雷久保の交渉と池上の改心
四月十六日 金曜日 三年生の池上と雷久保君が話し合う予定のこの日、雷久保君は昼休みを利用して三年生の教室に行き、池上へ放課後16時30分に旧校舎の中庭に来てもらう約束をとりつけることができた。
帰りのホームルームから約束の時間まで少し時間があった僕と雷久保君と箒星さんは最後の確認を教室で行った。雷久保君が一から流れを説明し始める。
「それじゃあ最終確認を始めるぞ、まず俺と池上が旧校舎の中庭で会ったら、会話もそこそこに俺がスマホで池上自身が行った悪行の証拠写真や動画を見せつけて『これ以上悪い事をするな』と説得する。これだけでも結構効くと思うが、何らかの反撃がくる可能性もあるし、最悪暴力を振るってくるかもしれない、そうなった時の為に俺を助けてくれるのが熊剛な訳だ。俺が危険かどうかを離れた場所にいる熊剛に確実に伝える為に、俺のもう一つのスマホをスピーカー状態で持っておくから、熊剛は俺と池上の会話を聞きながら適宜判断してくれ」
「少し話が脱線するけど雷久保君ってスマホ二台持っているんだね、それに池上の悪行の証拠写真・動画をこんなに短期間で集めるのも凄いと思うよ」
「スピーカー用のスマホは兄貴が使っていたやつだけどな、少年院にはスマホを持ち込めないから使われていない兄貴のスマホをお願いして貸してもらったんだ。後、証拠に関しても俺が凄いんじゃなくて兄貴の友達や後輩、それに加えてパパラッチまがいな事をしているクラスメイトに協力してもらったんだ」
「お兄さんの友達・後輩はともかく、クラスメイトにそんな濃い人物がいたことに驚きだよ……この学校は本当にやばい人の集まりなんだね、自分は結構大したことない方なのかもしれない」
「だから言っただろ、電気を出せる特異体質の俺ですら全然地味だぞって。で、話を戻すが、熊剛は俺のスピーカー用スマホの音を聞きながら、俺の状態を常に確認しつつ、いつでも援護できるように旧校舎の中庭が見える位置に待機しといてくれ。熊剛の姿が万が一にでも池上の視界に入らないように旧校舎の三階辺りにいた方がいいかもしれないな。投げる球は薄くゴムで包んで加工した野球ボールを沢山用意してあるし、煙幕代わりに使える小麦粉玉もある、どれを投げるかも熊剛が判断してくれ。それから池上にバレない様に俺が熊剛へ送るサインは――――」
その後も最終確認を続け、約束の時間十分前に僕達は解散した。箒星さんは少し涙目になりながら「気を付けてね」と僕達二人を送り出してくれた。涙目の箒星さんの可愛さに不覚にもドキッとしてしまったのは内緒だ。
僕は旧校舎三階にある音楽室前の廊下で中庭が確認できるよう待機した。雷久保君も旧校舎の中庭にあるベンチの前で池上を待っていた。
今はもう使われていないし誰もいない旧校舎には時々鳥の鳴き声が聞こえるだけできわめて静かな空間になっており、自分の心臓の音すら聞こえてきそうであった。
そんな空間で息を潜ませていると、約束の時間ピッタリに池上が姿を現した。左右には人相の悪い生徒が一人ずつ立っている。ネクタイの色から恐らく二人とも二年生で池上の子分か何かだろう。
池上はにやついた顔で雷久保に声をかけた。
「先輩を呼び出すなんて大層な身分だな雷久保弟。で、要件は何だ? 大体想像はつくがよぉ」
「多分想像通りだと思うぜ、だが、本題に入る前に一つ俺から謝らせてくれ。入学前に俺と先輩で言い合いになった時に俺が先輩のバイクのバッテリーをぶっ壊しちまった件、あれはすまなかった」
最初っから喧嘩腰に突っかかっていくかと思っていたけど、意外にも雷久保君は最初に謝罪の言葉をかけた。それには池上も驚いたようで、遠くにいる僕からも見えるぐらい大げさに眉を上げて感想を述べた。
