24. 目覚めた時には強くなっていた
残業で若干遅刻しました。すみません。
「おはようございます。ご主人様」
目覚めた俺に挨拶してくれたのは、やはりウキアだった。枕元で椅子に腰かけて、お茶を淹れてくれている。
「体調はいかがでしょうか?傷は一切ありませんでしたが、中々意識が戻らず、死んだように眠っていらしたので……」
上体を起こし、軽く四肢を動かしてみる。特に異常は無い。めちゃめちゃに砕けた肋骨も、大穴の開いた腕も、何事も無かったように動く。
「問題ないね。治してくれてありがとう」
ベッドに座り、ウキアが淹れてくれたお茶を受け取る。既に適温になっているので啜ってみると、思っていたよりスパイシーだった。焼き菓子も香辛料が強かったことを考えると、この領の名産品だったりするのだろうか。
「ご主人様、僕は何もしておりません」
ウキアのいつもの謙遜かと思いきや、そうではなかった。岩を落とした後、ウキアが俺のところまで来た時には、既に俺の傷は塞がっていたと言うのだ。
いくら俺の身体が謎の強さを持つとは言っても、あれだけの重症がそう簡単に治るとも思えない。しかし、どうやらウキアには心当たりがあるらしい。
「以前、僕がご主人様と共に闘わせてほしいと願った時の事を、覚えていらっしゃいますか?」
もちろん、忘れる筈も無い。なんだったらウキアの一挙手一投足は全て記憶している。指定された時間にウキアが何をしていたか、すべて回答できる自信だってある。
「魔獣を倒すと、時々神様からご褒美が貰えるんだっけ?」
「はい。その褒美は受け取る人間や場合によって変わります」
「つまり、ご褒美で俺の身体は再生したんじゃないかってこと?」
「その通りです。高名な騎士や武芸者の伝記では、必ずと言って良いほど、この褒美が起死回生の一手となり、魔獣の大群相手に無双の活躍を見せたという記述があります」
ご褒美は、内容が人によって違い、ウキアであれば魔力が大きく増え、魔法を用いない戦士などは身体能力が大きく向上するらしい。更に傷が治り、体力も魔力も万全の状態になるのだとか。
「加えて、今回の相手はあの森神でした。いくら3人がかりとは言え、かなりの褒美が貰えたのでしょう」
この通りです。と、ウキアはサイドテーブルを2本指で摘まみ、軽い調子で持ち上げた。ティーポットが乗ったままだったが、震える様子も無く、水平も保っている。
ウキアは男娼としての技術はともかく、単純な筋力は並程度だったはず。それが強化魔法も使わずにこれだというのだから、驚きの効果だ。
もう1つ、ウキアの腕に魔族の少年と同じような紋様がある。よく見れば耳の辺りから首へと伸びていて、少なくとも胸あたりまでは広がっているのだろう。これも褒美の一部なのか、だとすれば一体どんな効果があったのか、いずれ聞かなければ。
「ご主人様の変化もいずれ確認しなければいけませんが、まずは食事にしましょう。6日間も眠っていたのですから、たっぷり食べていただかないと」
そう言ってウキアはサイドテーブルを置き、ポットとカップを持って部屋の扉を開いた。
俺は、ウキアの言う「3人」に首を傾げていたが、その内分かるだろうと放っておくことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、強い兄ちゃんだ」
俺とウキアが食堂に入ると、ちょうど食事をしている魔族の少年と目が合った。長机の端に座っているが、隣の机も含めて綺麗に1席ずつ空白ができている。
ウキアが食事を運んでくれるというので、それに甘えて俺は少年の対面に座った。
「もしかして、3人目?」
「3人目?」
少年に首を傾げられた。そりゃ、そうだろう。自分の中で完結していたことに気づき、少年にいきさつを説明してみると、やはりウキアの手助けをしてくれていたらしい。
「ありがとう。ウキアを助けてくれて」
「助けたって言っても魔力分けただけだし、なんだったら最後は吸い取られてたから、ほぼ何もしてないけどね」
そこで、お盆を2つ持ったウキアが帰ってきた。サラサラした汁物とパンだけのシンプルな飯だが、量が凄まじい。周囲に座る兵士らしき人たちのものと比べても、その5倍程度ある。
「なんか多くない?」
「7日ぶりの食事なのですから、これでも足りないくらいでしょう」
7日ぶりの食事でそれは重くないか……?とも考えたが、ウキアは俺の頑丈さを考慮して言ってくれたのだと思う。
そもそも俺の身体は食事を必要としていないように感じるが、それはそれ。食べて不都合が起きることは無いだろう。
「俺のは分かったけど、ウキアも同じ量食べるの?」
正直、こちらの方が不思議だった。話では、ウキアは気を失った俺を街まで運んでくれたらしい。ならこのタイミングで大量の栄養摂取は必要無いだろう。
街に来る前にとんでもなく美味い肉を、妊婦と見違えるほどになるまで食べたが、あれは美味かったから食べ過ぎただけだ。このパンとスープは、少なくとも特別美味いとは言えないだろう。
「はい。僕も7日ぶりの食事ですから。魔力で肉体の構築は可能ですが、普通に食事をする方が楽なので」
「え?もしかしてずっと枕元で待ってたの?」
「男娼なら当然のことですよ。ご主人様にすぐ奉仕できるように、お目覚めを待たなくては」
そんな事はしなくて良いとか、無理しちゃダメとか、多分そういった心配の言葉をかけるほうが良いのかもしれない。
でもウキアは男娼であることが当たり前で、そんな自分に誇りを持っている。俺には想像もつかない、地獄のような調教を受けてきた筈のウキアに対して、心配は本当に正しい行いなのか。
ウキアが隣の席に座る。こうして見ても特に違和感は覚えないが、今にも倒れそうだったりしないのだろうか。
「ウキア、身体は大丈夫?」
「はい、問題はありませんが……?」
うん、俺には分からない。だから、ウキアが大丈夫だと言うなら、それは大丈夫なものとして俺も受け入れるべきなんだ。
「森神と闘う前さ、おあずけだったじゃん?」
奉仕されている側がおあずけなんて、お笑いもいい所だ。 でもウキアは、そう扱われるのが望みなのだろう。これから続く言葉が分かっていて、嬉しそうに頷いた。
「食べ終わったらさ────」
ウキアは再び、満開の笑みで頷いた。
ようやく本作品のコンセプトが話せます。
主人公(ご主人様)は、ラストダンジョン前の村に現れたLv1勇者というイメージです。ただし初期状態でもめちゃくちゃ強い。
勇者なので名前は無く、寝れば状態異常が治りますが、睡眠も食事も必要ありません。
ちなみにここまでは考えていた骨組みに沿って書いていましたが、次は魔族領に入ってからのことしか考えていないため、しばらくは完全にアドリブで書きます。
矛盾などあったらどしどし指摘して下さい