着こなしを、『英雄姫基調』として、この街の新たなファッションにしたいのだと言う。装飾は簡単な刺繍で代用し、肌には染料でウキアのものに似せた紋様を塗ると言うが、別に詳細は大した問題じゃない。
ウキアの方を見ると、別段驚いた様子も無く、俺に判断を委ねているような表情をしているため、許可を出しておいた。ウキアが認められるのは、自分が祭り上げられるよりも遥かに嬉しいから良いだろう。
また少年に光魔法を頼もうとしたところで、ウキアに制止される。
「『英雄姫基調』を広めるなら、姿は隠さない方が良いでしょう。軽く街歩きでもしませんか?」
「あ~……、人だかりは面倒だけどそうしようか」
光魔法の代わりに、少年には行きたい場所の考案を頼む。あとは辺境伯サマには貰えなさそうな野営道具と、魔族領では手に入らなさそうな調味料でも買おう。
店の戸を開けて外へ一歩踏み出すと、周囲の視線が一斉にこちらを向く。そしてひそひそと近くにいる者たちどうしで話し合い、俺たちを取り囲む円が徐々に小さくなっていく。
「どっち行きたい?」
人々を気にせずに少年に聞く。
少年も視線は大して気にしていないようで、1方向を指さして「あっち!」と言う。なんでも、1人で行った時には入店を断られてしまったらしい。
いったい何の店だろうと若干の期待をしながら、俺たち3人は指差された方向へ歩き出した。




