先輩と下校デート
時間が早いおかげもあり、校内は静かで快適だった。周りが静寂で聞こえるのは、朝練をしている部活動の活気あふれる声のみだ。
2年生の階は2階なので、わざわざ朝から階段を上らないといけないのだ。
同級生に比べると体力はあるほうではあるが、単に階段を上るのがめんどくさいのだ。
教室に入ると、案の定クラスメイトはいなく秋斗が一番乗りだった。
アニメの主人公の定位置の席である、窓際の一番後ろの席が秋斗の席。
学校生活のルーティーンで、毎朝秋斗は席に着いたら寝ている。
元々朝に弱いので、椅子に座ってしまうだけで、眠気が一気に襲い掛かる。その眠気に素直に従い目をつむる。
「…め君……村雨君」
「ん?」
目を瞑って数分後、まだ授業どころかHRも始まっていないのに、秋斗は誰かに起こされていた。
肩までに伸びた紺色の髪に、紺色の目をした美少女が秋斗の肩を揺らしていた。
「んっ、ん?」
「あっ、やっと起きた。 おはよう村雨君」
口角を上げて、満面の笑みを向けてくる。 寝起きには眩しすぎる笑顔だ。
「おはよう、早乙女さん」
彼女は"早乙女 七海"秋斗のクラスメイトで、学級委員長をしている。絵に書いたような優等生だ。
成績優秀.文武両道.才色兼備と、完璧なスーパーJK。クラスの中心人物で、カーストでもぼっちの秋斗とは天と地ほどの差があるが、何故かちょいちょい話をかけてくる。
秋斗としては、目立つ七海と話しているとクラスメイトの目線が嫌なので、あんまり関わらないでほしいが、そんなことも言えるはずもなく、極力こっちからは関わらないようにしているのが現状だ。
「お眠だね?」
「眠いよ」
一人で登校していた時より、1時間も早く起きているのだから。
「最近、村雨君って学校来るの早いよね。 前までギリギリ登校だったのに」
「まぁ、早起きをすると三文の徳になるって聞いたから、早起きするようにしてる」
「へぇー 三文の徳はあったかい?」
「…… 三文以上の徳があるね」
文字通りだ。 あの国民的女優の美人の先輩と登校デートできてるのだから、そのために早起きすることくらい、造作もない。
「早乙女さんも、毎朝よくこんな早くに来るよね」
「まぁ、学級委員長だから、やることがあるからね」
少しぎこちない笑顔でそう返してくる。
七海は黒板の方へと歩き出して、黒板消しを持ち、少し昨日の消し残しを黒板消しで丁寧に消し出す。
先程言っていた、委員長のやることとはこのことか、そう考えてみれば、このクラスだけ黒板が異様に綺麗なわけだ。
誰も気付きやしないのに、わざわざ毎日するなんて流石優等生と内心思う。
「早乙女さんって偉いよね」
「えっ?」
つい、心の声が口から出ていたらしい。
「あっ、ごめん。つい本音が出た」
「うっ、うん。大丈夫…だよ」
突然の秋斗の言動で、七海は顔を真っ赤にする。 それを隠すように背中を向ける。
「なんか意外……」
「何が?」
「いや、村雨君って、そんのことをサラリと言える人だったんだなって」
「そうかな? てか、早乙女さんの中の僕のイメージってどんな感じ?」
「う〜ん。 暗い、無口、陰キャ」
次々と出てくるネガティブ発言。 普段他人の言動でなんとも思わない秋斗だが、普段優しく温厚な委員長がすらすらと言ってくるので、少し顔を引きつらせる。
「そう思われてたのか……」
少し残念そうな声のトーンにすると、七海は慌てふためき持っている、黒板消しを左右に振りながら「ごめん、ごめん」と謝ってくる。
「なんだが、村雨君の前だと思ってることが口から出ちゃう」
さっきのお返しだと言わんばかしに、秋斗に笑顔を向けてくる。
