勇気のヒーロー
僕は覚悟を決めて物陰から姿を現し、大声で池上へ名乗り上げた。
「待て池上! 雷久保君は僕の大事な友達だ、これからお前の一方的な暴力が始まるなら僕だけにしろ。お前の仲間二人を倒したのは僕だ!」
「そうか、遠くから俺達を狙ってきていたのは有名デカブツ新入生の熊剛だったか。正義感なのか友情ごっこなのかは知らないが、宣言した以上容赦なくボコらせてもらうぜ」
さっきと同じように右腕をわざとらしくグルグルと回し、左手にスマホを持った状態でゆっくりと池上が僕の方へと近づいてきた。
雷久保君が「やめてくれ!」と懇願するが池上は聞こえていないかのように歩を進めた。池上が僕の一メートル前まできたところで唾を僕の体に吐き出し、演説の様に語り始める。
「いやぁ、雷久保を痛めつける為にここまで苦労したぜ、改心したフリをして、殴らせるように挑発して、人の居ないとこへ誘導して、映像データで脅して……ようやくサンドバックにすることができる、しかも雷久保のお友達というオマケ付きだ、こんなに気持ちがいいことはないぜ」
「そこまでです、池上先輩!」
僕が殴られる覚悟を決めたその時、突然池上でも雷久保君でもない女子の声が離れた位置から聞こえてきた。三人が声のした方を振り向くとそこにはスマホを構えた箒星さんが立っていた。
あまりにも予想できない事態に僕も雷久保君も困惑していた。これは僕の推測だが箒星さんなりに葛藤があって何とか役に立ちたかったのかもしれない。
目を据わらせて箒星さんを睨んだ池上がドスの効いた声で威嚇する。
「なんだお前、部外者は邪魔だ、引っ込んでろ!」
「いいえ、引きません、旧校舎からずっと池上先輩たちのやりとりを撮影させてもらいました。池上先輩がした悪い事を映像・音声ともに余すことなく全部収めてあるので言い逃れはできませんよ」
「ありえねぇ……そのスマホで映像だけならまだしも音も拾ってるだと? なら近くに居なきゃいけねぇはずだし俺が気づかないはずないだろうが! ハッタリかますんじゃねぇ!」
「なら確かめますか?」
そう言うと箒星さんはスマホの画面を池上に向けて、動画を再生した。画面にはどうやってこんなに近くで撮影できたんだ? と思うぐらい近距離で撮られていた。
青ざめた顔をした池上は数秒沈黙したあと、いきなり走り出し、箒星さんのスマホを壊そうと襲い掛かった。
しかし、これまで池上を見てきた僕にはそういった行動にでることが読めていたので、瞬時に池上の進行方向へ先回りして両腕を掴み、動きを封じた。
さっきまでボタンを押す素振りを見せていた池上だったが、箒星さんに脅されたことでスマホを持つ手がおざなりになっていたので、ボタンを押す前に両腕を抑えることは造作もなかった。
脅されたりして行動に制限をかけられさえしなければ、身体能力の差があるから池上なんて敵ではなかった。
腕を固められてうめき声をあげた池上は僕達に負け犬の遠吠えをする。
「お前ら絶対に許さないからな! タダですむとおもうなよ」
全く態度を改めない池上に対して、可哀想なものを見るように雷久保君がつぶやいた。
「それはこっちの台詞だ。箒星に今日の悪行を全て撮られているし、身体だって今は熊剛に押さえつけられている。もうお前は羽の折れた虫も同然だぞ? これからどうなるか分かるか?」
「ど、どうするつもりだ?」
「まずは……」
そう言うと雷久保君は子分二人と池上のスマホを抜き取り、電撃で全てを破壊した。その後、指をポキポキと鳴らしながら僕が抑えつけている池上の前に立った。
「まさか、俺がさっきサンドバックにするって言ったから、お前も? 頼む本当に勘弁してくれ、俺が悪かった、何でもするし、これからは悪い事はしない! お前の兄貴にも謝りに行く、だから許してくれぇぇ!」
「今まで迷惑かけた人に謝りに行くのは当たり前だ。それとお前は何か勘違いしているようだが俺はお前をこれ以上殴るつもりはないぞ、俺だって本当は喧嘩や暴力は好きではないんだ」
「ほ、本当か?」
「ああ、本当だ、ただし別のお仕置きをするけどな」
雷久保君は池上に負けないくらい邪悪な笑みを浮かべたあと、金属パイプを手に取り先端を池上の下腹部に当てて、強めの電気を流した。
「ぐああぁぁ、やめろぉぉそれ以上はぁぁ」
池上はうめき声をあげた後、下腹部に電気を流された影響で小便を漏らしてしまった。その姿を雷久保君はスマホで写真に収めた。
僕はこの時、雷久保君にしてはヘヴィなお仕置きをするなぁ、相当腹がたっているんだろうなと思っていたけれど、理由は別のところにあった。
雷久保君は撮ったばかりの画像を池上に見せつけながら撮った理由を語る。
「熊剛、箒星、聞いてくれ。俺が池上の事を調べているうちに池上がやってきた悪行は卑劣なものばかりで数も10や20で収まるもんじゃないと分かったんだ。その中でも俺が吐き気のするぐらい腹がたった悪行は、便意を催している生徒を教室に閉じ込めてわざと漏らさせた事件だ。池上はその様子を写真に収めて『バラされたくなかったら金を出せ』と脅して金を奪った後、さらに約束を破って学校中にその写真をばら撒いたんだ。結果その生徒は不登校になり、転校する事になっちまったんだ。被害にあった生徒と俺は連絡を取り合い、直接会って話をすることになったんだが、その人の池上に対する憎悪は言葉では表現できないぐらいの強さだったぜ。だから俺は池上が改心しなかったら被害にあった生徒さんと同じ目に合わせて、写真を撮り、データを生徒さんに送ると約束した。つまり池上の命運は今この時をもって被害にあった生徒さんのスマホに託される訳だ」