「へー、あの時みたいに噛みついてくるかと思ったが意外だな」
「あの日は腹が立ったのは事実だが、物に当たるのはよくないと思ったし、池上先輩が大切にしているバイクなら尚更悪いと思ってな」
雷久保君は僕が思っていた以上に平和的な解決を望んでいるのかもしれない。確かに、今思うと僕の家にきた時からずっと対話による解決を求めていたし、復讐したいなんて言葉は言っていなかった気がする。
雷久保君の方が池上より年下だけど、精神的にはずっと大人だなぁと改めて思った。雷久保君は更に話を続ける。
「俺はもちろん先輩と喧嘩がしたい訳じゃないし、普通に暮らせるならそれにこしたことがないと思ってる。でも家族や仲間が傷つけられると、どうしても理性が抑えられねぇ。だから先輩とは今日で仲直りしたいし、今までやり続けてきた悪い事も今日限りで辞めてもらいたいんだ」
雷久保君は自分なりの言葉で思いを伝えた。僕は雷久保君らしい誠意のあるメッセージだと思ったけれど、池上は迫る様な低い声で質問を投げかけた。
「今までやり続けてきた悪い事……何故新一年生のお前が俺の事をそこまで知っているんだ?」
「それを教える事にデメリットはあってもメリットはないから教えるつもりはないぜ。ただ、池上先輩がやってきた事は誰かに話を聞いてきただけじゃなくて、画像や動画にも証拠として残っているぜ」
雷久保君はそう言うと池上の前でスマホを掲げた。僕の位置からじゃスマホの画面はよく見えないけれど、漏れ出ている音声からは池上の声と一般生徒の泣き声がうっすらと聞こえてきた。一通り証拠を見せた後、雷久保君は落ち着いた声色で再度池上にお願いした。
「俺は先輩を脅したい訳じゃない、これからの先輩が悪い事をしなければそれでいいんだ。俺の家族を馬鹿にしたり、訳有栖高校の仲間たちを傷つけさえしなければ先生にチクったりするつもりもない。お願いだからこれからは普通に過ごしてくれ、それだけが俺の望みだ」
雷久保君がかけた言葉が効いたのか、池上は三十秒ほど沈黙を続けたあと、諦めきったような息の抜けた声色で謝り始めた。
「ここまでされちまったら打つ手も無いし、雷久保の行動力と家族愛には完敗だ。俺にも仲の良い大事な兄貴がいるんだが、雷久保と同じことをされたらキレちまうだろうなって思うしよ」
「本当か!? じゃあこれからは嘘の噂を流したり、生徒を脅したりはしないんだな?」
「ああ、金輪際やらねぇ、雷久保の勝ちだ。だから、雷久保に俺が改心したってことを証明させてくれ」
「証明? どういうことだ?」
「旧校舎の西にある林の中に小屋があるのは知っているか? あそこは将棋部が部活動で使っているんだが、恥ずかしい話、気弱な部員に対して強引に金を借せと脅していたんだ、今から金を返しに行くからそれを見ていてくれ。これからはこうやって一つずつ罪を清算していくから、雷久保が納得してくれた時にスマホの証拠を消してくれ」
池上の声が段々と涙声になっているのがスピーカー音声から感じ取れた。どうやら、雷久保君の脅し+誠意が響いているようだ。近くにいる雷久保君は一層それを感じているようで、なだめる様に肯定した。
「分かった分かった、何度も言うけど本当は脅しの様な真似はしたくないと思ってるんだ、だから納得したら消すと約束するさ、さぁ早く謝りに行こうぜ」
そして、雷久保君と池上と子分の二人は西の林の方へ歩いて行った。池上が反省した今となっては、遠距離ボディガードをする必要がなくなりホッと一安心だけど、一応念には念をいれて僕は雷久保君達の後を追いかけた。
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