「……早乙女さん、そっちの方がいいと思うよ」
「へぇ? 何が?」
「いや、今の見た感じ、いつも早乙女さんってみんなの前で無理してない?」
「…………」
「誰にでも対して優しく、当たり障りのない言葉を選んで、相手の顔を伺いながら委員長としては活動いる」
「…………」
「だかr……」
秋斗が話している途中に、教室のドアが開かれる。
2人の目線はそちらに向かうと、金髪で少し焼けた肌にピアスをつけており、一見チャラ男そうな男子がスポーツバックを持って入ってきた。
「おはよう、七海ちゃん」
「あっ、おはよう、風間君」
風間と呼ばれた男子生徒は、秋斗を見るなり露骨に嫌そうな顔をされ無視される。
そして、スポーツバックを自分の机に置き、颯爽と七海の方へと詰め寄った。
「朝からなにしてんの?」
「村雨君と話してたの」
「村雨と?w」
秋斗の名前を聞くなり、少し小馬鹿にした感じで名前を呼ばれる。
体を180℃曲げて、窓の方をぼーと眺めている秋斗を目を向けた。
「よう、村雨」
「……おはよ」
呼ばれたので、一応挨拶はしておく。 名前を呼ばれだけなので、なんて返すのが正解かは分からなかった。
ピコンッ
ブレザーのポッケに入れていたスマホが鳴り出す。校内ではスマホをマナーモードにしなければならない、秋斗はすっかり忘れていた。
LINEが一通来ていた。
>秋斗君。 暇
送ってきたのはなんと美玲だった。 表示された名前を見だけで秋斗のテンションは一気に上がった。
>僕も暇です
>なら、私のところに来る?
>行ってもいいんですか?
>多分今会ったら、迷わず抱きしてちゃうけどいいの?
>子供出来そうだから来るな
>え〜 美玲さんは抱きしめられたくないの?
美玲さんの返事を待っていると、風間が秋斗の目の前に居た。
「……なに?」
「俺の話を無視すんじゃねえよ」
「あっごめん、LINE見てて気づかなかった」
普段は紳士的な面持ちをしている風間は、秋斗の前ではかなり性格が豹変する。
秋斗としても、何故こんなに当たりが強いかは身に覚えがない。
「へぇ〜 根暗なお前でも、LINEする相手とかいるんだ。 家族か?」
「ちょt」
風間の悪意たっぷりの言動に、反応した七海に秋斗は目で「気にしなくていい」と目で訴える。
伝ったらしく、大人しく引いてくれた。 ここで面倒事になるのは避けたいからだ。
「そうだよ」
「はっ、だと思ったw」
本当に近いうち家族になる"予定"の相手だ。
その後、風間は七海の方へと詰め寄り、話をし始める。 対する秋斗は、楽しい楽しいLINEをしながら、先程まで戦っていた睡魔に、負けてしまい目を瞑る。
目を開けると、目の先には黒髪ロングで、両端にまとめており黒縁のメガネをかけている。 全体的にイモっぽい女子が本を読んでいた。
「おはよ、読売」
「んっ、おはよ」
秋斗の挨拶に素っ気なく返事を返す。
彼女は、秋斗の数少ない友人の"読売 渚香"とても珍しい、苗字と名前だ。
「はぁ〜」
「何、目覚めに私の顔が見えたのが、そんなに苦痛だった?」
「違うよ。 今から、めんどくさい授業が始まるかと思うと、頭が痛くなってくるよ」
「そんなこと言って、また1限目から寝るんじゃないの?」
「よくお分かりで」
クラス内で特に、孤立している秋斗と渚香。 どちらから話をかけとかではなく、自然と話したり一緒に居ることが多い。
だが、外で一緒に遊ぶとかはほとんどない、お互いの家は意外と近いが、休日や放課後にわざわざ行こうとは思ってはないのだ。
「また今日も、彼女と登校デートしてきたの?」
「そうだよ」
「それで眠たいんでしょ」と、言いたげに目線を投げてくる。
