表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

【1】

灰色の空が雨を降らせるある日の出来事。


「……こんなところで、どうしたのかな?」


公園のベンチに座る一人の少女に、神薙皐月かんなぎ さつきは声をかけた。


年齢は15、6歳ぐらいだろうか。その少女は細身でやや小柄な体格、胸元あたりまで伸びた黒髪と深い紫紺の瞳が特徴的で、藍色を基調とした長袖の制服を纏い、下は同色のスカートを身につけている。


虚ろな瞳をぼんやりと開いたままなにをするわけでもなく、ただただ視線を落としている少女。


――それだけであれば、声をかけることはなかったかもしれない。


しかし、降り頻る雨の中、傘もささずに身を濡らしている少女を、皐月は放っておけなかった。


「風邪ひくぞ? いい子はお家に帰らないと」


「………………」


皐月が声をかけるも少女からの応答はない。

まるでその声が届いていないかのように。


「仕方ないやつだなぁ……よいしょっと」


少女の隣に腰を下ろした皐月。身体を近づけ、自身の持っている傘で少女を覆った。


「……なんの、つもりですか?」


皐月の方へ身体を向けることのないまま発声した、感情の無い、冷えた声。


「なにって、このまま濡れてたら風邪ひいちゃうでしょ? 雨が止むまで、あたしも一緒にいてあげるよ」


「……私はそんなこと、頼んでいません」


「あたしが勝手にしていることだから、気にしなくていいよ」


あからさまにむっとした表情を見せたが、それ以上の言葉はなかった。


「………………」「………………」


皐月は傘をさしたまま自身の茶髪の毛を弄ってみたり、時折、子供のように両足をぶらつかせてみたり、腰元に下げている布地の細長い包みを弄ってみたり……



――そしてそのまま、およそ三十分が経過した。



お互いなにも喋ることのない、雨音だけが響き渡る、沈黙の三十分。


そのあいだずっと、皐月は少女の隣で傘をさし続けた。


「――あなた、非常識じゃないですか?」


「君に言われたくないなぁ。どちらかと言えば君のほうが非常識だ。こんな雨の日に、傘もささないで濡れてるなんてさ」


ようやくもって少女が無感情な声を漏らすも、皐月は正面を向いたまま飄々と答える。


「……私のこと、知っているんですか?」


「え、全然? どうして?」


「なにか意図があって、こうしているんじゃないんですか?」


皐月は宙を見上げ少しだけ考えるも、


「困っている人を助けるのは、人として当たり前のことだよ」 


さも当然の如く答える皐月に、瞳を僅かに大きくさせる少女。

だが、すぐその瞳を力なく曇らせた少女は、


「……困っている人を助けても――それが正しい行動だとは限りません」


感情の無い声で言った。


「そうかなぁ? 私は助けてもらったら嬉しいけど……ってあれれ? どこ行くの?」


少女は立ち上がり、雨の中に身を投じた。


「一人になりたいんです。ついてこないでください」


「ついてこないでって言ったってさー、なにかあったんでしょー? このまま放っておけないよー」


「あなたには関係ありません」


強めの口調で振り払う少女。


皐月は内心呆れながらも、やはりそのまま見過ごすわけにはいかなった。


「じゃあさー傘貸してあげるから、それだけは持っていってよー……ってどしたの?」


駆け寄った皐月が無理やり傘を手渡そうとするも、突然、時が止まったかのように少女の動きが止まった。


周囲を注意深く見渡すように視線を動かし、すべての音を訊き洩らさぬよう耳を研ぎ澄ませ――


「――それ、借ります」


「へっ? あ、ちょっとっ!」


皐月から傘を強引に奪い取った少女は、脱兎の如く走り出し、「絶対についてこないでください! 絶対ですよ!」あっという間に皐月の視界から姿を消した。


「あ、待ってよー! あたし濡れちゃうじゃん!」


皐月の言葉は虚しく空を切る。雨に晒され、一人取り残された皐月はポカーンとその場に立ち尽くす。


「ちぇっ、せっかく仲良くなれるかと思ったのにな」


口を尖らせていじける皐月。


心のモヤモヤが晴れぬまま、無駄に足を振り上げながら、一歩、二歩、三歩……歩いたところで、皐月は動きをとめる。


――こんな土砂降りの中、傘もささないでベンチに一人……しかもあんな黒髪ロングの美少女が……


そう……黒髪ロングの美少女、黒髪ロングの美少女、私が好きな黒髪ロングの――


心配な気持ちとよこしまな雑念を同居させながら思慮を巡らせる。


口元に手を当て、目を閉じながら考え、考えぬき辿り着いた結論。


「……あの子、なんであんな慌ててたんだろ?」


ふと冷静になった皐月は、左腕につけていたスマートウォッチに目を向ける。


「んー……むむ」


画面を切り替えると、無数の白いグリッド線の表示と、離れた位置に一つの赤い点。


それを見た皐月は深いため息を漏らし、


「はぁ……バッドタイミングだよ、まったく」


面倒くさそうに肩を落とす。


「――にしても、この辺りで赤翼せきよくなんて久しぶりだ。……あの子、大丈夫かな」


皐月は、足早に少女の後を追った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