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一日の終わり

「お代わりじゃ!!」


 そういってドンブリをカウンターに置いたのはテンジンだった。そのテンジンの顔には微かに怒りの表情が浮かんでいた。


「ワシ好みなどと大口をたたくけぇ、なんぞケチをつけようかと思うたが、た、確かにこの味はワシ向きのようだのぅ!! なんか悔しいわい」


「そ、それはよかったです。麺が茹で上がったからすぐにできますよ」


 と礼治郎が答えて2分後にはテンジンに再び三人前はあろうラーメンを差し出していた。

 今度はナフィードがウィスキータンブラーを突き出す。


「レイジロー……謎は解けないがもう一杯いただけるか? 缶のハイボールとはまるで別物の出来に驚くだけなのである」


「いいですよ。ですがまったく同じ謎で別のハイボールを出しますがよろしいですか?」


「な、なんと! まさかそのようなことができるのであるか? 魔王と呼ばれた吾が輩が完全に手玉に取られているのである!!」


 礼治郎は頷き、ナフィードに背を向けながらハイボールを作って出す。グラスはタンブラーからストレートタイプに変える。

 そして前と見る限りはまるで同じものをナフィードに提供する。

 ナフィードはウィスキータンブラーに鼻を近づけ、嗅ぐと真剣な顔をする。


「香りが違う! 確かに先ほどのハイボールとは別物。しかしまさか同じ謎が潜んでいるとは驚きである!」


 といってハイボールを口に含むと満足げに吐息をつく。


「な、謎は解けないが確かに先ほどと同じ質であるのはわかるのである。表面のウイスキーが濃いのがヒントであるのは分かるが、それどまりである。そ、そして美味い!」


 ヴァラステウスも鍋の中に具材がなくなると吐息を漏らす。


「いやはや、もう少しこの料理を堪能したいが構わぬか? 確かに暖かい野菜は趣もひとしおと言わざるを得ない!」


「ええ。実は別の鍋で野菜を茹でています。それで豆乳の煮汁ですがこちらを今からおぼろ豆腐にしますね」


「おぼろ豆腐とは一体なんでござるか?」


「豆乳でできる加工食品です。この場合はレモン汁を入れてひと煮立ちするとできます」


「なんと! まだこの料理は終わりではなかったか!」


 礼治郎は頷くと豆乳の入った鍋をカセットコンロにセットし、鍋を加熱し、レモン汁と温野菜を入れ、軽くかき回して蓋をして火を止める。

 5分待って蓋を外すと、汁が半分固まったようになっていた。


「すくってお召し上がりください」


 といって木製のお玉をヴァラステウスに差し出す。おぼろ豆腐になった豆乳をすくって、ポン酢の小鉢に入れてから口に運ぶ。


「ほほっ、これは面妖な食感。味は確かに湯葉と変らぬが、舌触りがまるで別物! 澄み切っていて上品に甘いとは初めての味わい。温野菜を一緒に食すと愉快愉快。まことに気に入ったでござる!」


 礼治郎がヴァラステウスの反応に満足していると、小さな嗚咽に気づく。

 ヴァラステウスの横でストロベリーパフェを食べていたイザベローズがヒクヒクと泣いていた。


「ど、どうしたのですか?」


「か、悲しいのでございます。暗殺されるかもしれない日々から逃れ、偉大なる方々の配下になれ、世界でも最高の甘味をいただいているのにこれまでなんて!」


「これまでとは一体?」


 首をかしげる礼治郎にイザベローズは空になったパフェグラスを突き出す。


「もうこれ以上、苦しくてパフェが入らないのでございます。あと3杯ほどお代わりしたいのに、わたくしの胃袋ではもはやこれまでなのでございます!」


 本気で嘆く皇女に礼治郎は呆れたが、思わず微笑む。


「パフェが食べられるのはこれが最後ではありませんよ。あなたが今日のようにふるまってくれる限りは、パフェが食べられる機会は近いうちにあります」


 その言葉にイザベローズは目を見開いて、驚きと喜びを同時に顔に浮かべる。


「何という甘美なお言葉! わたくしはこれからも誠心誠意レイジローに尽くすことをお約束しますでございます!」


 その宣誓を礼治郎は苦笑で受け止める。

 何はともあれ、3王への恩返しができたことを実感した。

 人外のその凄まじい力へのお礼としては稚拙だとは思うが、やれることはやったという充実感を礼治郎は覚えた。






 全員をそれぞれの部屋・寝室に入れてから、礼治郎は一人「大型浴場」に浸かっていた。


「懐かしい……建って5年ぐらいの〈大平イン〉だな」


 記憶をもとに目の前で魔法で構成されている〈大平イン〉を見てそう思ったのだった。


「兎にも角にも懐かしい……。天井の塗装ムラ、開店3日目でおやじがヒビを入れた浴槽の淵、不人気で撤去されるアヒルちゃん――どれも愛おしい」


 礼治郎は湯に肩まで浸かっていると、日本に戻ったような気持ちになった。しかも〈大平イン〉で働いていた高校生の時代にタイムスリップしたような気になる。

 〈大平イン〉では様々な体験をしたことを思い出す。初めて客に殴られたこと、初めて空き巣と対峙したこと、初めてヤクザの団体の接待をしたこと……。


 思えば人生での過酷に思えることは〈大平イン〉で味わったかも?


 礼治郎は苦笑しながらも、今日一日のことも振り返る。

 たった一日で、怪物の群れと戦い、奴隷を開放し、帝国の徒と戦い、初めて訪れた町で食事を無料配布し、魔法で懐かしい施設を再現したのだ。


「こんな濃い一日は生まれて初めてだ……。俺の人生、どうなっちまうんだ?」


 馴染みのある元の世界と同じ環境に身を置くと、異世界にやってきてトンデモない怪物達と過ごす日々が嘘のように思える。

 だが、目が覚めたら元の世界ということはもうないとわかっている。


「なるようになれ、だ!」


 思い描いていた人生とは大きくかけ離れたものになっていたが、不思議と絶望はしていない。

 ありえない不幸にもさらされたが、ありえない幸運も手にすることができている。

 礼治郎はこった肩をぽきりと鳴らすと、頭の上に乗せた手拭を掴み、立ち上がり、鼻歌を奏でながら浴槽から出るのだった。

ここでストックが尽きました。続きは数か月かかると思います。

良ければまた読んでください。


※ナフィードに出したハイボールは「スーパーハイボール」と呼ばれるもので、検索をすると謎は解けると思います。

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