家族にも秘密の美玲との関係は、唯一渚香だけが知っている。
渚香なら誰かに言いふらすとかは絶対にしないからと、信頼があるからこそ秘密が言えるのだ。
彼女自信が秋斗をどう思っているかは、別として。
面倒臭い6限もあった授業が終わり、STが終わったのと同時に、クラスメイト達は一気に教室を出て、帰って行った。
渚香は図書委員の仕事があると、早々と図書室へと向かって行った。
この学校は図書委員が一人と、ほかの委員会に比べると人員を減らしているのだ。 それにも理由があり、ここの生徒はほとんど図書室を利用しない、なぜなら、近くにこの街で一番おっきい図書館があるからだ。
そんなのがあれば、必然と並べられている本が多い図書館へと行くのが普通だろう。
現に、秋斗も本を借りるなら、図書館の方がいいと思っている。
美玲の用事が終わるのを待とうと、教室でスマホを触っていると、また眠りについてしまった。
目を覚ますと、一通のLINEの通知が来ていた。
開いてみると、
>いまさっき終わったから、学校の裏で待ってます
秋斗はすぐさまに飛び起きて、バックを持ち全速力で裏手へと向かった。
普段運動しないのが裏目に出たのか、美玲の姿が見える頃には、肩から息を吸うように呼吸をしていた。
「あら、思ってたより早かったわね」
「も、もちろんですよ。 美玲さんに会いたいと思えば、これくらいは楽、楽勝です」
両手を膝に着けて、息が整えるのを待つ。
美玲も、秋斗が落ち着くのを待ってくれた。
「はい、もう大丈夫です。行きましょう」
「秋斗君。」
「なんです?」
歩き出してから、すぐさま名前を呼ばれる。 それもちょっと真面目なトーン出かけられたので、秋斗は少し身構える。
「ごめん。下校デートできなくなった」
「…………へ?」
美玲の発言に素っ頓狂な声を出してしまう。
「さっき事務所から、急な仕事が入ってきて、今から向かわないと行けなくなったの」
「そうですか……」
「ほんとにごめん」
申し訳なさそうに、美玲は少し頭を下げる。
「別に頭を下げられるほどのことではないですよ」
「……優しいよね君は」
「そうですか?」
「そうよ。 だって最近同じことばっかりじゃない」
「まぁ……」
「まぁ?」
「……お詫びには期待します」
秋斗そう言うと、美玲は溜息をつく。
「まぁ、常識の範囲内だったら、何でもしてあげる」
「ほんとですか!? じゃあ、添い寝で」
「却下」
「え〜 それじゃあ、一緒にお風呂で我慢します」
「それもアウトよ」
「え〜 美玲さん、なんでも言いよって言ったじゃないですか」
講義の声を上げる。
「"常識の範囲内"って言ったわよね」
「常識の範囲内でしょ。 一緒に寝るのもお風呂に入るのも」
「はぁ〜 なんで、秋斗君はこんなんだろ」
「そこが好きなんでしょ?」
秋斗は少しおちゃらけた調子で言ってみると、意外な返事が返ってくる。
「そうね。 私は秋斗君の全部が好きだから、そこも好きね」
そう言いながら、美玲は秋斗の手に手を重ねてきて、指の合間に美玲の指を滑り込ませて、恋人繋ぎをする。
右手が感じる、美玲の体温にも少し思考が停止される。
「やっぱり、美玲さんには敵わないな〜」
その後、美玲が住むマンションに着くと、そのまま仕事に行かなければらない美玲と別れる。
そして、先程まで握っていた美玲の手の温度を右手で感じながら、ゆっくりと帰路を歩いていく。
今回は三人称視点ですが、次回からは主人公の秋斗視点に変わります。
色々と試行錯誤しながら、小説を投稿する予定です。
これからも、見ていただくとありがたいですm(_ _)m