池上の考え
雷久保君と池上と子分の二人は西の林の方へ歩いて行った。池上が反省した今となっては、遠距離ボディガードをする必要がなくなりホッと一安心だけど、一応念には念をいれて僕は雷久保君たちの後を追いかけた。
僕の体では追跡がバレてしまうかもしれないと思ったけれど、沢山の木が視界を塞ぎ、風で揺れる葉のざわめきが足音を消してくれたおかげかバレずにすんだ。
三分ほど歩いたところで池上の言った通り小屋へと辿り着いた。到着した直後、雷久保君が違和感を口にした。
「あれ、将棋部の部室だって言っていたのに明かりが全然ついてないぜ? 今日は休みなのか?」
部員が居るのかどうか確かめる為に雷久保君が窓ガラスを覗き込もうとしたその時――突如表情を豹変させた池上が雷久保を後ろから殴りかかった。
危ない! と注意を呼び掛ける暇もない程、突然の攻撃だったけれど雷久保君が覗き込んだ窓ガラスに殴りかかろうとする池上の姿が反射して見えたようで、間一髪のところでパンチを避けることができた。雷久保君は池上に怒声を上げる。
「何しやがんだ池上! 嘘つきやがったなてめぇ!」
「ふははは、俺の芝居が上手いとはいえ、こんなにも簡単に騙されるとはな。お前は良い奴なのかもしれないなぁ、雷久保太郎とは違ってよぉ」
「また兄貴を馬鹿にしやがって、もう許さねぇ……」
激昂した雷久保君は右手で池上の胸倉を掴んだ……しかし、池上は全く動じずそのままの姿勢で煽りの台詞を吐き捨てた。
「どんな理由であれ、お前の兄貴が蘭到高校の生徒を大量に殴り飛ばしたことにはかわりないだろ? それが影響して下の学年にまで噂が広がっていき、挙句の果てには弟にまで迷惑をかけ続けているんだ、間違いなくクズだろぉ? お前の兄貴はよぉ」
そう池上が吐き捨てた瞬間、雷久保の左拳が池上の腹にめり込んだ。その後も追い打ちをかけるようにパンチを三発池上に打ちこんだ。
恐らく雷久保君は全力で殴ったとは思うけど、池上は二発目以降のパンチを全てガードで防ぎ切っていた。確かボクシング部で優秀な成績を収めているとか言っていたし、あの防御技術にも納得だ。
バックステップで雷久保君から距離をとった池上に対して直ぐに距離を詰めようとした雷久保君であったが、池上が突然自身から見て右側を指さした。
僕も雷久保君も指の向いた方を確認すると、そこにはスマホを雷久保君の方に構えた池上の仲間がいた。池上はしたり顔で宣言する。
「雷久保、お前はもう終わりだ。一方的に俺を殴ったんだからな」
「何言ってんだてめぇ……最初に殴ってきたのはお前の方だろうが!」
「そんな証拠が残っているのか? だったら動画でも何でも先生に見せつけるといい。だが、お前が俺を数発殴った証拠は確実に仲間のスマホに保存されてある。動画のその部分だけを切り取って先生に見せれば確実にお前が悪者になるだろうな。なんてたってここには証人が二人もいるわけだしな。一方、お前が俺に襲われたと証明してくれる人間は一人もいない」
「とことん卑怯だな池上……最初にお前が俺に殴りかかってきた時も、わざとギリギリ避けられるように殴りかかってきてたんだな。次はその動画を餌にして俺をボコボコにすんのか?」
「お前をボコボコにするのも気持ちいいだろうな。だが、こんなにも面白い動画が手元にあるんだから、これをネタにお前を奴隷扱いするのも悪くないな、折角安全策をとって演技までして無人小屋まで誘導したわけだし、この動画は有意義に使わてもらうさ」
「安全策? どういうことだ?」
