25. 凱旋は面倒
森神との戦いの後、俺が目を覚ました日のさらに翌日、俺はウキアを抱きしめた体勢で目を覚ました。
当然ウキアは俺より先に目覚めていて、俺が抱きしめていた手を離すと、外のメイドさんに何かを伝えに行ってくれた。
「ご主人様、今日はどうなさいますか?」
「ウキアのワンピースが出来てるだろうし、取りに行こっか。あとは旅支度をしたいけど、魔族領のことを聞いてからの方が良いかな?」
「そうですね。彼もまだ人間の街を歩きたいようですし、誘ってみましょうか」
そこでドアがノックされる。メイドさんが水の入った桶とタオルを持ってきてくれたので、ウキアに軽く身体を拭いてもらった。
お返しでウキアの身体を拭き、食事をとってから魔族の少年を探したが、魔力も抑えているようで、特別強い魔力が感じ取れない。食堂にいた兵士たちに聞いても知らないというので、一番偉い人物に聞いてみることにした。
「ビンゴ」
「びんご?」
首を傾げる少年。分かる筈も無いから説明してやると、'元'王国から南東に行ったところにある文化だとウキアが付け足してくれた。当然、そんな遠い国の文化など知らないが、世界が違っても人間の考えることは同じらしい。
「せめて要件くらい言ったらどうだ」
「この子探してただけだからすぐ出ていくよ」
行こうぜ、と少年の肩を叩く。少年が元気よく「行く!」と返事したので部屋を出ようとすると、辺境伯がそれを止めてきた。
「やめておいた方が良いぞ。英雄殿?」
妙な言葉が聞こえた。
「なんだ英雄って」
「強大無比な森神を単身切り伏せ、街を救った英雄だろう。貴様は」
誰だ、そんなふざけた事を言いふらしている奴らは。森神の討伐は、俺とウキアと少年の3人での成果だ。
「ウキア、噂の出どころって分かる?」
「出どころを探るのは難しいですが、恐らく自然に変化していったものだと思います。より劇的な英雄を望む気持ちは僕にも分かります」
ご主人様が現れて僕を助けてくださった時は、後光が差しているように見えましたから。とウキアが言う。……まぁ、意図的にウキアを省いた噂を流したのでないなら良しとしよう。
「ほんじゃ、行こうか」
別に野次馬が群がってこようと、力づくでどうとでもなる。ウキアも強くなって、一般人じゃ刃物を使ったってどうにもならない肉体だろう。それに、今ならウキアの危機にはすべて反応できる気がする。
俺たちは3人で、初めに入ってきた時とは違って、堂々と正門から外に出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆
辺境伯邸から少し歩けば、徐々に人通りが増えていく。すれ違う人々は十中八九俺たちを見てヒソヒソと話しているが、全て聞こえているし、特にネガティブな内容は無いため放っておく。
ただ、誰かの名前を複数人が繰り返している。おそらく助けた生贄のことだろうが、来られても特に話すこともないので困るだけなのだが。
「ご主人様、一度視線を切って不可視の魔法を掛けますか?」
「そこまではしなくて良いかな。大袈裟にお礼言われるくらいでしょ」
ウキアの闇魔法は、視覚を騙す相手全員に魔法を掛ける必要がある。今の、俺を大幅に上回るウキアの魔力ならそれも可能だろうが、わざわざそんな負担を掛ける必要も無い。光魔法なら俺たちに掛けるだけらしいから楽なのだが────あ。
「光魔法って使える?」
少年に尋ねる。
「使えるよ。俺たちを隠せば良いの?」
「おう、3人分お願い」
「ほい」
一瞬だけ俺たちの体が閃光を発する。俺たちをチラチラ見ていた通行人たちは、その眩さに目蓋を閉じ、再び眼を開いた頃には俺たちを見失っていた。
「音は僕にお任せ下さい」
ウキアが風魔法で音を消し、俺たちは普通の通行人では絶対に認識できなくなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな俺たちは、1週間前とは変わって随分人の少なくなった大通りを歩き、服屋に辿り着いた。
扉を開くと、ゴロンゴロンと低い鐘の音が店内に響く。髭面の店主が頬杖をついていたが、その音が耳に入った瞬間、飛び上がってこちらを見た。
しかし、俺たちの姿を店主が視認できることはなく、店主は首を捻った。そしてもう一度腰を下ろし、頬杖をつこうとしたところで少年が魔法を解除する。
「ひぃっ────!」
店主は驚きのあまりひっくり返り、俺たちを4度見した後、ひっくり返った姿勢から更に後ろに転がって、カウンターの奥へ行ってしまった。
「なんだ?」
少年が俺たちの疑問を代表して声を上げる。流石に何かしら理由があるのだろうが、そうでなければ今の店主の動きは奇行が過ぎるだろう。
ウキアに目線で尋ねても、困ったような表情をするだけ。何も出来ない俺たちはただそこに佇み、店主が帰ってくるのを待つことしか出来なかった。
数分も待たずに帰ってきた店主は、隣に女性を連れていた。娘か誰かだろうか。いや────まさか、ウキアを狙った女狐じゃないだろうか。
「ウキアは渡さん」
「ふぇ?」
1歩前に出てウキアを左腕で隠し、女性を睨みつける。まだ疑惑の段階だから殺気は飛ばさないが、少しでもウキアを狙うような言動があれば、すぐに潰せるように身構える。
「ご主人様」
「大丈夫、絶対にウキアは護る」
「いえ、目当てはむしろご主人様かと」
ウキアが女性に視線を向け、何かを催促するように目配せをする。
その仕草にハッと我を取り戻したそぶりを見せた女性は、俺の目を真っ直ぐに見て言った。
「英雄様、顔など見てはいらっしゃらないでしょうが、私は貴方に助けられた生贄です。この度は助けていただいてありがとうございました」
女性は深々と頭を下げ、動かなくなった。
ちなみに女性の言う通り、俺は生贄の顔を見ていないし、したがってこの女性に見覚えも無い。
「……まぁ、とりあえず頭を上げてください。俺はこの可憐で美麗で妖艶な男娼のウキアに頼まれてやっただけなので。あと森神を殺せたのはこの2人あってのことなので、礼なら俺以外の2人に」
「ご主人様。僕たちはもうお礼を受け取っているので、気になさらずに」
どうやら森神の死体を持ち帰った時に、散々祭り上げられたらしい。俺たちが通りを歩いていて、通行人がザワついていたのは、気絶していた俺が初めて姿を現したからだったようだ。
「命の対価にはとても足りませんが、よろしければこちらを受け取ってください」
そう言って女性が俺に渡してきたのは、分厚い刃のナイフ。なにやら見覚えのある毛皮で作られた鞘に包まれている。
「森神の素材を混ぜて鍛えた刃です。獣を捌く程度であれば、手入れが必要になることもそう無いでしょう。重ね重ねになりますが、命を救っていただいて本当にありがとうございました」