僕がまだ聞いていなかった池上のおこした事件は本当に胸糞悪いものだった。
雷久保君がこの事件の話をしなかったのはギリギリまで池上を改心させてやりたいと思っていたのと、被害生徒の事件内容を極力雷久保君自身と池上しか知らない状態にしておきたかったからなのだろう。
雷久保君は理由を語った後、10秒ほどスマホで文字を入力しメールを送った。
すると一分もしないうちに返信がきて『スカッとしました。これから池上が後悔を抱きながら無様に生きていくと思うとワクワクします』と書かれていた。
池上は唸るような嗚咽の声を漏らして身悶え続けた。池上が泣き止むまで待ち続けた僕達であったが、池上は鼻をズビズビと鳴らしながら、悪態をついた。
「お前らは俺を成敗していい気になっているかもしれないが、今日から多くの敵を作ることになっちまったぜ、お前らは終わりだぁぁ!」
「あ? 何を言ってやがんだ?」
雷久保君が問いかけたが次の瞬間、池上はよろついた情けない後ろ姿で懸命に逃げ出した。
僕は追いかけようとしたけれど、小便まみれの池上の体を制止させるのに抵抗があり躊躇していると、雷久保君が「もういい、放っておこう」と憐れみに満ちた声で言うので追いかけるのを止めた。
地面に水跡のラインを残して去っていく池上を見送った後、僕の横でドサっと何かが落ちるような音が聞こえてきて、そちらを見てみると、ペタンと座り込んだ箒星さんが涙目になりながらため息をついていた。
疲れ切った顔の箒星さんが今回の事件を語り始めた。
「怖かったよぉぉ、動画を撮っている時も名乗り出た時も、いつ暴力を振るわれるか分からなかったから……。でも二人がずっと頑張ってて、何とか役に立ちたかったし、傍観なんてできなかったから私、わたし、……ふええぇぇんんん」
「ありがとな箒星。箒星がいなかったら俺達は完全におしまいだったぜ、なぁ熊剛?」
「うん、箒星さんにはどれだけ頭を下げてもさげたりないよ、怖かったのに勇気を振り絞ってくれて本当にありがとう」
「うぅ……ひぐっ……どういたしまして……ぐすっ」
箒星さんもまた雷久保君と同じように心底優しくて、だからこそ今回の作戦において役に立てないのが嫌だったのだろう。
箒星さんの異常に目立たないという特徴は雷久保君と同じような特異体質なのかは分からないけれど、子分含む五人全員が箒星さんの存在に気づかなかったのは本当に凄いと思う。
だけど箒星さんには僕のような物理的な強さも雷久保君のような電気体質もなく、小柄で線の細い普通の女子だから、見つかってしまった瞬間終わりだし、僕達よりずっと勇気がいる立場だったと思う。
後から箒星さんに聞いた話だけど僕が蘭到高校の生徒に絡まれて助けてくれた時も心臓が爆発しそうなぐらい緊張していたらしいけど、その時はまだ町中だったし悲鳴をあげれば何とかなるだろうと助太刀を決心してくれていたらしい。
でも、今回は人気のない林の奥だから悲鳴をあげても誰にも気づいてもらえない、それでも仲間の為を思って独りで勇気を振りしぼって行動してくれたことが僕は心底嬉しかったし、涙を流してへたり込む箒星さんの姿が綺麗で可愛かったからドキドキしてしまった。
雷久保君は座り込んでいる箒星さんに手を差し出して起こした後、改めて僕達にお礼を言った。
「熊剛、箒星、今日は本当にありがとな。これで俺自身モヤモヤに片をつけられたし、被害者も少しは救われたと思う。それにこれから犠牲になっていたかもしれない人達を守ることにも繋がったはずだ。二人の活躍は本当に大きいと思うから今度何かお礼をさせてくれよな。それと少し気になったことなんだが、池上が最後に『多くの敵を作ることになった』とか何とか物騒な事を言っていたけど、これから先に何が起ころうとも絶対俺が二人を守るから安心してくれよな」
「僕も二人を守るよ、少なくとも体は誰よりも強いからね」
「ふふふ、そうだね。逞しいボディガードさんが二人もできちゃったなぁ私。それじゃあ早速仕事をしてもらおうかなぁ」
「お、どんな仕事だ?」
「私にデラックスジャンボ・パフェを奢る仕事だよ」
「全然ボディガード関係ないじゃねぇか!」
「でも、雷久保君は『何かお礼をさせてくれ』って言ってたよね?」
「うっ……じゃあ今度俺と熊剛で御馳走するよ」
「えっ? 僕も奢る側なの?」
「プッ! あはははは」
ボディガード仲間だからって何故か僕まで奢る側に巻き込まれてしまったけど、箒星さんが笑っているから別にいいかと思うことにした。
今日は色々あったし、池上の最後の言葉が引っ掛かるけど、考えたって答えは出ないし、この三人ならきっと何とかなるだろう。
そんな事よりも来週からはいよいよ楽しみにしていた林間学校が始まるから、その事だけを考えることにした。
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