「お前が旧校舎を待ち合わせ場所に指定した時点で嫌な予感がしてたんだよ。まったく人がいない入り組んだあの場所だと、もしかしたら陰に仲間を忍ばせていたり、俺達のやりとりを撮影している奴がいるかもしれないとな。そうなった場合、あの場所で揉めるのは不利だと考えた俺は確実に人がいなくて、忍んでいる仲間も近づき辛いであろう、林の奥の小屋へお前を誘導したんだ。俺の演技と嘘は見事だっただろう? 綺麗に引っ掛かってくれてありがとな、馬鹿兄弟の馬鹿弟さんよ」
「ぶっ殺すっ!」
完全にブチ切れた雷久保君が、両腕に電気を溜めてダッシュで池上に近づいた。拳を振りかざした雷久保君であったが、一発、二発と池上のステップを前に空を切り、三発目を繰り出そうとしたその時、子分の二人がそれぞれ雷久保君の右腕と左腕をがっしりと抱え込んだ。
舌打ちをした雷久保君は子分の二人に邪魔をするなと吐き捨てた。
「どいてろザコ子分どもが! 痺れてろや!」
その瞬間、雷久保君の両腕が発光し、スマホスピーカーにもはっきりと届くくらい強い電撃音を発した。
スタンガンのように痺れてその場に倒れ込むと思ったが、何故か子分二人はノーダメージだった、困惑する雷久保君を前に池上が得意げな顔で語る。
「お前が腕から電気を放つ特異体質だってことは入学初日に調べがついてんだよ、だからこいつらにはあらかじめ絶縁できるように長袖の腕の下に厚いゴムを巻かせておいた。初日の生意気な自己紹介が仇になったな雷久保」
両腕を掴まれた雷久保君はその場から動くことが出来ず、その場で立ったまま固定された。池上はわざとらしく腕をぐるぐると回しながら宣言する。
「よし、お前ら二人はそのまま雷久保の体を抑えてろよ、こいつにはヒヤッとさせられたんだ、とりあえず何発か殴っとかないと気が済まねぇからな」
「くっ、くそ!」
ここまで何とか池上への怒りを抑え込んでいた僕だったけど、もう限界に達してしまった。あれだけ下手にでた雷久保君に対して最後まで下衆な態度を改める事なく、心身ともに雷久保君を痛めつけようとしている。
僕はお手製の投擲球を右手に持ち、全力で投げたい衝動を唇を噛みながら抑えて、子分の尻に向けて球を投げた。恐らく150㎞程度の速度まで抑えた球は寸分の狂い無く子分その1の右尻に着弾した。
「ぐああぁぁぁ」
被弾し、のたうち回る子分その1を見て動揺する池上と子分その2は、周りをすぐさま警戒し始める。
しかし、360度を隈なく警戒できる人間などいるわけもなく、子分その2が僕の方へ背中を向けた瞬間、先程と同様に速球を子分その2の左尻へ着弾させた。
「ぐあああぁぁぁぁ」
子分その1より少し長いうめき声をあげる子分その2を尻目に僕は池上にぶつけるべく三球目を右手に握った。
しかし、池上は僕が三球目を準備する間に素早く状況を判断し『くの字型』になっている小屋の窪みの部分に背中を付ける様に陣取った。
池上は知恵が回るようで、あの位置に陣取れば球が飛んでくる角度を360度から90度に絞り込むことができる。
しかし、角度を絞り込めたところで僕には通用しないだろう。小麦粉式煙幕球で視界を悪くすることも出来るし、逃げ場がなくなるぐらい大量に球を投げてやってもいいからだ。
僕は噛みしめすぎて血が出てきた唇を舐めながら、最後の攻撃をどうするかを考えていた。
「ふー、ふー。ど、どこから飛んできてやがる、ちくしょう! 意味が分かんねぇよ……」
演技ではなく本当にぶるぶると震えている池上をもっと懲らしめるにはどうすればいいのか……義憤と言えば聞こえはいいけど、自分の中にある恨みの感情と暴力性に少し驚きながら、とどめを刺すべく球を構えたその時、僕を諫めるような雷久保君の声が林の中に響いた。
「やめろ! もう投げなくていい! 俺は大丈夫だ。お前はこれ以上手を汚さなくていい、後は俺が池上とサシでケリつける!」
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